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死神


 昼頃まで十分な休息を取った俺たちは行動を開始した。

 例の餌場へと息を潜めて向かい、タスクを探す。


「見つけた」


 餌場で植物を食んでいる。

 こちらに気がついた様子はない。

 奇襲を仕掛けるには持って来いの状況だが、こちらが魔力を編めば存在を気取られる。

 野生の魔物とはそう言う厄介な直感を有しているものだ。

 だから、奴の注意を逸らさなくてはならない。


「それじゃ、手筈通りに頼むぜ」


 そう言って、出て行こうとしたところ。


「あの……」


 呼び止められる。


「本当に、私でいいんですか? 奇襲役は」

「いいもなにも、話し合って決めたことだろ?」

「それは……そうですが」


 昨日の夜に飽きるほど話し合った結果。

 俺がタスクの注意を引いているうちに、ルナが魔法で奇襲を仕掛けることになった。

 奇襲を成功させるには、タスクの気を引く役がいる。

 それを担うのは俺だ。

 現状、初歩魔法しか使えないルナには任せられない。


「大丈夫。落ち着いて、息を整えて、正確に魔力を操作すればいい。戦闘中は無理でも、隠れていれば出来るかも知れない。タスクのことは任せろ、意地でも近づけさせないから」

「……もし出来なかったら」

「出来なかった時のことは考えないこと。そいつを考えていたら、意思が前を向かなくなる。足下ばかり見てたって、前には進めないもんさ」


 詩織はいつだってそうしていた。

 俺は茂みから川辺へと出て、そこから餌場へと向かう。

 正面から正々堂々と、タスクの前に現れる。


「よう、昨日ぶりだな。元気してたか?」


 その問いかけに、答えたわけではないのだろう。

 タスクはうるさいほどの咆吼を放つ。


「あぁ、そうかい。そいつはよかった」


 腰に差した鞘から、刀を抜き放つ。


「なら、すぐに元気をなくしてやるよ」


 タスクはその雄々しい牙を振りかざし、突進する。

 それに合わせてこちらも地面を蹴った。

 


