試験開始
「それにしても、まさか司がルナと組むことになるなんてね」
試験当日、訓練場にて。
生徒たちが試験に向けて気を整えている中で、リタは余裕そうに話を振った。
「そんなに意外か?」
「えぇ、とっても。あの子、あまり人と関わろうとしないから。昔と違って」
俺がルナを誘ったことを、意外に思っているのではないのか。
ルナが俺の誘いを受けたことが、リタにとっては意外なのだろう。
まぁ、俺も玉砕覚悟ではあったけれど。
しかし、人と関わろうとしない、か。
「そうなのか? 本人は影が薄いって言ってたけど」
人間関係が希薄なのは、その所為だと。
「影が薄い? まぁ、そうね。そういうことに、なるのかしらね」
またリタは言葉に含みを持たせている。
意味ありげな言動はリタの癖なのか、話しているとよく見る。
お陰でいつも気になってしようがない。
まぁ、追究するしようとまでは思わないけれど。
「とにかく、ルナのことは任せたわ。あまり無茶をさせないでね」
「随分と肩入れするんだな、珍しい」
「ちょっとした知り合いなのよ。この学園に入る前からの、ね。まぁ、貴方と詩織ほどの仲ではないけれど」
そう詩織の名前が出たところ。
「呼んだ?」
タイミングよく、詩織が現れる。
「まぁね。試験、頑張りましょうって話をしていたところ」
「そっか。うん、頑張ろう。司も、きっちりね。心配はしてないけど」
「わかってる。うまくやるさ」
そうこう話しているうちに、試験開始の時刻がくる。
真っ白な訓練場に集まった生徒は一塊となり、その仮定でルナも現れた。
「すみません。遅れました」
「いいさ、まだ時間内だ。でも、どうしたんだ?」
「はい。ギリギリまで予習の復習をしていました。……あれ?」
「ははっ、勉強してたってことは伝わったよ」
そんな軽いやり取りをしていると、教師の増幅された声が響き渡った。
「生徒諸君。本日は試験日だ。危険を伴い、時には命を落とす生徒もいる。しかし、危険を乗り越えてこそ、魔法使いは大成すると私は考えている。ぬるま湯に浸かりきった軟弱な魔法使いなど必要ない」
演説をするのは、見たことのない男性教師だ。
名前もわからないが、それなりの立場にある人なのだろう。
そうでなければ、このような場所で持論を持ち出したりはしない。
「ゆえに、私は諸君らに期待する。明日の夕刻に全員が無事に帰還することを。そして、見せてほしい。諸君らの魔法使いとしての適正を」
そう教師が告げた瞬間、足下に魔法陣が展開される。
淡い光を放つそれは、この学園生活で幾度となく目にしてきたもの。
転移用魔法陣。
「これより試験を開始する」
その宣言のもと、転移用魔法陣は起動する。
淡い光は輝きとなり、俺たちを光の粒子に変えた。
意識が一瞬にして長い旅をする。
そうして気がつけばそこは、すでに試験の舞台。
数多の木々――森林が広がっていた。
「はじまったな」
「はい。では、当初の予定通りに川辺を目指しましょう」
落ち葉の絨毯を踏みしめ、俺たちは行動を開始する。
川辺までの道のりは、道中の魔法植物が目印だ。
頭に叩き込んだ知識を総動員して、ただの魔法植物を道しるべに変えていく。
勉強の甲斐もあって、俺たちはさほど迷うこともなく、足を進められた。
「――この植物は川辺の近くに生息するものです」
「ということは、もうすぐ水の音が聞こえてくるはずだけど」
そう思い、周囲の音に耳を傾ける。
聞こえてくるのは、風が流れる音。木々が揺れる音。虫の鳴き声。
そして、遠くから響いてくる複数の足音。
「ルナ。魔物だ」
虚空を指先でなぞり、空間を開いて得物を取り出す。
「わかりました」
それに応えるようにルナも臨戦態勢をとる。
「散らばったか」
足音から魔物たちが散らばったことを知る。
正面から堂々と向かってくるほど、野生の魔物は優しくない。
そして、彼らが姿を見せる頃には、すでに周囲を取り囲まれていた。
「ざっと数えて二十とすこしくらいか」
灰色の毛皮に鋭い牙と爪。
彼らの形状は狼に似ている。
けれど、彼らは狼よりも遥かに強く、凶暴だ。
「いけるか? ルナ」
「もちろんです。返り討ちにしてやりましょう」
「頼もしいな」
声を掛け合い、腰に差した鞘から刀を抜き払う。
その動作が引き金となったのだろう。
彼らの中の一匹が雄叫びを上げ、それを号令として一斉に彼らは襲い掛かってくる。
「ようやく試験がはじまったって感じがする」
構えた刀を振るい、跳びかかる魔物を返り討ちにする。
斬り裂いた魔物は断末魔の叫びを上げて地に落ち、血の池を形成した。
仲間の死に直面しても、魔物の勢いは微塵も衰えない。
次から次へと攻め立てて、魔物たちは畳み掛けてくる。
「熾火」
間合いに入った先から斬り伏せる最中、背後ではルナが魔法を放つ。
それは初歩的な炎の魔法。
低燃費、低火力の初心者御用達のお手軽魔法だ。
この歳の魔法使いが使うような魔法ではないが、魔物はきちんと倒せている。
それだけ魔力操作に長けている証拠だが、その戦い方には違和感があった。
試験が始まるまえに、何度かルナとは手合わせをしていたけれど。
その時でさえ、ルナは初歩的な魔法しかしようしていない。
頑なに、その先にある魔法を使おうとしていない。
「……集中集中」
ルナの戦い方に疑問を抱きつつも、迫りくる魔物たちを相手取る。
小型の魔物は、その能力の低さを数で補う傾向にある。
数に圧倒されてかく乱されることなく、各個撃破を目指せば対処は容易。
魔物たちはみるみるうちに数を減らし、それが半数以下にまでなると勝敗は決した。
群れの中の一匹が、再び雄叫びを上げたからだ。
「――逃げたか」
それは退避の意味し、彼らはあっと言う間に去って行った。
群れの数が減れば、それだけ狩りが難しくなる。
これ以上の損害は群れの全滅を意味すると判断したのだろう。
優秀な判断力だ。
「お見事です。魔法も使わずにあの数を捌くとは」
「魔力はいざと言うときに温存しておかないとな。ルナもそうだろ?」
そう問うと。
「そう……ですね」
そうルナは返した。
その声音からは、後ろめたい何かを感じる。
どうも、先を見据えた魔力の節約ということでもないらしい。
まぁ、節約が目的ならそもそも俺との手合わせの時にも、初歩魔法しか使わない理由にはならないか。
「さぁ、行こう。川辺はもうすぐだ」
「はい。行きましょう」
小型の魔物が有する魔石には用途がないから放置。
死体はまた別の魔物が食ってしまうだろう。
俺たちは川辺を目指して、その足を前へと進めていく。
試験はまだ始まったばかり。




