植物と魔物
試験のパートナーとしてルナと組むことになって数日ほどが経つ。
初対面も同義だった俺たちには会話が増え、一緒に過ごす時間も増えていた。
というのも。
「この魔法植物の実には、魔力回復の効果があるといいます。その隣に植えられている植物には魔除け――つまり、魔物を寄せ付けない独特の匂いを発しています」
あの日から頻繁に、俺たちは魔法植物園に足を運んでいたからだ。
時間を見つけては植物園に向かい、植物の知識を頭に叩き込んでいる。
ルナもよく付き合ってくれるもので、いまではすっかりと打ち解けられていた。
「魔力水で育った魔法植物は、どれも小さくて大人しいものです。野生の魔法植物は、これらよりも一回り大きいものと考えてください。そして」
ルナの視線が、通路の先へと向かう。
そこはこの植物園で唯一、硝子という壁が存在するエリアだ。
生徒が魔法植物に触れないように――いや、その逆だ。
魔法植物が生徒を襲わないように、切り離されている。
「森林に生息する獰猛な魔法植物は、この程度の硝子なら簡単に打ち破ってしまうでしょう」
左右を硝子で仕切られた通路を歩きながら、ルナの解説に耳を傾ける。
透明な壁の向こうでは、肉食の魔法植物がこちらを探知しているようだった。
まるで太陽を追いかけるひまわりのように、花の大輪が俺たちを付け狙っている。
この硝子の強度は保証されている。
植物園のクエストを受けるときに、注意事項として聞かされていたからだ。
ここに植えられた植物たちは、いかなる方法でも硝子を破ることはできない、と。
同時に、ここの水やりは教師が担うのでしなくていい、とも。
「そうとわかっていても」
植物に獲物として狙われていると思うと、いい気分はしない。
「あれ、です。この辺りに植えられた魔法植物の生息域に、試験の森林が含まれています」
「どれどれ」
立ち止まって、硝子の向こう側に目を凝らす。
その瞬間、視界いっぱいに毒々しい色の花が現れた。
「おっと」
花は勢いよく硝子に激突した。。
鈍い音を立てた花は、粘液のような分泌物を出しながら、ずるりと地面に落ちていく。
俺を食おうとしたらしい。
地面に落ちたいまも、硝子に貼り付いている。
隙あらば食ってしまおうという、この植物の本能が感じ取れた。
随分とおっかないことだ。
「硝子があってよかったです。あの粘液に増えるとぐずぐずに融けてしまいますから」
「こんなのがうじゃうじゃいるのかと思うと、ぞっとするな」
まぁ、仮に粘液を被っていたとしても、魔殻が融けるだけだけれど。
しかし、たとえば負傷した矢先にこの植物に出くわしたら。
あるいは魔殻が融けた状態で魔物の攻撃を受けたら。
そう思うと、なかなかどうして侮れない植物だ。
「ですが、植物にも弱点はあります」
そう言って、ルナは魔法を顕現させる。
「闇払い」
それは初歩的な光の魔法。
指先から広がる閃光は周囲を照らし、瞬く間に消え失せる。
たった一瞬、周囲を照らすだけの魔法だが効果は覿面だった。
植物は逃げるように硝子から離れ、身を隠すように小さくなる。
「このように、あの種類の魔法植物は光に弱いのです」
「あぁ。それはお陰でよくわかったけど」
「なんですか?」
「許可なく魔法を行使するべからず、だろ」
このエターズ魔法学園の校則だ。
「あ」
いま思い出したのか、ルナから声が漏れる。
「……いまのは内密にお願いします。司さん」
「あぁ、もちろん。胸の内に止めておくよ。バレたら俺も怒られるし」
そう言って、口元に指を立てる。
その仕草がやり取りが、すこし面白くて。
二人してくすくすと笑いながら、俺たちは試験の予習を続けていった。
所変わって、俺たちは図書室へと足を運んでいた。
どこに視線を向けても本の背表紙が映り込むような、広い空間。
壁際にはぎっしりと書籍が詰め込まれ、ちょっとした仕切りにも本棚が使われている。
ここにある書籍をすべて読み終わるのに、人の一生を使わなければならないのではないか。
そう思ってしまう程度には、この図書室に詰め込まれた背表紙の数は多い。
「森林に生息する魔物の種類は……結構、多いな」
数多ある書籍の中から、関連するものに片っ端から目を通していく。
森林に生息する魔物は、思ったよりも多い。
無害な魔物。有害な魔物。危険な魔物。大きい魔物。小さい魔物。などなど。
これらに一通り目を通すだけでも骨が折れる。
「はい。ですが、ある程度の大物に絞れば数はそう多くありません」
魔物を狩り、魔石を手に入れる。
試験の成績は手に入れた魔石の純度、形状、質量によって決まる。
大きな魔物からは大きな魔石を、小さな魔物からは小さな魔石を、取ることが出来る。
なら、俺たちが目指すべきは、必然的に大物ということになってくる。
「んー……じゃあ、こいつはどうだ?」
机上に積み上げた書籍の中の一冊から、とある魔物をルナに提案する。
川辺に生息する大型の魔物で、名前はタスク。
造形としては巨大な猪に、マンモスの牙が生えている。
黒々とした毛皮は分厚く、威力の低い魔法では幾ら打っても致命には至らない。
移動速度もはやく、その巨体から繰り出される突進を喰らえば、魔法使いと言えど負傷は免れない。
そのような記述がこの書籍には綴られている。
「タスク……ですか」
ルナは、あまり乗り気ではなさそうだった。
「ダメか?」
「ダメ、というほどではありませんが……私には倒せる自信がありません」
自信がない、か。
彼女も、このエターズ魔法学園に在籍する優秀な生徒の一人だ。
ナンバーズとまではいかないまでも、それなりに実力はあるはず。
今回は俺というパートナーもいる。
それなのに自信がないと挑戦しようともしないのは、すこし引っかかった。
なにか事情でもあるのだろうか? いや、止めておこう。
人の深いところを、無遠慮に探るようなことをするのはよくない。
「そっか。なら、別の魔物にも目を向けてみるか」
積み上げた書籍の一番上を手に取り、新しく目当ての魔物を探し始める。
それからしばらくの間、ああでもないこうでもないと意見を交わし合った。
最終的に二人が納得する形で狙い目とする魔物が決まり、時は過ぎていく。
そして、試験当日がやってきた。




