届かない力、止まらない勇者
最初に踏み込んだのはシオンだった。
「はぁぁぁぁ!!」
盾を前に出し、そのまま体当たりする。
重い衝撃が響く。
だがバハムートは動かない。ほんの一歩も。
シオンの顔に焦りが浮かぶ。
「なっ……!」
バハムートの拳が振り下ろされた。盾が大きく歪む。
「ぐっ……!!」
シオンの膝が床に沈む。だがその瞬間――
「今よ!」
アネモネの声。
風が巻き起こる。
「《エアロ・バースト》!!」
圧縮された風が爆発した。
バハムートの体がわずかに浮く。
俺はその瞬間を逃さない。
「行くぞ!!」
踏み込む。剣を振り上げる。全力の斬撃。
確かな手応え。バハムートの体が後ろへ滑る。赤い絨毯が裂ける。だが――笑っていた。
「……いいな」
剣を軽く振る。血は出ていない。
「もっと楽しませろ!」
空気が爆ぜた。
バハムートが消える。
「速い!!」
リコリスが叫ぶ。
もう遅い。次の瞬間。
リコリスの腹に拳がめり込んだ。
「……がっ」
空気が抜ける音。
リコリスの体が吹き飛んだ。柱を砕いて転がる。
俺が振り向く。
「リコリス!!」
だがバハムートはもう動いていた。
アネモネの前に現れる。
「魔法使い」
剣が振り下ろされる。
アネモネが咄嗟に魔法を展開する。
「《エアロシールド》!!」
だが、風の盾が一撃で砕けた。剣が肩を裂く。
アネモネが吹き飛ぶ。床を転がる。
俺は踏み込む。
「てめぇ!!」
剣を振るう。
だがバハムートは振り向きもせず剣を受け止める。火花が散る。
「勇者」
余裕の声。
「遅い」
蹴りが飛ぶ。腹に直撃。
「ぐっ……!」
俺の体が後ろへ弾き飛ばされた。床を転がる。肺の空気が全部抜ける。視界が揺れる。
立ち上がろうとする。
「マキア様!!」
シオンが割り込む。盾を構える。
バハムートの剣が振り下ろされる。
盾が悲鳴を上げる。
シオンの腕が震える。
「まだ……!」
踏ん張る。その後ろで光が広がる。
「《聖域》!!」
リナリアだった。光がシオンを包む。傷が少しずつ癒える。
バハムートが視線を向ける。
「聖女」
興味深そうに呟く。
「厄介だな」
その瞬間。影が伸びた。
リコリスだった。
「調子に乗るな」
影の鎖がバハムートの足に絡みつく。さらに――床から黒い腕が無数に伸びる。
「沈め」
バハムートの体が一瞬止まる。その瞬間。
アネモネが叫ぶ。
「マキア!!」
風が渦を巻く。リナリアの光が剣に集まる。
俺は歯を食いしばる。
最後の力で踏み込む。
「はぁぁぁぁ!!」
剣を振り下ろし、斬撃が直撃する。爆風が玉座の間を揺らす。煙が上がる。
俺は息を荒くする。
「……やったか」
だが、煙の中から声がした。
「なるほど」
静かな声。煙が割れる。確かに傷はある。
だが致命傷ではない。むしろ笑っていた。
「今のは」
三本の角が再び黒く光る。
「少し効いた」
魔力が爆発した。
空気が重くなる。床が割れる。柱が震える。
俺の膝がわずかに沈む。
「……なにこれ」
アネモネが呟く。
リナリアの顔が青くなる。
「魔力が……さっきより……」
リコリスが歯を食いしばる。
「まさか」
バハムートが笑う。
角を軽く叩く。
「本気を出すことになるとは」
魔力がさらに膨れ上がる。
剣を構える。
「これが完全な魔王の力だ!」
次の瞬間、バハムートが動いた。さっきよりもさらに速い。見えない。
シオンの盾が弾き飛ばされる。リコリスが壁に叩きつけられ、アネモネの魔法陣が砕ける。リナリアが膝をつく。
