不名誉な噂
ナンバーズ。
その影響力は自身が考えるよりも、ずっと大きいものらしい。
今朝、引っ越したばかりの二等私室から出て詩織と合流し、教室までの道のりを歩いたところ。
誰かとすれ違うたび、近くを通るたび、様々な視線に晒された。
それもこれも理由は一つ。
双子のナンバーズであるロイとロマを、俺たちが打倒したからだ。
「随分と噂になっているわね。一躍時の人ってところ?」
「みたいだな」
それにしては、気になることがあるが。
「司。どうかした?」
「いや、随分と違うなって」
「違う?」
「視線がさ」
俺たちが注目を浴びているのはたしかだ。
しかし、その性質が俺と詩織とで異なっている気がする。
詩織に向けられる視線は、羨望の眼差しと言っていい。
憧れや尊敬が混じる素晴らしいものだ。
だが、俺に向けられているのは、かなり違う。
やっかみとか、妬みとか、そういった陰湿なものであるように感じられる。
睨まれている、と言ってもいい。
「流石に気づいているみたいね」
「どういう意味? リタ」
リタの発言に、俺よりもはやく詩織は反応する。
「何事にも尾ひれがつくってこと。飽くまで噂話だけれど、ナンバーズを倒したのは詩織一人の功績ってことになっているらしいわ」
「――なに、それ」
声音に、明確な怒気が混じる。
「ほら、詩織は転校初日から目立っていたでしょう? 一方で、最近まで司はあまり目立つようなことはしていなかった」
たしかに転校して二週間ほど経つが、とくに人目を引くようなことはしていない。
実技の授業は軽く流しているだけ。
詩織と剣を交えるのは、いつもトレーニングルームの中で、人目にはつかない。
転校初日から目立っていた詩織と比べれば、話題性に欠けるだろう。
「だから、詩織の実力を知っていて、司の力量を知らない誰かが、勝手な妄想を話に付け足した。司は幼馴染みという立場を利用して、詩織の恩恵に与っているだけだ、ってね」
そうリタが言い終わるとほぼ同時に、ばきりと乾いた音が響く。
それは指圧によって、ペンが折れる音。
あまりの怒りに我慢ならなかったのか。
詩織は自身の筆記用具をへし折っていた。
「ちょっと出てくる」
席を立ち、詩織は脇目も振らずに廊下を目指す。
「待て待て、落ち着け。もうすぐ授業だ」
詩織の手を掴んで、その場に止まらせる。
視線は相変わらず廊下に向いているが、足は止まった。
「でも」
「でもじゃない。ほら、座れって」
そう言い聞かせてやると、詩織はちらりと俺の目をみた。
そして、渋々といった風に着席する。
その表情はたいそう不満そうだったけれど。
「驚いた。詩織でも感情的になることってあるのね」
「……私だって許せないことの一つや二つ、ある」
「司のことを貶されたのがそんなに嫌?」
「嫌だよ。それは、私の理想を貶されたのと一緒だから」
聞いていると小っ恥ずかしくなるが、そういう理屈らしい。
夢を、理想を、貶されたら誰だって怒る。
詩織にとってその対象とは、光栄なことに俺だった。
だから、勢いあまってペンをへし折るくらい、詩織は怒った。
こうして自分で解析していると、顔から火を噴きそうだ。
「理想、ね」
またリタは含みのある言い方をする。
しかし、それも一瞬のこと。
「なら、いっそのこと司の実力を学園中に知らしめるって言うのはどうかしら?」
次の瞬間には、いつも通りに戻っていた。
「知らしめるって?」
「簡単な話よ。誰もが認める実力者の称号が、この学園にはあるでしょう?」
「……ナンバーズ」
「その通り」
俺を差し置いて、話はどんどんと進んでいく。
「司がナンバーズになれば、実力の疑いようがない。噂は立ち所に消えて無くなるわ」
「なるほど。いい案かも」
「でしょ?」
「待て待て待て」
俺の意思を度外視して話を進めるな。
「放っておけよ、噂なんて。俺は気にしないから」
ちょっとした嫌な視線を向けられるだけで実害もない。
人の噂も七十五日だ。いずれ飽きてみんな忘れてしまうはずだ。
そういう風な意味を込めて、そう言ってみるも。
「ダメ」
詩織は引き下がらない。
「ダメ」
二回も言った。
まだ返事もしていないのに。
「うーん……」
こうなった詩織は梃子でも動かない。
もう何を言っても、詩織は納得しないだろう。
長い付き合いだ、こういうことは直ぐにわかる。
「……わかった。とりあえず、リタの案を聞かせてくれるか?」
今回は詩織の言うことを聞いておこう。
すこし嫌なだけで、視線も気持ちいいものじゃあない。
噂を払拭できるというなら、しておこう。
「俺はなにをすればいい? ナンバーズになるって言ったって、そう簡単になれるものでもないだろ?」
「そうね。この学園における成績上位者百名に食い込むのだから、そう甘くはないわ。でも、チャンスは生徒全員に平等に与えられているのよ」
「チャンスって。あぁ、月末にある試験のことか」
「そういうこと」
まだ日数はあるが、近く試験が行われることになっている。
この魔法都市の外に広がる魔境を舞台として、狩りを行うのだ。
対象は、表の世界では幻想とされていた生物。
御伽噺や怪談話、都市伝説に神話。それらの世界の住人だ。
俺たち魔法使いはそれらを妖怪、あるいは魔物と呼ぶ。
試験とは魔物を殺し、その体内にある魔石を持ち帰ること。
この試験でいい成績を残すことが出来れば、ナンバーズになることも可能だろう。
「司は日頃の行いも悪くないし、授業もきちんと出席してる。先生からの評価も上々よ」
「なんで俺の評価をリタが知っているんだ?」
それは生徒に漏らしてはいけない類いの情報なのでは?
「委員長だから」
委員長としての仕事をしているうちに、そういう情報が入ってくる。
つまりは、そういうことだろうか?
役職柄、先生と接触する機会が多いから、そういうこともあり得るのかも知れない。
あり得るのか?
「とにかく、好成績を残すための下地は出来ているわ。貴方が本来の実力を発揮できれば、ナンバーズになるのも、さほど難しいことでもないと思うのよ」
「どうかな。やって見なくちゃわからない」
「相変わらず、謙虚なことね」
あぁそうそう、とリタは続ける。
「試験は基本的に二人組での挑戦になるけれど。詩織、貴女は私と組みなさい。司と一緒だと、また何を言われるかわかったものではないでしょう?」
「……たしかに、そうかも」
詩織の恩恵に与っている。
俺がそう見做されている以上、試験では詩織と組まないほうがいい。
もし仮にそれでナンバーズになれたとしても、ケチがつく。
やはり俺の実力ではないと、言い出す輩が必ず出てくるだろう。
この不名誉な噂を払拭するには、俺はほかの誰かと組まざるを得ない。
「でも、相手はいるの? 司」
「まぁ、適当な誰かを見つけて組むさ」
とはいえ、転校したばかりでクラスメイトとの交友関係は浅い。
いまでは噂も流れていることだし、組んでくれる生徒が見つかるかは不安だな。
まぁ、クラスの人数が偶数だし、嫌でも誰かと組むことにはなるのだけれど。
俺がまず行うべきことは、パートナー探しだな。




