魔王討伐、勝利の代償
無数の記憶が、雪崩のように流れ込んできた。
知らないはずの景色。知らないはずの戦場。荒れ果てた大地。燃え上がる城。泣き叫ぶ声。
剣を振るう自分。血の匂い。焼けた鉄の味。仲間の声。
そしてまた――別の人生。
さらに別の戦い。
違う名前。違う顔。違う時代。
それでも同じだった。
戦って、守って、そして――死ぬ。
何度も、何度も、何度も。
生まれて、戦って、死んで。
繰り返してきた記憶。
「ぐ……あぁぁぁ!!」
頭が割れる。
脳が焼けるような痛み。視界が歪み、平衡感覚が消える。立っているのか倒れているのかもわからない。
それでも、止まらない。
記憶は容赦なく流れ込み――そして。
電流が流れる。
大半の記憶は、脳に収まりきらず。
沈んでいく。
もっと深く。
意識の奥。
魂と脳の狭間。
無意識の海へ。
底の見えない場所に、ゆっくりと沈殿していく。
そして。
静かになった。
「……はぁ……はぁ……」
呼吸だけが、やけに大きく響く。
俺は、ゆっくりと目を開いた。
世界が――違って見えた。
空気の流れがわかる。
魔力の揺らぎが、色のように見える。
バハムートの呼吸。筋肉の動き。重心の移動。
全部、見える。全部、わかる。
まるで、何百回も戦ってきたかのように。
俺は剣を拾った。
自然に、手に馴染む。
立ち上がる。
バハムートが、わずかに表情を変えた。
「……ほう」
その声には、確かな愉悦が混じっていた。
俺は一歩踏み出す。
――床が割れた。
ただ歩いただけで、石が砕ける。
バハムートが、口角を吊り上げる。
「変わったな」
剣を構える。
迷いはない。
「待った甲斐があった!」
バハムートが笑う。
「来い――もっと楽しませろぉ!!」
俺は踏み込んだ。
空気が爆ぜる。
間合いはゼロだった。
剣が振るわれる。
バハムートの瞳が、わずかに見開かれる。
刃がぶつかる。
轟音。
衝撃が玉座の間を揺らす。
だが――今度は、押されない。
均衡。
いや、それ以上。
俺は踏み込み、押し返す。
バハムートが笑った。
「面白い!!」
剣が連続で振るわれる。
目で追えない速度。
だが。
全部――見える。
弾く。逸らす。避ける。
そして、踏み込む。
俺の斬撃が、バハムートの肩を裂いた。
血が飛ぶ。
重い、黒い血。
バハムートが初めて、後ろへ下がる。
その事実に、空気が変わる。
「……いいな」
バハムートの魔力が膨れ上がる。
三本の角が、黒く光る。
「いいなぁ!!」
地面を蹴る。
消えた。
次の瞬間には、俺の背後にいた。
振り返る前に、体が動く。
剣を振るう。
衝突。
火花が散る。
俺たちは中央でぶつかった。
剣と剣。
拳と拳。
衝撃が何度も爆発する。
柱が砕ける。
床が割れる。
天井が軋む。
玉座の間が崩れていく。
バハムートが吼える。
「勇者ぁ!!」
俺も叫ぶ。
「バハムートォ!!」
斬撃。衝撃。血。
互いに何度も傷を刻む。
それでも止まらない。
止まれない。
戦うことが、当たり前のように身体に刻まれている。
バハムートが大きく踏み込む。
全力。
黒い刃が振り下ろされる。
空間が歪むほどの一撃。
俺はそれを――正面から受け止めた。
火花が爆発する。
足元が砕け、沈む。
歯を食いしばる。
「終わりだ!」
バハムートが笑う。
「違う」
力を込める。
剣を弾く。
踏み込む。距離、ゼロ。
バハムートの目が見開かれる。
その瞬間を、逃さない。
剣を振り上げる。
全ての力。
全ての記憶。
全ての人生。
積み重ねたもの、全部を。
「これで――」
振り下ろす。
「どうだぁ!!」
光が走る。
一閃。静寂。
バハムートの体が、止まる。
黒い刃が、手から滑り落ちる。
音を立てて、床に転がる。
膝をつく。
「……見事だ」
低い声。そして、ゆっくりと。
巨体が、倒れた。
魔王バハムートは――動かなくなった。
玉座の間に、静寂が落ちる。
遠くで、声がする。
「……終わった?」
リナリア。
「勝った……」
シオンが息を吐く。
アネモネも、その場に座り込む。
リコリスだけが――
俺を見ていた。
「マキア!!」
その声が、やけに遠い。
俺は剣を落とした。
金属音が、やけに大きく響く。
視界が揺れる。
頭が――焼ける。
さっき沈んだはずの記憶が、また軋む。
「……あ」
膝が崩れる。立っていられない。
体が言うことを聞かない。
倒れる。
床が、近づく。冷たい石の感触。
遠くで、誰かが叫んでいる。
「マキア様!!」
「マキア!!」
声は聞こえる。でも、届かない。
指一本、動かせない。
俺は、わずかに口を開いた。
「……悪い」
誰に向けた言葉かも、もうわからない。
そして――その場に倒れた。