そして――俺の剣が弾かれた。
バハムートの刃が首元で止まる。
バハムートが静かに言う。
「もう終わりか?」
俺たちは――完全に追い詰められていた。
あと数センチ。それだけで終わる距離。
赤い瞳が俺を見下ろす。
背後では仲間たちが倒れていた。
シオンは盾を支えに膝をつき、アネモネは肩を押さえて息を荒くしている。リナリアは必死に治癒を続けているが、魔力は限界に近い。リコリスも壁にもたれ、血を吐いていた。勝てない。
誰が見ても分かるほどの差だった。だが――
俺は笑った。
バハムートが眉をわずかに動かす。
「何がおかしい」
俺はゆっくり口を開く。
「リコリス」
名前を呼ぶ。
リコリスが顔を上げた。
「……なんだ」
俺は言った。
「俺の勇者だった前世の記憶だけじゃない」
一瞬、空気が止まる。
「全部」
静かに続ける。
「思い出させろ」
「……は?」
アネモネが叫ぶ。
「ちょっと待って!!」
シオンも叫ぶ。
「マキア様!?」
リナリアの顔も青くなる。
「それは……」
リコリスが歯を食いしばる。
「馬鹿かお前」
ゆっくり立ち上がる。
「そんな事したらどうなるか分かっているだろ」
俺は肩をすくめた。
「分かってる」
リコリスの声が低くなる。
「人間の脳で処理できる記憶量には限界がある」
指を額に当てる。
「人間が思い出せるのはせいぜい一世代分だ。だがそれ以上の前世」
目を細める。
「全部流し込めばどうなると思う?」
沈黙。
そして。
「脳が焼き切れる」
静かに言った。
「死ぬぞ」
アネモネが叫ぶ。
「だからやめなさいって言ってるのよ!!」
シオンも必死に言う。
「マキア様、それは……!」
だが俺は首を振った。
「いや」
リコリスを見る。
「一つだけ方法がある」
リコリスの眉が動く。
「……なんだ」
俺は言った。
「前にやっただろ?」
リコリスが眉をひそめる。
「……何の話だ」
俺は笑った。
「俺が最初に記憶を戻した時」
リコリスの顔が固まる。
俺は続ける。
「あの時、途中で電撃食らった」
リコリスの目が見開かれる。
俺は言う。
「そのせいで」
指で頭を指す。
「記憶が脳に全部入ることはなかった」
そして胸を軽く叩く。
「魂と意識の間」
ゆっくり言う。
「無意識に落ちた」
リコリスが呟く。
「……確かに理論上は可能かも知れない」
「だろ?」
リコリスは黙る。
俺は言う。
「今回も同じことすればいい」
シオンが叫ぶ。
「ダメです!!」
アネモネも怒鳴る。
「正気!?そんなの成功する保証ないじゃない!!」
リナリアの声は震えていた。
「もし失敗したら……」
俺は肩をすくめる。
「その時はその時だ」
バハムートが静かに見ていた。
俺はリコリスを真っ直ぐ見る。
「頼む」
「……成功するかわからない」
「分かってる」
「成功してもどうなるかわからない」
「分かってる」
「お前本当に」
リコリスが睨む。
「馬鹿だな」
俺は笑った。
「知ってる」
背後で仲間たちが叫んでいた。
「やめてください!!」
「マキア!!」
「ダメ!!」
俺は振り返らない。ただ言った。
「じゃあたのむわ!」
リコリスが目を閉じ、深く息を吐く。
「止めても無駄、か」
リコリスも決意を固める。
「……死ぬなよ」
手を上げる。魔力が集まる。魔法陣が展開される。
仲間たちの声がさらに大きくなる。だが。
俺は動かない。
リコリスが目を開いた。
「行くぞ」
手を伸ばす。
俺の額に触れた。
「《記憶解放》」
次の瞬間。世界が――白く弾けた。




