残された側の想い、置いていかないという約束
マキアは動かなくなった。
シオンの啜り泣く声、リナリアの震える声で呟かれる祈りだけが響く。
アネモネはその場で俯き、小さく肩を振るわせていた。
しかし、リコリスだけは動かなかった。
ただ、勇者を見ていた。数秒。いや、もっと長かったかもしれない。
そして静かに口を開いた。
「……なぁマキア」
囁くように言葉を紡ぐ。
「起きたら何をしようか?」
一歩、前に出る。
「王都に英雄として凱旋か?」
もう一歩。
「今度はまた最高ランクを目指すのもいいかもな」
声が少しだけ震える。
「記憶解放後も戦えていたんだ。リスクは避けれたのだろう?」
勇者の前で膝をつく。その肩を掴む。
「だから――」
そこで、声が止まった。呼吸が乱れる。
「……目を覚ましてくれ」
返事はない。
「マキア」
揺らす。
「何故」
揺らす。
「何故」
理性が切れた。
「何故!!」
そして、叫び声が戦場に響く。
「ふざけるな!急に告白して!挙句勝手に死ぬとは何を考えてるんだ!!」
拳で勇者の胸を叩く。
「私はまだ――」
言葉が止まる。唇が震える。
「……まだ」
声が小さくなる。
「何も」
涙が落ちた。
「何もお前と、出来ていないんだ……」
リコリスは勇者の胸に額を押しつけた。そして、誰にも聞こえないくらい小さな声で言った。
「……だから、置いていかないで……」
静寂。ついには誰の声も聞こえなくなる。泣き声も。祈りも。怒号も。
ただ、戦場の風が瓦礫を転がす音だけが、かすかに響いていた。
リコリスは動かない。勇者の胸に額を押しつけたまま。
シオンも。リナリアも。アネモネも。誰も言葉を発しない。その沈黙の中で――ふと。
シオンの耳が、小さな音を拾った。
「……?」
シオンの眉がわずかに動く。何か聞こえた。とても小さい。だが、確かに。
「……待ってください」
シオンが呟く。
リナリアが顔を上げる。
「シオン……?」
シオンは手を上げた。
「静かに」
全員が息を止める。風の音。瓦礫の転がる音。そして――
「……すぅ」
かすかな音。
「……ぅ……」
とても弱い。だが確かに――呼吸の音。
シオンの目が見開かれる。
「……皆さん」
アネモネが顔を上げる。
「何?」
シオンが震える声で言う。
「今……聞こえましたか?」
リナリアが首を振る。
「え……?」
もう一度。
「……すぅ……」
今度は、全員が聞いた。
リナリアの目が一瞬で見開かれる。
「……え?」
アネモネが固まる。
リコリスの肩がぴくりと動く。全員の視線が――勇者へ向く。静寂。そして
「……すぅ」
小さな。とても小さな、寝息。
リナリアが息を呑む。
「……え」
シオンが震える声で言う。
「……寝てますね」
アネモネが一瞬固まり。次の瞬間。
「はぁ!?」
リコリスがゆっくり顔を上げる。
信じられないものを見るように。勇者の顔を覗き込む。
マキアの顔。血だらけ。傷だらけ。だが――
「……すぅ」
気持ちよさそうに寝ている。沈黙。数秒。そしてアネモネが叫んだ。
「本当に寝てるだけじゃないのよこのバカァァァ!!」
シオンが膝から崩れ落ちる。
「……生きている……」
リナリアの涙がさらに溢れる。
「よかった……!」
場に温かみが戻る。
リコリスはじっと勇者を見る。
ただ、震える手で――
マキアの胸に、耳を当てた。
「……生きている」
自身の涙を拭い、ゆっくりと言葉を発する。
「……マキアに仕置きがいると思わんか?」
先程までの醜態をなかったかのように振る舞う。その場の誰もリコリスに深く触れない。ただ
「えぇそうね!!人に心配をかけすぎよ!!」
アネモネが同調する。
「一度しっかりと話し合うべきよね!!」
リナリアも共感を示す。
「また私たちを置いて行こうとした罰です!!」
シオンが怒り気味で言う。
しかし、その場の全員が笑顔で溢れていた。
戦場に。今度は違う意味の騒ぎが響き渡った。




