50. 苦々しい思い
いつにも増して賑やかな人混みだった。
広々とした大地には綺麗な水が滾々と湧き出し、黒く、乾いた大地に沁み込んでゆく。
小さなシダ系の植物がひび割れから顔を覗かせている様子は、決死に生き延びようとする凄まじい生命力を感じさせていた。
数刻ほど前まで溶岩で、足を踏み入れることさえ許さなかったその大地は、見て見なさいと言わんばかりの潤沢さで人々を誘惑している。
目黒区。正12角形の形をしたビルの周りに集まる人々は、言葉とは裏腹に顔には余裕の表情が浮かんでいる。
ざわめく集団はある一人を囲んでいるようで、そのほかに注意を向けることは無い。
今泥棒に入ったら、無抵抗に家のものが取られることだろう。
もちろんその考えを持つ、後ろめたさを感じない者たちは、人ごみに紛れ今日生きるために他人の家に忍び込むのだが・・・・。
「へっ。なーにが快適な生活だよ。俺みたいなやつは結局環境が変わろうが変わらまいがやることはいつも一緒だっつーの。」
普段であれば邪魔だ!というような顔をされしっしと手を振られるのだが、今日は誰も見向きもしない。
「あたしが前々から言ってたでしょお~??少し怪しいかもしれないけど、遁世教の上の人たちはあたしたちのことをちゃんと考えてくれてるんだって!!」
集団の中心にいる、ローブをまとった明るめの髪色をした20代くらいの女。
顔を大きめのマスクで覆っているため口元の確認を行うことはできないが、目がいやらしくゆがめられている。
つい数日前までとは一転した周囲の反応に、愉悦感が隠しきれていない。
「はっ。ちやほやされて鼻の下伸びてんぞ。」
集団から離れ、建物の陰から覗いていた少年はフンっと鼻を鳴らす。
今日も少年は忙しい。今日を生きるためだ。他人は関係ない。誰が幸せになろうと、どうだっていい。ただ、自分自身のために盗みを働くのだ。
そろそろボロボロの環境適応装置が本当に使えなくなってしまう。故障一歩手前。
壊れたら一瞬で皮膚がただれていくだろう。回収せねばなるまい。
「装置装置っと。・・・あっやべっ!!」
そこは新たな大地と繋がる境界線近くの家だった。
少し中心から離れた建物に入り、貴重品の在りそうな場所を物色する。
周囲の建物と同じような、特に目立って特徴があるわけではない。少し、生活感がないのが気になるものの綺麗好きな人が暮らしているのかな?と思う程度の家。
ごそごそ棚を探っていたら、誤って倒してしまった。
そんなに強く当たったつもりはなかったため、焦りから冷や汗がぶわっとあふれ出てきた。
早く戻さないと!! と、倒れた棚に視線を向ける。
どうやら棚が傾いたのはそもそも棚の下に何やら置かれていたからだったらしい。
厚みのある封筒を、少年は手に取る。
「危ない・・・・早くしまわな・・・・「カタ」
少し緩んでいた頭にピリリとアドレナリンが回る。
「・・・・っ!!」
驚きの声を食いしばって殺す。
入り口に背を向けていた。
素早く振り返ると、ちょうど差し込む光が人影を映し出すところであった。
見つかった!?逃げ場は!?!?・・・・入口しかない・・・。くそっ
周囲を一度見渡した後、逃げ道はあそこにしかないとフルで頭を回転させて確認。
逃走ルートが無いと悩んでいる暇はない。
少年は駆け出す。
「どけっ!!」
声で威嚇を行い、ビビった瞬間を狙って突進をかまそうと思った。
ドンッ!!
骨ばった肉体に己の体が勢いよく当たる。
その勢いでそいつの体は傾き、差し込む光に全体が照らされた。
食いしばった口元から空気を吸い込んだが、そこから感じるのは腐臭。
嗅ぎなれた死にぞこないの香りに、同業者かと少年は頭の端で考える。
当てた部分から、相手の骨が鈍く軋み、折れるような感覚がした。
しかし、相手は足をふらつかせることすらしない。
見た目に反して丈夫にできているやつだ。
思わぬ頑丈さに悪態をつき、眉間にしわを寄せる。
少年はめり込ませた肘をそのままに、外から差し込む光に照らされたそいつを見上げた。
「え?」
やつの吐息とともに吐き出されるのは真っ赤なーーーーー
その後しばらくしてネット上にはある噂が流れるようになった。
”神隠しに合うぞ”
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「うわあ~ヽ(・∀・)ノ。お祭りみたいに人がいっぱいだねえ~!!」
「うるさい・・・のぜ・・・」
相変わらず江東区は賑わっている。
江東区は他のビルとは違い、少し特殊な様相をしている。
3つに分かれた大地に支柱を立て、完全な空中都市を形成しているのだ。
交差するように建てられた支柱の上にあるビルは30階建て。
浮いたビルの下はたくさんの建物が所狭しと並んでいる。他の場所と違うのは建物が建てられている場所が綺麗に磨かれているということ。
中心は円形に空いており、溶岩が固まった大地がピカピカかつ平坦になっている。
住んでいる人の集合場所兼象徴的存在だ。
「ほんとうにここに居るんでしょうね~??」
こっそりとゲートを抜け出したロロ達を待ち構えていたのはぶよぶよした白い球体であった。ふわふわとした外見とは裏腹に触り心地はぶよぶよしているという不思議な物体。
最初は戸惑っていたのが、慣れていくうちに蹴りまわしたりして遊び道具と化した。
ジェリーはこれを持って帰りたいとまでほざくほど気に入ったらしかった。
「うわあ・・・・俺もう完全に関係者じゃねえっすか・・・・。こんなんどう説明しても無関係と言えないところまで来ちゃってるっすよ・・・。」
春の指示に従い、江東区までやってきた蜂賀は最後の最後・・・否、今もまだこの件の部外者になろうとあがいているらしい。
「おらあもよお・・・この年さなってこないなことに巻き込まれるだあ思わんかっだでなあ。・・・ちょっと楽しくなってきたでなあ。」
「ちょ!!おっちゃん!!それって一周回ってってやつっすよね!?!?大丈夫っすか!?それ!?」
ここ、江東区に来たのにももちろん理由がある。
「彼女のGPSをたどってみたところ、江東区で反応が消えました・・・。本当は人海戦術的な方法は取りたくなかったのですが・・・・。」
パルルンはパルルンで彼女を心配しているらしい。
関わった人間、しかも計画のうちに入れてしまった人が危険な目に合っていたらと思うと寝ざめが悪いなあと思っていたロロは、彼の言葉を聞いて、考えを改める。
彼に人を救えなかったという責任を押し付けないためにも頑張らなくちゃなあ~(゜-゜)。
接触を行うということは異変を感じ取られやすくなることに等しい。
うまいこといくといいなあ~。




