12
「ミレイユ様、あの……」
足早に歩を進める私に、ハンナは何か言いたげだった。
媚びるようなその表情に辟易して、私は彼女に一瞥もくれることなく淡々と告げる。
「去りなさい。もう二度とわたくしの目の前に現れては駄目よ」
「は、はい。ご温情に感謝いたします」
ハンナはそう言って頭を下げると逃げるように去って行った。
元気な子を産みなさい、とは言ってやらなかった。子供に罪はないだろうと私を責める人もいるだろうが、私にだって罪はないのである。
せめて私の知らないところで健やかに暮らすといい。
「終わった、のね……」
私はそっと息をついた。
私の──否、ミレイユの復讐はこれにて幕を閉じたのである。
思えば、随分と長い戦いだった。
ミレイユになってからまだほんの数週間しか経っていないが、彼女の無念を晴らすため、私は私の持てるすべての力を使って出来ることをした。
探偵をやっていてよかったとこんなに思ったことはない。
「これから、どうしましょうか」
復讐は終わった。
私を馬鹿にしてきたやつら全員をみんなまとめて地獄に叩き落とせたので、結果はまずまずと言ったところである。
私にもう悔いはない。
なら、新しい人生を歩んでみるのはどうだろう。
能無しでもエスティアナでもないただのミレイユとして、どこか長閑な場所でゆっくりと暮らすのだ。
きっとそれはすごく幸せなことだろう。
「また、探偵として働くのも悪くないわね」
小さな事務所を持って、優秀な助手を一人雇って。猫探しだとか、浮気調査だとか平和な依頼を請け負って生活しよう。
皇太子殿下暗殺だなんて大それた事件、もうこりごりである。私には近所で便利屋をやっている方が性に合っていた。
そうと決まればさっそく準備をしなくては。
輝かしい未来に向けて新たな第一歩を踏み出した私は、しかし突如大声で名前を呼ばれ思わず振り返った。
「キャア!!」と上がった甲高い悲鳴の先、そこには憲兵に連行されたはずのドルシェの姿が。
「馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがってェ!! 殺してやる、ミレイユ、殺してやるッッ!!」
ドルシェはそう叫びながら私へ一直線に向かってきた。
彼の手には軍刀が握られている。憲兵から奪ったのだろう。
鋭い切先が私の首筋を捉えて、迫る。
あ、これ死──




