死神
Ⅰ
昼頃まで十分な休息を取った俺たちは行動を開始した。
例の餌場へと息を潜めて向かい、タスクを探す。
「見つけた」
餌場で植物を食んでいる。
こちらに気がついた様子はない。
奇襲を仕掛けるには持って来いの状況だが、こちらが魔力を編めば存在を気取られる。
野生の魔物とはそう言う厄介な直感を有しているものだ。
だから、奴の注意を逸らさなくてはならない。
「それじゃ、手筈通りに頼むぜ」
そう言って、出て行こうとしたところ。
「あの……」
呼び止められる。
「本当に、私でいいんですか? 奇襲役は」
「いいもなにも、話し合って決めたことだろ?」
「それは……そうですが」
昨日の夜に飽きるほど話し合った結果。
俺がタスクの注意を引いているうちに、ルナが魔法で奇襲を仕掛けることになった。
奇襲を成功させるには、タスクの気を引く役がいる。
それを担うのは俺だ。
現状、初歩魔法しか使えないルナには任せられない。
「大丈夫。落ち着いて、息を整えて、正確に魔力を操作すればいい。戦闘中は無理でも、隠れていれば出来るかも知れない。タスクのことは任せろ、意地でも近づけさせないから」
「……もし出来なかったら」
「出来なかった時のことは考えないこと。そいつを考えていたら、意思が前を向かなくなる。足下ばかり見てたって、前には進めないもんさ」
詩織はいつだってそうしていた。
俺は茂みから川辺へと出て、そこから餌場へと向かう。
正面から正々堂々と、タスクの前に現れる。
「よう、昨日ぶりだな。元気してたか?」
その問いかけに、答えたわけではないのだろう。
タスクはうるさいほどの咆吼を放つ。
「あぁ、そうかい。そいつはよかった」
腰に差した鞘から、刀を抜き放つ。
「なら、すぐに元気をなくしてやるよ」
タスクはその雄々しい牙を振りかざし、突進する。
それに合わせてこちらも地面を蹴った。
Ⅱ
「大丈夫……大丈夫……落ち着いて、集中」
私は息を大きく吐いた。
手を握りしめて、この震えが止まるようにと願う。
心臓の鼓動がうるさい。全身に力が入って背筋が伸びる。息苦しくて堪らない。
寒くないのに身体が凍えているみたいに、自由に動かない。
あの日のことを。あの時のことを。思い出して、身体が硬直する。
こんな私に、いったいなにができるだろう。
彼は私にああ言ったけれど、私自身にその確信は抱けない。
あの魔法は戦闘中だとか、平常時だとかは関係ない。
私が発動しようとするたびに、心の奥底から痛みが這い出してくる。
痛い。痛い。痛い。
とても、我慢できないくらい。
でも、それでも私はやらなくちゃいけない。
彼は私に期待してくれた。
試験の計画を台無しにした私を。
高位魔法が使えない私を。
こんなに臆病な私を。
だから、私はそれに応えたい。
恐怖心を乗り越えて、その先へと進みたい。
出来なかったときのことは、考えない。
いまはただ集中して、魔力を操作しよう。
「――其は暗き旅路に誘う者」
詠唱を終える。
魔力を編み、魔法を形にする。
「――ッ」
いま、タスクがこちらをみた。
居場所がバレた。
こっちに突っ込んで。
「どこを見てる」
けれど、タスクがこちらに来ることはない。
なぜなら彼がタスクの気を引いてくれているから。
あの巨体から生じる圧力にも、魔法植物から放たれる攻撃も、すべてを躱して、いなして、気を引き続けてくれている。
すべては私の奇襲を成功させるために。
あんなに危険なことを、一手に引き受けてくれている。
だからこそ、私は成功させなくてはいけない。
彼の期待に、応えたい。
魔力は、形になった。
「――」
魔法は顕現する。
私が紡いだ魔力は、きちんと魔法に。
けれど。
