父と娘
エルディア帝国、帝都ロージア。エルディア城。
城の中に入ると、ベレトは目の前に広がる異様な光景に顔を顰める。
「酷いことをする奴もいるものだ」と劈くような異臭に袖で鼻を覆いながら、ベレトは奥へと進んだ。
「あの娘の部屋はどこだろうな」
しばらく歩いていると、螺旋階段が見えてきた。階段を上がろうとした時、何かを踏んだような感触が足裏に広がる。下を見ると、女が倒れていた。
「こいつは……、ドミニクと一緒に映っていた女か。なら、あいつもどこかにいる筈だが」
キョロキョロと探していると、何者かに足首を掴まれる。
「ベレト様、もしかして僕のことを心配してくれたんですか?」
「……っ! ドミニク、お前生きていたのか?」
「ええ、なんとか。ベレト様、早く助けてください。流石にもう死にそうだ……」
確かにドミニクの呼吸は浅い。肺から空気が漏れているような音もする。
仮に王国に連れ帰ったところで、こいつはもう助からないな。
「よくやったドミニク。今楽にしてやる」
「ありがとうベレ……っ!」
ベレトはドミニクの左胸に剣を突き刺した。そしてドミニクの息がなくなったことを確認すると、再びベロニカの部屋を目指し階段を上り始めた。
歩いていると、それらしい部屋のドアが目に留まる。ギィ……とドアを開けると、一人の女が立っていた。
「ラルーチェ? 貴女なの?」
「ラルーチェ? ああ、階段の下で倒れてた女の子のことかな?」
ベロニカに剣を向けるベレトに、ベロニカは反射的に短剣をベレトに向ける。
「ベレト様がどうしてここに? ラルーチェが倒れていたとはどういうことですか? まさか貴方が……」
「俺は何もしていませんよ。俺がしたことは、ドミニクという男に皇女様の殺害を命じただけだ」
「あたしの殺害? どういうこと?」
「オーラル王国には、女王は王国に災いをもたらすという言い伝えがある。そんな中、俺達夫婦の間に娘が産まれた。俺が死に娘が女王になったら王国に災いが起こることは避けられない。だから妻に娘を殺すことを命じた。だが馬鹿みたいな情が湧いたんだろう。娘はエドヴィンに拾われ帝国で生きていた。そして案の定王国には疫病が蔓延した。だから俺は王国を救う為に次は違う人物に娘の殺害を命じた。だがまた殺すことに失敗してね。こうして俺が直接お前を殺しに来た訳だ」
「あたしがベレト様の娘? それは違うわ。あたしは帝国皇家グラビニカ家の娘、ベロニカ=グラビニカよ」
ベロニカは声高らかに宣言する。その瞳は真っ直ぐベレトを見据えていた。それは静かに炎を宿している。
「なるほど。お前はグラビニカの姓に誇りを持っているんだね。……そういえば、エドヴィンとイリスはお前のせいで死んだらしいね」
「違う。あれはあたしのせいじゃないし、どうしてそのことを知ってるの?」
「友達の訃報はすぐ耳に入るよ。やっぱりお前は悪魔の子だな」
「あたしは悪魔じゃない! 女神の祝福を受けた神の子よ」
ベレトはベロニカに斬りかかる。その剣はベロニカを貫いたが、急所からは外れていた。ベロニカはベレトを引き剥がそうと力を込めて押そうとした。だが、自分の下にできた血溜まりに足を滑らせベレトと共に倒れ込んでしまう。
「いた……」と立ちあがろうとすると、ベレトに腕を掴まれた。ベレトは頭を強く打ったようで、大量に出血していた。
「ベロニカ、お前に一つ言いたいことがある。イザベラと同じ美しい瞳に顔立ち。お前にその美しさは似合わない。見ていて腹が立つ」
ベレトはベロニカの顔に触れる。ベロニカの皮膚は爛れ、美しい顔はみるみる醜くなっていく。
「悪魔のお前にはそれがお似合いだ」
ベレトはそれだけ言うと、床に倒れ、そのまま動くことはなかった。
ベレトが倒れた数分後、意識が戻り彼を追いかけエルディア城を目指していたイザベラがベロニカの部屋に入ってきた。息を切らしながら入ってきたイザベラは床に倒れたベレトを抱き起こす。
