奇襲
「――おっ、この音は」
魔物たちの戦闘を終えてしばらく歩いていると、耳に水の音が届く。
目指していた川辺の近くまで、たどり着くことができたらしい。
「第一目標、達成ですね」
「あぁ、この調子でどんどん行こう」
喜び勇んで、川辺へと向かう。
木々の隙間と茂みを抜けた先に広がるのは、清涼な水が流れる川の風景。
透明度が高く、また緩やかな流れのそれは、試験中だと一瞬忘れるほど綺麗に映る。
カメラでも持ってきていたら、すぐにシャッターを切るのに。
「いい眺めだな」
「はい。とても綺麗です」
この風景のまえでは、ルナの顔にも表情が宿る。
相変わらずの薄いものだけれど。
「よし。じゃあ、次ぎは拠点造りだな」
「はい。適した場所を探しましょう」
試験の終わりは明日の夕刻。
それまで生き残ることも、試験のうち。
この森で一夜を明かす以上、簡易的なものでも寝床は必要だ。
徹夜をすると言う手もあるけれど、それは最終手段。
人間、眠らないと身体の動きが鈍くなる。
その鈍りが死を招くかも知れない。
この試験は決して遊びではない。
ゆめゆめそのことを心に留め置かなくてはならない。
「――支給品は最低限。いくつかの魔道具と、水と食料か」
川辺を歩きながら、所持品の確認をする。
試験に持ち込みが許可されているのは、自前の武器と支給品のみ。
もしそれ以外を求めるなら、現地調達をするしかない。
「ちょっと量が少ないように見えるけど。まぁ、足りない分は取ればいいか」
「そうですね。この森林は食料の宝庫です。木の実に果実、魚に魔物。選り好みをしなければ、充分に栄養補給が叶います」
「勉強の成果が出てるな」
「もちろんです」
ルナが言ったように、頭に叩き込んだ知識がいま生かされている。
試験において不安要素の少なさは、心に余裕を生む。
備えあれば憂いなしとは、まさにこのことだ。
「おっ、あの辺がいいんじゃないか?」
川辺を上流に向かって歩いていると、それらしい場所を発見した。
木々がそこだけを避けているかのように、ぽっかりと空間が空いている。
そこに敷き詰められた植物も、背の低いものばかりだ。
軽く踏みならしてやれば、立派な拠点が造れるだろう。
「いいですね。では、さっそく行きましょう」
ルナの後に続くように、俺も足を進める。
ここで簡単な拠点を造ったら、短い休憩を挟んで魔物狩りだ。
うまく狙い目の魔物が現れてくれるといいが。
そんなことを考えつつ、背の低い植物を踏みしめる。
そして、ふと気がついた。
「あれ?」
足下の背の低い植物と、周囲にある背の高い植物。
その形状が酷似している。
まるで同じ種類の植物であるかのように。
よくよく、注意深く見てみると、その先端に異変を見る。
それは、そう。
まるで、なにかに囓られたような、痕跡。
「――ルナっ!」
「え?」
ルナはこちらを振り返る。
その瞬間、その背後から巨大な影が現れた。
見上げるほどの巨躯。矛のごとき堅牢な牙。
タスク。
図書室で俺がルナに提案していたあの魔物が、現れた。
「くそっ」
奴は身体に植物を生やしている。
森と同化しているぶん、気づくのが遅れた。
ここはタスクの餌場だ。
この場所の植物だけが背が低かったのは、その所為だろう。
そうとは知らず、俺たちは不用意に踏み入った。
「――」
巨躯の魔物は咆吼して威嚇すると、一直線にこちらに駆けてくる。
その突進は木の幹ですら、簡単にへし折ってしまうだろう。
俺たちはすぐに回避行動を取り、突進の軌道上から脱出する。
しかし、その際に俺たちは、別々の方向へと逃げてしまった。
「まずい」
駆け抜けた魔物が切り返し、ルナへとその牙を向ける。
今から駆けつけても間に合わない。
奇襲を躱した直後で、回避もすでに不可能に等しい。
なら、いまの俺に出来ることは。
「――杜若」
魔力を編み、魔法を顕現させる。
駆ける魔物に向かって放つのは、一羽の燕。
魔力の翼が空を掻いて、その横っ腹を目がける。
急ごしらえで威力は低いが、奴の直線軌道くらいなら逸らせるかも知れない。
だが、その目論見は無残にも潰える。
「――なっ」
食いちぎられた。
燕は魔物に届くことなく、噛み砕かれた。
魔物に、ではない。
その背に生えた魔法植物によって、だ。
自らを守らせるために、あの魔物は魔法植物を背負っていた。
書籍には、そんなことは書いていなかったのに。
いや、そんなことよりも。
「ルナッ」
魔物はルナを狙っている。
このままだと突進をもろに喰らってしまう。
最初の一手を防がれたいま、こちらから助けに入ることは叶わない。
ルナ自身になんとかしてもらうしかない。
「――くっ」
ルナは魔力を編み、魔法を顕現させる。
魔法植物は背にしか生えていない。
正面から叩き付ければ、魔法は食われない。
あとは、魔物を怯ませるだけの威力があれば。
そう思考が巡った直後、俺の目は信じられないものをみる。
「鎌鼬」
ルナが放つのは風の刃。
初歩的な風の魔法。
この危機的状況でも、この期に及んでも、ルナは初歩魔法を選んだ。
「――くそっ」
風の刃は魔物の顔面を捕らえた。
だが、その厚い毛皮と硬い頭蓋に阻まれ、刃は滑る。
魔法は体表を浅く裂くだけに終わり、怯まない。
魔物に慈悲や容赦があろうものか。
突進は止まらず、ルナは突進を喰らい、はね上げられた。
ひどく鈍い音が、周囲に木霊する。
「ルナっ!」
地面を蹴って跳び上がり、宙を舞うルナを抱きかかえた。
そのまま木の枝に着地し、ルナの負傷を確認する。
魔殻のすべては壊れ果て、意識もない。
だが、幸いにも五体満足だ。
見たところ、どこの骨も折れていない。
魔殻が緩衝材になったことで、命に別状はなさそうだ。
「よかった……おっと」
ルナの生存に安堵したのも束の間、足場にしていた木に衝撃が走る。
木が悲鳴を上げて、幹がへし折れていく。
魔物が俺たちにとどめを刺そうと、木に突進したみたいだ。
「人命第一だ。いまは引くか」
木々から木々へと跳躍し、ルナを抱えたまま退避する。
魔物の突進が木々をへし折るほどの威力を誇ろうと、所詮は一直線にしか進めない。
木々にぶつかるごとに停止を余儀なくされる以上、距離を離すのは容易。
すぐに戦線を離脱し、俺は安全な場所を求めて森林を彷徨った。




