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解けた糸を、結び直す  作者: Kanon


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解けた糸を、結び直す

 勇者マキアが倒れてから――数日後。

 王都。城の一室。静かな病室に、朝の光が差し込んでいた。

 目を覚ます。


「……ん?ここ、どこだ?」


 身体を起こし、周りを見回す。


「……あれ、俺生きてね?」


 状況をまとめようとベッドに腰掛ける形で姿勢をただし、手を顎に当てる。


「ふむ。……ふむ?」


 そして――思い出す。


「その場のテンションって怖ぇぇぇ!!」


 恥ずかしさで転げ回る。

 仲間一人一人に言った言葉。


『最高の盾だった』

『頼りにしてた』

『お前は俺の光だった』

『俺、お前のこと好きだ』


 マキアの顔が一瞬で真っ赤になった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ベッドの上で悶える。


「なに言ってんだ俺ぇぇぇ!!」


 枕に顔を埋める。


「普段なら絶対言わないのにぃぃぃ!!」


 バタバタ暴れる。


「ワンチャン夢でしたとかない!?」


 枕を抱えて転がる。その時。ガチャ。

 病室のドアが開いた。

 マキアが凍りつく。

 ゆっくり振り向く。

 そこには――シオン。アネモネ。リナリア。そして。リコリス。

 四人ともがしっかりと全部聞いていた。

 沈黙。

 マキアの顔から血の気が引く。


「……」

「……」


 アネモネが口を開く。


「へぇ」


 ニヤリ。


「起きたのね」


 リナリアは涙目で笑っている。


「マキアさん……!」


 シオンは腕を組んでいる。


「元気そうで何よりです」


 そして最後に。

 リコリス。じっとマキアを見る。沈黙。


「どうやら重度の脳疲労と魔力切れから来る気絶だったみたいよ」


 アネモネがマキアに伝える。

 マキアはゆっくり布団を被った。


「……帰りたい」


 布団の中から声。

 アネモネが吹き出した。


「何それ」


 シオンが肩を震わせる。

 リナリアも笑いを堪えている。そして。

 リコリスが小さく言った。


「残念だな」

「……何が?」


 マキアが布団から少しだけ顔を出す。

 リコリスは言う。


「私は」


 少しだけ口元を緩める。


「もう少し聞きたかったんだが」


 マキアの顔が再び爆発した。


「止めろぉ!!」


 病室に絶叫が響いた。こうして。

 魔王を倒した勇者は――恥ずかしさで死にかけていた。

 マキアが恥ずかしさで転げ回ってからしばらく後。


「……で」


 アネモネが腕を組む。


「一応確認するけど全部本気だったの?」

「……何が?」


 アネモネは指を折る。


「シオンへの“最高の盾”」

「リナリアへの“俺の光”」

「私への“頼りにしてた”」


 そして。

 ニヤリと笑う。


「リコリスへの“好きだ”」


 マキアは布団を頭まで被った。


「もう許してぇ」


 シオンが咳払いする。

 真面目な顔。


「勇者としての覚悟の言葉でした。恥じる必要はありません」


 リナリアもうんうん頷く。


「そうだよ!とても……素敵だった」


 マキアは布団の中で呻いた。


「頼むから蒸し返すなぁ……」


 ある程度からかい、満足したリコリスが発言する。


「ふん。これに懲りたら簡単に命を賭けるのを止めるんだな」

「そうね。反省しなさい」

「本当に、心配したのよ?」

「私との約束を破ろうとした罰です」


 仲間たち全員からの罰だと言われると、俺は何も出来ない。


「悪かった。いや本当に」


 その時。コンコン。

 病室の扉がノックされた。全員が振り向く。扉が開く。

 入ってきたのは――王国の近衛兵。


「勇者マキア様」


 敬礼。


「陛下がお呼びです」


 部屋が静かになる。

 シオンが小さく言う。


「……ついに来ましたか」


 マキアが顔を出す。


「何が?」


 アネモネが肩をすくめる。


「魔王討伐の褒章よ」


 マキアは少し考えて。


「金?」


 アネモネが即答した。


「黙っときなさい」

 数時間後。王城。大広間。

 マキアは仲間たちと並んでいた。目の前には王。そして貴族たち。大勢の人間。

 王が立ち上がる。


「勇者マキア」


 重い声が響く。


「よくぞ魔王を討った」


 周囲は静かだ。王は続ける。


「その功績、我が国だけでなく世界を救ったと言ってよい」


 マキアは頭を掻く。


「いやまあ……はい」


 王が手を上げる。


「よって、褒章を与える」