「ベレト様が言ってた。あたしは本当は王国の人間なんだって。でもあたしが生きてたら王国に災いが起こるから、死んだ方がいいみたい。二回も殺されそうになったんだって。イザベラ様にもあたしの殺害を命じたって」
「確かにベレトに貴女を殺すよう言われたわ。でも殺さなかった。殺せなかったのよ。貴女の可愛い寝顔を見ていたら。大きくなった貴女に会えて本当に嬉しい。生きていてくれてありがとう」
イザベラはベロニカに優しく話すが、視線はずっと腕の中で眠るベレトの方にあった。
「イザベラ様はあたしのことが好き?」
「当然でしょう? 何を言っているの?」
「じゃあ何で捨てたの? あたしのことが好きなら、あたしを連れてどこか遠い場所に逃げれば良かったじゃない。でもしなかった。貴女の出自は知らないけど、せっかく手に入れた貴族の地位を手放すのが嫌だったんじゃないの?」
「そんなことない。わたしは本当に貴女のことを心から愛しているわ」
「本当? じゃあ、今のあたしを抱きしめられる? この醜いあたしを」
ベロニカは長い髪を耳にかける。醜く爛れた顔が顕になった。それを見たイザベラの顔は引き攣る。
「本当はあたしのこと何とも思ってないじゃない。やっぱり貴女は貴族になった自分が可愛いの。もう皆大嫌い」
ベロニカは自身に刺さったままの剣を引き抜くと、そのままイザベラの胸に突き刺した。そしてイザベラの体から剣を引き抜くと、ベレトに倒れ込む。
「ベロニカ、君がやったのか?」
聞き覚えのある声にベロニカは顔を上げた。そこにはシャルムが立っていた。地面に倒れている両親を見て呆然と立ち尽くしている。
「シャルム? どうしてここに?」
「父上が帝国に向かうのが見えてね。こっそり後を追ったんだ。それで? これは君がやったの?」
「違うの。ベレト様があたしに襲いかかってきたの。それで怖くてベレト様を押し返したら頭を強く打ってそのまま動かなくなっちゃって。そう、イザベラ様もあたしを殺そうと襲いかかってきた。だから怖くて近くにあった剣で抵抗したの。そしたらいつの間にか剣はイザベラ様に刺さってた。信じてシャルム」
「それは大変だったね。でももう大丈夫。僕がついてるから」
シャルムはベロニカを抱きしめる。頭を優しく撫でる彼の温かさに愛されていると感じ、ベロニカもシャルムを抱きしめ返した。その時だった。
「……っ!」
ベロニカの腹部に激痛が走る。視線を下に落とすと、二人の足元には血の海が広がっていた。
「シャルム? どうして?」
「父上が君にしたことは酷いと思う。僕が君の立場だったら復讐するだろう。娘を殺せと命じた父上も娘を捨てた母上も、人としては最低で外道だ。でもねベロニカ、そんな外道でも僕の大好きな親なんだ。大好きな人が殺されたら、流石に君でも黙っていられないよ。何か僕に言うことあるんじゃないのか? ……ベロニカ? 聞いてるの、ベロニカ?」
シャルムはベロニカの顔を覗き込む。彼女はもう息をしていなかった。シャルムはその顔に見惚れる。死んでいるとは思えない、美しい顔だ。
「死んじゃった。本当はね、ベロニカ。父上と母上は僕が殺すつもりだったんだよ。そして、君を殺し僕も死ぬ。これが僕達家族がやり直せる唯一の方法なんだ。僕達は今世ではバラバラになってしまった。だから来世では一つになるんだよ。美しい話だよね」
シャルムはそこで言葉を区切ると、ベレトとイザベラの体も自身に引き寄せる。
「僕達家族は四人で一つだ。誰かが欠けてしまっては美しくない。だから来世では仲良くやろうね。大好きだよ。父上、母上、お姉ちゃん」
シャルムは懐から劇薬が入った瓶を取り出し飲み干すと、ベロニカ、ベレト、イザベラを抱きしめたまま倒れ伏した。




