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そんなドルシェの姿を見て、人々はざわめき立つ。
当然だろう。タイリス・サーペンシャル皇太子殿下暗殺の目論見が、しかもそれが実の弟であるドルシェ・サーペンシャルによって企まれていたことが露見したのである。
ちょっとしたパニックになったっておかしくない状況だ。
しかしこの話には、まだ続きがある。
騒ぎに乗じてそっとこの場を離れようとしている女の耳にも届くよう、私は「まだ終わりではありません」と声を張り上げた。
「こちらの毒の入手経路も調べさせていただきましたわ」
その言葉に、パルシアの肩が大袈裟に跳ねた。
私は懐から一枚の書類を取り出し、恐る恐る振り返った彼女にも見えるよう高く掲げる。
「これは東の国の貿易船との取引記録です」
我が王国と東の国の間では、貿易船が盛んに行き来している。
東の国からやってくる貿易船の中には東洋でしか流通していない珍味や珍品も多くあり、国内で入手が困難なものでも貿易船に行けば簡単に手に入る、なんてことは少なくない。
今回もその一例なのだろう。
書類にあったのは、東洋の猛毒・トリカブトの購入履歴と、その購入者欄にパルシア・エスティアナの名前。
「……ダメじゃない、パルシア。こういう“良くないもの”を買う時はキチンと足がつかない様に偽名を使わないと。馬鹿なわたくしでもそのくらい知っているというのに」
「ぁ、う、うそよ、そんなの、わた、私じゃない! 私じゃないわ!!」
「私じゃない!!」と叫び取り乱したパルシアは、放心して座り込むドルシェに駆け寄り彼の服を引っ張る。
「ねぇドルシェ様!! なんとかしてよ!! ねぇ!!! なんとか言いなさいってば!!!」
肩を掴まれ、ガタガタ揺さぶられてもドルシェは何も応えない。
床にへたり込んで身を寄せ合う彼らを、私は見下ろした。
あぁ、なんて滑稽なのだろう!
私は溢れ出る笑いを堪えることなく、大口を開けて彼らを笑ってやった。
「うふ。ふふふ。あは、あっはははは!!」
「な、なによ!笑ってるんじゃないわよ!!」
「ふふ。うふふ、あは。ご、ごめんなさい。だってあんまり面白いから……」
笑いすぎて目尻に滲んだ涙を拭う。
パルシアは怒りと屈辱で醜く歪んだ顔で、ドルシェは恐怖と絶望に塗りつぶされた顔で、呆然と私を見ていた。
「皇太子暗殺の罪をわたくしに被せて処刑するつもりだったのでしょう? そのあとパルシアと再び婚約を結べば“エスティアナ”という後ろ盾も失うことなく、二人で国の頂点に立ってハッピーエンド!……なんて、本気でそんなこと思っていたわけじゃないですよね? だってそんなのまるで」
──馬鹿の考えることじゃないですか。
「ドルシェ様。ひとつ、良いことを教えて差し上げますわ」
腰を落としてドルシェの震える肩に手を添える。
脳に直接届くよう、耳元で吹き込んだ。
「わたくしがハンナを連れ出したとき、あなた様は真っ先に『そんな者は知らん』と言うべきだったのです」
ドルシェは目を大きく見開いて私を見上げた。
私はそれに聖母のような微笑みをくれてやる。
「残りの人生、せいぜい賢く生きられることを願っておりますわ」
まぁ、残りの人生があるのかは知らないが。
皇太子殿下の暗殺未遂はいくら皇族であろうと立派な反逆罪だ。
ドルシェは首を刎ねられるか、よくて終身刑だろう。パルシアにも同じような沙汰が下されるはずだ。いや、皇族でない分もっと酷いかもしれない。“ミレイユ”もそうだったから。




