20 リアーヌ視点
――ザワザワ。
「なに? そこの貴方、さっきから何を見ているの」
「いえ……」
不意に視線を感じ、私は近くにいた貴族に聞いてみる。
彼は困惑したような表情をしているわ。
私に声を掛けられて嬉しくなったのかしら。
「貴方の名前はーー」
彼に話を聞こうとした時、私の背後から声がかかった。
「リアーヌ王女殿下、どういうことですかな? 詳しく話を聞きたいのですが」
「あら、宰相様。どうしたのかしら」
「先ほどベルロア伯爵夫人に捕縛命令が出されたと聞きましてね」
「あら、私は知らないわ。お父様かしら?」
私がお父様に頼んで捕まえてもらったことを宰相は怒っているみたい。
「それよりもジルベール様を呼んで欲しいわ」
「……ベルロア伯爵子息は隣国の派遣官と会議をしております」
「いいでしょう。呼んで。今すぐに」
「そんなことをすれば隣国との仲が悪くなります。婚姻後のリアーヌ王女様の対応が悪くなっても良いのであれば呼び出しますが」
「えー。それは嫌だわ。でも婚姻がなくなればずっとここで遊んでいられるわよね?」
「婚約破棄にでもなれば、国への多大な損害を与えたことになり、生涯幽閉もありますから、お気をつけください」
「はいはい。冗談よ。宰相様は全く冗談も通じないのね。私はもう行くわ」
「お待ちくださいと」宰相は小言を言いかけたところで、私はくるりと向きを変えて歩き出した。
……面倒ね。
私はそう思いながら宰相を無視して父のいる執務室へと入った。
「お父様。あら、お兄様もいたんですね」
部屋には父と騎士団長とカイル兄様が真剣な話をしている最中みたい。
私は構うことなくソファに座った。
「リアーヌどうしたんだい?」
父は話を止め、笑顔で私に聞いてきた。
「お父様、あの女を捕まえてくれたんでしょう?」
「おい、リアーヌ。シシュカ夫人だ。お前はなぜあんなことをしたんだ」
兄はいつもより強い口調で話をしてくる。
珍しく怒っているようだわ。
「お兄様、なんのことですか?」
私は満面の笑みを浮かべ、兄に聞いた。
「可愛い妹のためとはいえ、これ以上はお前を庇いきれそうにない。父上、俺はもう知らない。あとは父上がなんとかしてくれ」
兄は机を強く叩いた後、父の執務室を出て行ってしまった。
「お兄様ったら。怒っていて怖いわ」
「リアーヌ、そう言ってやるな。カイルは今までお前の尻拭いをしてきたんだぞ」
「でも、お父様。それは仕方がないわ。私が美しすぎてやっかみが多いんですもの。お兄様は王太子になるのだし、尻拭いをして当然です」
「だが、そうも言っていられない。夫人を捕えたまではいいが、伯爵は怒り、すぐに動き出した。私に抗議をした上で『貴族院に会議を開くように申請した』と告げたのだ」
「貴族院……?あれって機能しているの?」
「ああ、今まで大会議を行うほどの問題はなかったからな」
「もし、大会議が行われたらどうなるのですか?」
「私は国王を降ろされることになるだろうな」
「えっ。もしそうなったら私はどうなるの?」
「私が国王を降りることになれば、もちろん隣国に嫁ぐリアーヌにお金を送ることができなくなる。最悪の場合。リアーヌ、ヴァルト王子との婚姻が破談になり、お前は修道院行きになる」
それは困る。
あっちでジルベールや見目麗しい男たちと遊んで暮らす予定だったのに。
修道院行きなんて嫌よ。たしか隣国は王子妃の費用はあまり出ていなかったはずよね。
婚姻できたとしてもドレス一つ買えなくなるかもしれないの?
それじゃ困るわ。
「お父様、どうすればいいのですか?」
「貴族院の大会議が開かれないように時間稼ぎをするしかないだろう」
「せっかく捕らえたあの夫人を伯爵家に戻すのですか?」
「そうするしかないだろうな。シシュカ夫人は今貴族牢に入れているのだろう? 捕らえられてからの話を貴族が知ったら大事になるのは目に見えているが……」
「陛下、話の途中で申し訳ありません」
「どうした、リディオ」
さっきまでずっと黙っていた騎士団長が、父と私の会話に割って入ってきた。
父は話を遮られ、少し不機嫌な顔をしている。
「あの……。シシュカ・ベルロア伯爵夫人についてなのですが」
「シシュカ夫人がどうした。早く言え」
「現在、貴族牢にはおりません」
「はっ? どういうことだ」
「リアーヌ王女殿下のご命令で平民の牢に入っております」
「どういうことだ、リアーヌ」
父は驚き、少し怒ったような表情で私に聞いてきた。
「だって、あの女がいけないのよ。ジルベールを私に差し出さないから。あんな豚みたいな女にジルベールは似合わないもの。豚は暗い牢屋がお似合いでしょう?」
「……なんてことをしたんだ。リアーヌ、それでは自分で自分の首を絞めているのと同じだ」
「そんなこと、知らないわ。お兄様がいつものように証拠を隠滅してくれるんでしょう?」
「リアーヌ、とにかく今は部屋に戻りなさい。こちらでなんとか手を打つ。このまま夫人を戻すことは出来なくなった。リディオ、この後時間はあるか? 宰相を呼べ」
「畏まりました」
父たちは血相を変えたように慌ただしく動き始めた。私は仕方なく自室に戻り、アーロンを傍に呼び、いつものように彼に愛を囁いてもらう。
あと少しでマードル国へ旅立つのね。
それまでにあのいけすかない女をなんとかしないといけないわ。
ジルベールの心が私から離れないようにしないとね。




