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「……ユ……イユ……おい! 聞いているのか! ミレイユ!!」
「──へ?」
目を開けると、イケメンが私の顔を覗き込んでいた。
しかしまぁなんだかいけ好かない面である。生理的に受け付けない、というやつであろうか。
出会って、というか目認して数秒の相手にそんなことを思うのはとても失礼なことだろう。
それが伝わってしまったのか、イケメンは私に向かって「チッ!」と舌打ちをした。
うわ、感じ悪!
「まったく、相変わらず鈍い女だな。お前のような女と婚約している僕の身にもなってくれ」
「ドルシェ様ぁ、お姉様のことを許してあげてください。お姉様はこう見えてとーっても努力されてるんですよ?」
「ほぉ、それは見上げたものだな。しかし身のない努力はただの徒労と同じだとは思わないか?」
「もう! 本当のこと言わないでくださいよぅ。それじゃあいくら努力しても何も変わらないお姉様が馬鹿みたいじゃないですかぁ!」
イケメンと、彼の側にいた少女──こちらも中々の美少女である──は口々にそう言うと私を見てクスクス笑った。
これはおそらく、否、物凄く馬鹿にされているのでは。
言い返すべきかどうか考えあぐねていると、イケメンが「まぁ」と話を区切った。
「お前のような人間はそうして雑草のように佇んでいるのがよく似合う。これからもせいぜい息を殺して僕たちに迷惑をかけないよう生きることだな」
イケメンはそれだけ吐き捨てると美少女の腰を抱いて去っていった。
な、なんだったんだ今の失礼な美形二人組は。
私は途端に辟易してしまって側にあったソファベンチに腰掛ける。
そして正面の壁に設置された鏡をみて、私は絶望の悲鳴をあげた。
「こ、このままじゃ妹と婚約者に皇太子暗殺の罪をなすり付けられて非業の死を遂げることになってしまう……!!」
金髪紫眼、推定年齢17歳程度の少女──ミレイユ・エスティアナが写っていた。
童顔黒髪の典型的な日本人であった私とは似ても似つかない美少女だ。
私──浅賀美玲は都内に小さな事務所を構える私立探偵だった。
迷い猫探しから浮気調査まで何でもござれのほとんど便利屋のようなものだったが、それなりの収入を得て、それなりの暮らしをしていた。
そして仕事も安定してきたからと雇った助手の女の子に勧められて読んだのが、ロマンス小説「ゆりかごの面影」。
今流行りの悪役令嬢なるものを主題としたそれは、どちらかといえば論理的な思考を好む私にとってほとんど異文化交流だったので強く印象に残っている。
ミレイユはその物語にほんのちょこーっとだけ登場する悲劇の令嬢だった。
家族から虐げられ、婚約者から嘲られ、社交界では憐れみの目を向けられる。絵に描いたように不幸な少女。
そして彼女は最後、実の妹と婚約者の謀略に陥れられ、皇太子暗殺の罪を被り死んでいった。あまりにも救われないラストである。「ゆりかごの面影」のストーリー自体がハッピーエンドだったばっかりに、より一層ミレイユの悲壮感が際立っていた。
「私だったら絶対にこうはならない」と助手の子に力説したのだが「先生、メインはそこじゃないです」と言われたので、彼女は物語の脇役だったのだろう。
しかし私は何だか妙にミレイユのことを気に入ってしまったのである。
出来ることなら彼女の辛い運命を変えてあげたいと願っていた。
そして、今。
私はミレイユとなって物語の中にいるわけであるが。
(これって、またとないチャンスなんじゃない!?)
“美玲”であれば“ミレイユ”のことを救ってあげられる。
彼女のクソみたいな運命を退けて、断頭台の上なんかじゃなくふかふかなベッドの上で孫たちに囲まれながら穏やかな最後を迎えさせてあげられる。
「そうと決まればさっそく準備に取り掛からなくちゃね」
まずはミレイユが処刑される元凶となった皇太子殺害を止めるところからである。
来たるXデー。
襲いかかる運命に立ち向かうため、私は一人立ち上がったのだった。




