最後の言葉、赤い糸の果て
床の冷たさが、ゆっくりと体に染みてくる。
視界はぼやけているのに、不思議と仲間の顔だけははっきり見えた。
足音が駆け寄る。
「マキア様!!」
シオンだった。
すぐ横に膝をつき、俺の体を支える。いつも戦場で前に立っていた大きな盾が、今は床に転がっている。
「しっかりしてください!」
震えていた。あのシオンの声が。
俺は小さく笑った。
「……そんな顔するな」
「笑い事じゃありません!」
シオンの目には涙が溜まっていた。
俺は少し息を整えてから言う。
「シオン」
名前を呼ぶ。
シオンが顔を上げる。
「ありがとう」
シオンが固まった。
俺は続ける。
「お前が盾を構えてくれたから、何度も生きて帰れた」
思い出す。
四天王相手にも、前に立っていた背中。
魔法を受け止めた盾。
そして、さっきの戦いでも。魔王の剣を、あの盾で止めた。
「正直さ、何回も思った。“ああ、シオンがいるなら大丈夫だ”って」
シオンの唇が震える。
俺は言った。
「俺、前に出るばっかりだったろ。無茶もした。でも、お前がいたから怖くなかった」
シオンの涙がこぼれた。
「……それは」
声が詰まる。
「ガーディアンとして当然です」
「違う、当然じゃない。お前だったからだ」
シオンの肩が震える。
「最後まで」
俺は言う。
「背中、任せられた。最高の盾だった」
シオンは俯いたまま、必死に声を絞り出した。
「……光栄です」
涙が床に落ちた。
次にアネモネが歩いてくる。
腕を組んで、いつもの不機嫌そうな顔。だが目は赤い。
「ほんと」
ため息をつく。
「最後まで無茶する男ね」
俺は笑う。
「悪い」
アネモネは少し黙る。そして言う。
「魔法助かった」
俺はゆっくり言った。
「アネモネがいなかったらこのパーティ、とっくに全滅してた」
アネモネの眉が動く。
俺は続ける。
「敵の動き見て一瞬で魔法変えて、俺たちの位置まで全部計算して、援護して」
少し息を吐く。
「俺さ、何回も助けられてた」
アネモネがそっぽを向く。
「……当たり前でしょ?私、天才なんだから」
だが声が少し震えている。
俺は笑う。
「知ってる」
少し沈黙してから言う。
「あとお前さ。絶対言わないけど」
「……なによ」
「俺が無茶するたび、ちゃんと後ろで合わせてくれてただろ」
アネモネの目が見開く。
俺は続ける。
「突っ込むって分かってるから魔法の準備して。逃げ道作って風で速度上げて。爆発で相手の視界潰して」
笑う。
「全部バレてる」
「……うるさい」
「頼りにしてた」
小さく。
「本当に」
アネモネの肩が震えた。
「お前はもう1人でも大丈夫だよ」
次にリナリアが来る。膝をつき、俺の手を握る。温かい光が流れる。
だが。治癒の力は身体は治せても脳の異常までは治せない。
俺にも分かる。もう治らない。
それでもリナリアは魔法を止めない。涙を流しながら。
俺は言う。
「リナリア」
彼女が顔を上げる。
「ありがとう」
リナリアが首を振る。
「違う……私がもっと……」
声が震える。
「もっと強ければ、もっと早く治せれば……」
「そんなことない」
リナリアの手を軽く握る。
「お前がいたから何回でも立ち上がれた」
思い出す。戦場で倒れた時。傷だらけで歩けなかった時。
いつも光があった。
「戦いってさ」
俺は言う。
「怖いんだよ。誰か死ぬかもしれない。仲間が死ぬかもしれない」
少し息を吸う。
「でも、お前が後ろにいると安心できた」
リナリアの涙が止まらない。
俺は言う。
「お前は俺の光だった」
リナリアは泣きながら頷いた。
そして最後に。
リコリスが立っていた。少し離れた場所で。
腕を組み、静かにこちらを見ている。
俺は言う。
「リコリス」
彼女がゆっくり近づく。
膝をつく。
「……馬鹿者」
「なんだよ」
「言っただろう、どうなるかわからないと」
俺は笑う。
「まだ生きてる」
リコリスは小さく息を吐く。
「時間の問題だ」
沈黙。俺は少しだけ視線を上げる。
「なぁ」
「なんだ」
「俺、お前のこと好きだ」
空気が止まった。
リコリスの目がわずかに見開かれる。
俺は続ける。
「最初、運命探知が発動した時、勇者と魔王の関係」
リコリスは黙って聞いている。俺は言う。
「だから発動したと思った」
少し笑う。
「でも違ったわ」
静かに言う。
「そもそも前世戻る前はただの一般人だったんだ。魔王と結ばれる理由がない」
リコリスの瞳が揺れる。
「勇者とか魔王とか関係なくて」
俺は言う。
「それでも、運命で結ばれた」
少し息が苦しい。それでも言う。
「多分前世とかじゃなく、もっと前から」
リコリスを見て。
「魂から、心の底からお前に惚れてた」
静寂。
リコリスは何も言わない。
ただ俺の手を握る。強く。
俺は小さく笑う。
「まぁ、今言うのも、遅いか」
視界が暗くなっていく。意識が遠くなる。
最後に呟く。
「でも、伝えたかった」
温かいものが頬に落ちた。涙だった。
リコリスの声が震える。
「……馬鹿者」
俺の手を握る。
「私も愛している」
後悔が溢れる。
「……あぁ、まだ生きてたいなぁ…」
そう、最強を目指して冒険者になったのにまだ最高ランクになっていない。シオンとの約束で置いていかないとも宣言した。この広い世界をまだ見切れていない。しかし、何よりも
「もっと、みんなと一緒に…」
しかし俺の意思とは反対に、俺の意識は深い闇へと向かっていく。
「悪い、少し寝る」
「……あぁ、ゆっくり眠るといい」
「うん、そうさせてもらうよ」
そして赤い糸は――途切れた。