「大丈夫……大丈夫……落ち着いて、集中」


 私は息を大きく吐いた。

 手を握りしめて、この震えが止まるようにと願う。

 心臓の鼓動がうるさい。全身に力が入って背筋が伸びる。息苦しくて堪らない。

 寒くないのに身体が凍えているみたいに、自由に動かない。

 あの日のことを。あの時のことを。思い出して、身体が硬直する。

 こんな私に、いったいなにができるだろう。

 彼は私にああ言ったけれど、私自身にその確信は抱けない。

 あの魔法は戦闘中だとか、平常時だとかは関係ない。

 私が発動しようとするたびに、心の奥底から痛みが這い出してくる。

 痛い。痛い。痛い。

 とても、我慢できないくらい。

 でも、それでも私はやらなくちゃいけない。

 彼は私に期待してくれた。

 試験の計画を台無しにした私を。

 高位魔法が使えない私を。

 こんなに臆病な私を。

 だから、私はそれに応えたい。

 恐怖心を乗り越えて、その先へと進みたい。

 出来なかったときのことは、考えない。

 いまはただ集中して、魔力を操作しよう。


「――其は暗き旅路に誘う者」


 詠唱を終える。

 魔力を編み、魔法を形にする。


「――ッ」


 いま、タスクがこちらをみた。

 居場所がバレた。

 こっちに突っ込んで。


「どこを見てる」


 けれど、タスクがこちらに来ることはない。

 なぜなら彼がタスクの気を引いてくれているから。

 あの巨体から生じる圧力にも、魔法植物から放たれる攻撃も、すべてを躱して、いなして、気を引き続けてくれている。

 すべては私の奇襲を成功させるために。

 あんなに危険なことを、一手に引き受けてくれている。

 だからこそ、私は成功させなくてはいけない。

 彼の期待に、応えたい。

 魔力は、形になった。


「――」


 魔法は顕現する。

 私が紡いだ魔力は、きちんと魔法に。

 けれど。


「そんな……」


 それは現実を突きつけるように砕け散る。

 魔法は顕現しきらなかった。

 中途半端に現れて、期待させて、粉々になってしまった。

 やっぱり私には出来ないんだ。

 私はまたあの日のように過ちを繰り返す。

 あぁ、こんなことなら。

 こんなことなら。

 私は彼と。


「諦めるな!」


 彼の言葉に我に返る。

 失敗した私を叱責するものではない。

 寧ろ、その逆だった。

 彼は私にまだ期待している。

 信じてくれている。


「失敗したならまた挑戦すればいい! 機会なら俺が何度だって造ってやる!」


 彼はタスクと激しい戦闘を行いながら、そう叫んでいる。

 私の位置を探らせないように、無理に大きな声を出して注意を引いている。


「どう……して」


 どうして私を、こんな私を、いまでも信じてくれるのだろう。

 胸の中に浮かび上がる疑問の答えは、けれどすでに得ていた。

 彼は言っていたから。

 この試験は二人で始めたものだから、二人で乗り越えなくてはならない、と。

 どちらかの力だけでは、意味がない。

 だから、彼は私にチャンスをくれている。

 私の力で、この傷を――痛みを、乗り越えるチャンスを。

 もうすでに一度、それをふいにしている。

 それでもまだ私には挑戦する機会が与えられた。

 なんて、私は幸せ者なのだろう。


「――其は暗き旅路に誘う者」


 詠唱を唱える。

 落ち着いて、息を整えて、魔力を操作する。

 胸の奥が痛む。手が震える。視界が狭くなる。

 でも、それでも、私は。

 私は、彼の期待に応えたい。


「――死の宣告(グリム・リーパー)!」


 魔力が描く、生命の終わり。

 形作るは一丁の鎌。

 曲線を描く刃は顕現し、骨の手がそれを握りしめる。

 朽ち果てたローブを纏う、死の神。

 それは大鎌を振り上げ、草を刈るように、タスクの命を刈り取った。


「でき……た……」


 死神の一振りは、タスクの命を奪う。

 私が幾度となく失敗してきた高位魔法が発動した。

 今度こそ、間違いなく。


「私……私は……」


 私はついにあの日を乗り越えられた。



 死神が命を刈り取った。

 俺の目の前で首を切断されたタスクは、その場に倒れ伏し、その生涯を終える。

 患部から止めどなく溢れ出る血液は、石の隙間を縫うようにして川の流れと同化した。


死の宣告(グリム・リーパー)か。すごいじゃないか、こんな魔法が使えるなんて」


 消えていく死神を眺めつつ、ふとルナへと視線を送る。

 ルナはすでに茂みから出て、こちらにやってきていた。


「よう、お疲れ。よく頑張っ――」


 そんなルナに声を掛けたところ。

 彼女は返事の変わりとばかりに、俺の背に手を回した。

 ぎゅっと、痛いくらいに抱きしめられる。


「どうした?」

「私……私は……きちんと、前に進めました。あなたのお陰です、司さん」


 そう言ってもらえるのは、嬉しい限りだ。


「いいや。こいつはルナが頑張ったからだ。俺はとくになにも」

「いいえ。違います。これはあなたのお陰です」

「切りがないな、この分だと」


 とりあえず、これでなんとか魔石は調達できた。

 あとは死体から取り出すだけ。

 これだけ強力な魔物だったんだ。

 体内にある魔石も、それなりに価値あるものだろう。


「うへぇ」


 死体の腹を裂いて手を突っ込み、魔石を引きずり出す。

 ずるりと抜けた手に掴むそれを、川へと持っていって綺麗に洗う。

 すると、滑らかな光沢のある魔石が現れた。


「こいつは凄いな」

「はい。ここまでの物は、見たことがありません」


 これなら充分に好成績を残せるはずだ。


「やったな」

「はい!」


 こうして試験は終わりを迎え、夕刻に俺たちは学園へと帰還する。

 転移用魔法陣は便利なもので、時刻になると足下に出現した。

 気がつけば、そこはあの真っ白な空間。

 俺たちは無事に、帰ってきた。


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