「そんな……」
それは現実を突きつけるように砕け散る。
魔法は顕現しきらなかった。
中途半端に現れて、期待させて、粉々になってしまった。
やっぱり私には出来ないんだ。
私はまたあの日のように過ちを繰り返す。
あぁ、こんなことなら。
こんなことなら。
私は彼と。
「諦めるな!」
彼の言葉に我に返る。
失敗した私を叱責するものではない。
寧ろ、その逆だった。
彼は私にまだ期待している。
信じてくれている。
「失敗したならまた挑戦すればいい! 機会なら俺が何度だって造ってやる!」
彼はタスクと激しい戦闘を行いながら、そう叫んでいる。
私の位置を探らせないように、無理に大きな声を出して注意を引いている。
「どう……して」
どうして私を、こんな私を、いまでも信じてくれるのだろう。
胸の中に浮かび上がる疑問の答えは、けれどすでに得ていた。
彼は言っていたから。
この試験は二人で始めたものだから、二人で乗り越えなくてはならない、と。
どちらかの力だけでは、意味がない。
だから、彼は私にチャンスをくれている。
私の力で、この傷を――痛みを、乗り越えるチャンスを。
もうすでに一度、それをふいにしている。
それでもまだ私には挑戦する機会が与えられた。
なんて、私は幸せ者なのだろう。
「――其は暗き旅路に誘う者」
詠唱を唱える。
落ち着いて、息を整えて、魔力を操作する。
胸の奥が痛む。手が震える。視界が狭くなる。
でも、それでも、私は。
私は、彼の期待に応えたい。
「――死の宣告!」
魔力が描く、生命の終わり。
形作るは一丁の鎌。
曲線を描く刃は顕現し、骨の手がそれを握りしめる。
朽ち果てたローブを纏う、死の神。
それは大鎌を振り上げ、草を刈るように、タスクの命を刈り取った。
「でき……た……」
死神の一振りは、タスクの命を奪う。
私が幾度となく失敗してきた高位魔法が発動した。
今度こそ、間違いなく。
「私……私は……」
私はついにあの日を乗り越えられた。
Ⅲ
死神が命を刈り取った。
俺の目の前で首を切断されたタスクは、その場に倒れ伏し、その生涯を終える。
患部から止めどなく溢れ出る血液は、石の隙間を縫うようにして川の流れと同化した。
「死の宣告か。すごいじゃないか、こんな魔法が使えるなんて」
消えていく死神を眺めつつ、ふとルナへと視線を送る。
ルナはすでに茂みから出て、こちらにやってきていた。
「よう、お疲れ。よく頑張っ――」
そんなルナに声を掛けたところ。
彼女は返事の変わりとばかりに、俺の背に手を回した。
ぎゅっと、痛いくらいに抱きしめられる。
「どうした?」
「私……私は……きちんと、前に進めました。あなたのお陰です、司さん」
そう言ってもらえるのは、嬉しい限りだ。
「いいや。こいつはルナが頑張ったからだ。俺はとくになにも」
「いいえ。違います。これはあなたのお陰です」
「切りがないな、この分だと」
とりあえず、これでなんとか魔石は調達できた。
あとは死体から取り出すだけ。
これだけ強力な魔物だったんだ。
体内にある魔石も、それなりに価値あるものだろう。
「うへぇ」
死体の腹を裂いて手を突っ込み、魔石を引きずり出す。
ずるりと抜けた手に掴むそれを、川へと持っていって綺麗に洗う。
すると、滑らかな光沢のある魔石が現れた。
「こいつは凄いな」
「はい。ここまでの物は、見たことがありません」
これなら充分に好成績を残せるはずだ。
「やったな」
「はい!」
こうして試験は終わりを迎え、夕刻に俺たちは学園へと帰還する。
転移用魔法陣は便利なもので、時刻になると足下に出現した。
気がつけば、そこはあの真っ白な空間。
俺たちは無事に、帰ってきた。




