自戒
「んっ、んんん……」
微かに声がして、そちらを見やる。
気を失っていたルナが、意識を取り戻した。
「よう。目が覚めたか」
そう声を掛けるも、反応は薄い。
朧気に起き上がったルナは、まどろみながら俺を見た。
「つかさ……さん? あれ……ここは、私は」
話しているうちに、意識が覚醒していく。
物事の前後の区別がつき、自らが置かれていた状況を思い出す。
自身になにが起こり、どうなったかを自覚する。
「思い出したみたいだな。ほら」
見るからに深刻そうな顔をするルナに、一つの果実を投げ渡す。
小さく声を上げて、ルナはそれを受け取った。
「試験のまえに勉強してた、魔力回復の果実だ。近くで見つけたから幾つかもらってきた」
そう言うと、ルナの視線が俺の足下へと向かう。
踏みならした緑の絨毯の上に、赤い果実が転がっているのが見えただろう。
魔道具から噴き出す煌々とした炎も。
「腹、減っただろ? いまのうちに食っといたほうがいいぞ。味も……」
手に持った果実を一囓りする。
そして、すこし顔をしかめた。
甘いには甘いが、それを凌駕するすっぱさがある。
外れのミカンを食べているみたいだ。
「まぁ、悪くない」
食べられないこともないが、好んで食べようとは思わないな。
もったいないから残さず食べるけど。
「……怒らないのですか?」
受け取った果実を見つめながら、呟くようにルナは言う。
いつもの調子な俺がいつまでも責めないから、自分から言い出してしまった。
「もう日が落ちています……この魔除けの魔法植物を見つけるのも大変だったでしょう」
それはたしかに大変だった。
意識のないルナをなるべく揺らすことなく、この森林を駆けずり回った。
そうしてやっとの思いで見つけたのが、この魔除けの魔法植物だ。
群生している地点を見つけられたのは、不幸中の幸いと言ったところか。
見つからなければ木の上に陣取っていたかも知れない。
「当初、計画していたすべてが瓦解しました……私の責任です」
「そういうのは、言いっこなしだ」
責任を感じさせないように、というのは無理があるだろうが。
なるべく、心を軽くさせようと言葉を選ぶ。
「第一、あそこに拠点を造ろうって言い出したのは俺だろ」
「でも、私があそこでっ……」
ルナは俯いてしまった。
言葉があとに続かない。
あそこで。
その先に続く言葉にはたやすく想像がつく。
すこし沈黙が流れた。
「……答えたくないなら、答えなくていい」
そう前置きをして、一つ質問を投げかける。
「どうして初歩的な魔法しか使おうとしないんだ?」
あの時、魔物がルナに牙を向けた時、迫りくる奴に放ったのは初歩魔法だった。
初歩的で威力の低い、あの魔物には効果が薄いとわかり切っていたはずなのに。
自身の命が掛かっていたあの場面で、それでも初歩魔法を使う理由はなにか。
ルナの意識がない間、ずっとそればかりを考えていた。
けれど、答えが出るはずもない。
それはルナの中にしか、ないものだから。
「使おうとしていない訳ではありません」
呟くように、ルナは言う。
「使いたくても使えないんです。私には」
使えない、とルナは言ったけれど。
そんなはずはない。
初歩より上の魔法が本当に使えないなら、そもそもエターズ魔法学園に入学できるはずがない。在籍し続けることも出来ないだろう。
すくなくとも高位魔法を扱えるだけの実力はあるはず。
とはいえ、嘘をついているという訳でもなさそうだ。
「……私には、自慢の母がいます。強くて、綺麗で、優しくて……私は母が大好きです」
ルナは語る。
「でも、私は母を傷つけた」
「傷つけた?」
「はい……」
そこから更にすこし間を置いて、ルナは話し始める。
「エターズ魔法学園に入学するすこしまえのことでした。私は身の丈に合わない魔法を使おうとして失敗し、結果的に母に消えない傷を刻んでしまいました」
自戒するように、自傷するように、言葉を紡ぐ。
「その日からずっと、私は簡単な魔法しか使えない魔法使いになりました。すこしでも高度な魔法を使おうとすると……身体が……震えて。魔力も……」
「そう……か」
大切な人を、大好きな母を、故意ではないしにしろ傷つけてしまった。
その事実は母だけでなく、ルナの心さえも傷つけた。
その古傷は今も、彼女を蝕んでいる。
命の危機に瀕してもなお、高度な魔法を使わせないほどに。
「辛いことを聞いたな」
試験のまえにリタが言っていたことが、今ならわかる気がする。
「いえ。大丈夫です」
微かに震える声でルナは返事をする。
そして、それを誤魔化すように、果実に齧り付いた。
「……なぁ、ルナ。明日、やっぱりあの魔物を標的にしよう」
「あの魔物……あのタスクを、ですか?」
「あぁ。俺たち二人で」
そう提案すると、ルナは沈黙してしまう。
ぐるぐると思考を巡らせているのだろう。
時刻はすでに夜。
今から標的としていた魔物を探し出すのは困難を極める。
仮に探し出せたとしても、制限時間ギリギリになるだろう。
そうなれば試験すらまともにこなせない。
なら、居場所がわかっているあの魔物――タスクを狩るのが一番確実だ。
「……わかりました」
ルナは頷く。
「私に出来ることがあればいいのですが」
「それも二人で考えよう。パートナーって、そういうものだろ?」
この試験は俺だけのためにあるんじゃあない。
ルナはパートナーで、だからこそ二人のためにある。
なら、俺一人が頑張ってもしようがない。
頑張るなら、二人でだ。
「……はい!」
そうして夜は更けていく。
遅くまで話し合いをしていた俺たちは、順に夜の番をして眠りについた。
そうして月は沈み、太陽が昇る。