 マキアがぼそっと言う。


「金かな」

「黙りなさい」


 王が言う。


「貴殿の栄誉を讃え、冒険者ランクを特別にSSランクとする」


 それは、最強を目指した俺にとって最高の報酬だった。


「ありが「同時に我が娘である第一王女を」ん?」


 間。


「お前の婚約者とする」

「……は?」


 周囲がざわめく。

 リナリアの目が丸くなる。

 シオンが固まる。

 アネモネが吹き出す。


「ちょっと待てええええ!!」


 マキアが叫ぶ。


「話飛びすぎでしょう!!」

「うむ、気にするな」


 そう言う問題じゃない。その時。扉が開いた。入ってきたのは――金髪の女性。王女だった。優雅に歩き、マキアの前に立つ。


「初めまして」


 にこりと笑う。


「婚約者様」


 マキアの顔が引きつる。


「いやちょっと、俺まだ返事してない」

「大丈夫です。形式ですから」

「は?」


 王女はさらっと言った。


「私は勇者様が王族の一員となった事実が欲しいだけです」

「……は?」

「勇者が国の王になってもらった方が国民が安心して暮らせるのです」


 なので、と続ける。笑顔。


「子供さえいただけましたら問題ありません」

「え」


 王女は続ける。


「恋愛は自由ですから、邪魔はしません」


 王女はさらに言った。


「王族は複数婚約も可能ですよ♪」


 静寂。マキアがゆっくり振り向く。後ろ。

 仲間たち全員がこちらを見ている。

 シオン。真顔。


「なるほど」


 アネモネ。ニヤニヤ。


「へぇ」


 リナリア。顔真っ赤。


「え、ええと……」


 そして。リコリス。腕を組み。静かに言う。


「ほう」


 マキアの背中に冷や汗が流れる。

 リコリスが一歩前に出る。


「マキア」

「……はい」

「貴様」


 ゆっくり言う。


「誰を好きだと言っていた?早速浮気か?」


 マキアの心臓が止まりかけた。

 アネモネが笑う。


「逃げ場ないわね」


 シオンが頷く。


「責任は取るべきです」


 リナリアも小さく言う。


「そ、そうだね……」


 マキアが叫ぶ。


「なんで全員圧かけてくるんだよ!!」


 王女が楽しそうに言う。


「仲が良いですね」


 リコリスがマキアを見つめる。そして言った。


「安心しろ」

「……何が」


 リコリスが微笑む。


「ゆっくり話し合うだけだ」


 マキアは天井を見上げた。


「魔王より怖ぇ……」


 こうして。

 世界を救った勇者は――魔王から逃れられなかった。

 百年後。

 王都のある家。暖炉の火が静かに揺れていた。

 小さな男の子がベッドに座っている。

 その横で、母親が一冊の本を閉じた。


「――こうして」


 優しく微笑む。


「勇者マキアは仲間たちと共に魔王を倒し、再び世界を救いました」

「すごい!」

「うん」


 母親は頷く。


「だからこの物語は、今でも王国で語り継がれているの」


 本の表紙には金色の文字。

 『勇者マキアの英雄譚』

 男の子は少し考えてから言った。


「ねえねえ」

「なに?」

「リコリスさまってまぞくだったんでしょ?」


 母親はくすっと笑う。


「そうね」

「じゃあいまもいきてるの?」

「どうなのかしらね?彼女はみんなを見送った後、何処かへ行ってしまったみたいよ?」


 母親は布団をかけてやる。


「今日はもう寝なさい」

「はーい」


 灯りが消え、部屋が暗くなる。

 やがて、静かな寝息が聞こえ始めた。

 翌日。王都の通り。

 男の子は友達と走っていた。


「まてー!」

「おそいぞ!」


 笑いながら石畳を駆ける。その時。ふと。

 男の子の足が止まった。


「……あれ?」


 男の子はゆっくり振り向いた。通りの向こう。一人の少女が立っていた。黒い髪。赤い瞳。年齢は同じくらい。

 少女は静かにこちらを見ている。

 男の子の視界の奥で。何かが、かすかに光った。細く。赤い光。まるで糸のような――だが。すぐに消える。


「……?」


 男の子は首をかしげる。

 少女がゆっくり歩いてくる。

 そして目の前で止まった。男の子を見る。


「……ねえ」


 少女が言った。


「貴方」

「なに?」


 少女はじっと見つめる。まるで確かめるように。そして。


「名前は?」


 男の子はまた首をかしげる。


「僕の名前は――」


 答える。


「マキア」


 少女は少しだけ空を見上げる。遠い空。まるで、ずっと探していたものを見つけたように。

 そして小さくつぶやいた。


「……そうか、いい名前だ」


 その声は、誰にも聞こえなかった。

 ただ。

 解けた糸は、再び結ばれた。

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