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「ご紹介いたしますわ。彼女はドルシェ様に仕えるメイドのハンナ・シェルトンです」
ハンナは「申し訳ございません、ドルシェ様……」と頭を垂れた。
彼女は自身と腹の子の命と引き換えに、私に下った。
よって私はこの逆襲劇の筋書きに彼女を加えたのである。
「この毒は彼女がドルシェ様の自室で見つけ、わたくしに渡してきたものです。彼女はドルシェ様の恐ろしい計画のすべてを知っておりました。そしてわたくしにこう言ったのです! 『ドルシェ様を止めて欲しい』……と」
しかし!と続ける。
「わたくしの努力かなわず、ドルシェ様は彼女にこのパーティの喧騒に紛れ皇太子殿下の杯に毒を盛るように命じられたのです」
全員の視線が一点に集まる。
輪になった人々の外れ、この騒ぎを俯瞰するように眺めていたタイリス皇太子殿下は、信じられないという面持ちで私たちの方へと歩み寄ってきた。
「ミレイユ嬢、貴殿はまさかそれを知っていてわざと私にぶつかったのか……?」
「タイリス殿下。先ほどのご無礼、重ねて謝罪申し上げます。しかしどうかご温情を賜りたく……こちらをご覧いただけますか」
ハンナに合図を送ると、彼女は小さなネズミが1匹入ったカゴを持ってきた。
チュウチュウと鳴く元気な小ネズミ。
私は紫の小瓶の蓋を開けると、中身をカゴの中へと垂らした。
「これは……ッ!」
ネズミは黄緑色の液体の匂いを嗅いで、チロリと舐めた。
するとどうだろう。ヂュ!と短く鳴いて、ネズミは動かなくなった。
それを見たタイリス皇太子殿下は、目の色を変えてドルシェに詰め寄る。
私がこれ以上何も言わずとも、ことはもう明らかだった。
「ドルシェ!! 貴様、あれだけ目をかけてやったにも関わらず、その恩を仇で返そうというのか!!」
「ち、違います兄上! 僕は誓ってそのようなことはしておりません!! すべてミレイユのついた嘘です!!」
タイリスに責められたドルシェは、尚も私に全てを押し付けるつもりらしい。
もはやここまでくると怒りよりも呆れが勝つ。
私はため息をついて、タイリス殿下とぶつかった際にこぼれた杯の残りをドルシェの前に差し出した。
「では、そちらの中身を飲んで見せてくださいませんか? 本当に毒を盛っていないのなら、容易なはずですよね」
ドルシェは顔色悪くその杯を見つめるばかりだった。
知っているのだろう。これを飲めば、どうなるか。そして見てしまったからだろう。小さなネズミがどうなったのか。
「どうした、飲めんのか」
「……も、申し訳ありません……」
ドルシェはその場に膝をついた。
その顔からはすっかり表情が抜け落ちて、瞳の奥には怯えだけが浮かんでいた。
心神喪失状態、というやつだろうか。
いずれにせよ彼が罪を認めたことは明白だった。




