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【現代パロディ】神様じゃない僕達

 朝、テオドールはカーテンを開けた。


 六月の光が、遠慮なく部屋へ流れ込んでくる。床に落ちたTシャツ、ソファの背に掛けられたパーカー、テーブルに置きっぱなしのノートパソコン。昨夜ルキウスが「あとで片付ける」と言ったものは、当然のようにそのままだった。


「ルキ」


 ベッドの端に腰を下ろして、テオドールは布団の山を揺らした。


「君、今日一限だろ」

「……まだ休んでもいける……」


 布団の中から、くぐもった声が返る。


「嘘つけ。そろそろ単位ギリギリだろ」

「テオ、母さんみたいなこと言う……」

「君が小学生みたいな生活をしてるからだよ」


 布団を剥がすと、金髪がぐしゃぐしゃになったルキウスが、不満そうに目を細めた。


「だー、眩し」

「朝だからね」


 テオドールが淡々と言うと、ルキウスは渋々身体を起こした。

 

 朝食はいつもパンとインスタントのスープだった。トースターが鳴る間に、テオドールはケトルの電源を入れ、ルキウスは冷蔵庫から麦茶とコップを取り出す。


 テオドールとルキウスがルームシェアを始めてから、もうすぐ二年が経とうとしている。

 大学進学を機に家を出る決断をしたテオドールが都内の家賃に顔を顰めていたところ、幼馴染のルキウスがルームシェアを提案した。

 

 ルキウスの親が息子に与えたマンションは、大学から程近く広さも十分だった。

 厳しい親の目から早く逃れたかったテオドールにとって、ルキウスの提案は渡りに船以外の何物でもない。

 不満があるとすれば、今まで甘やかされて育ってきたルキウスの生活力の無さくらいだが、屈託のない笑顔で「ごめーんさんきゅー」と言われてしまうと、うっかり許してしまう。

 

 一応、家事は当番制ということになっている。が、実際に冷蔵庫の奥で萎びかけた野菜を見つけたり、洗面所の詰め替え洗剤を買い足したりするのは、大体テオドールだ。


「テオ、今日何時に帰ってくんの」


 ルキウスがトーストを齧りながら訊く。

 テオドールは昨日スーパーで買った九十八円のジャムの内蓋を剥がしてゴミ箱へほおった。


「今日はバイトだから……十九時くらいかな」

家庭教師(カテキョ)だっけ」

「そう。なんで?」

「兄さんが桃くれるらしくて。持ってくるって」

「桃?」

「彼女と二人だと食いきれないんだってさ」


 テオドールがスプーンで赤いジャムをすくい上げ、焼きたてのパンの端からゆっくり塗り広げる。

 ざり、と表面が鳴った。


「あれ、婚約したって言ってた?」

「あー、うん。仕事落ち着いたからって」


 ルキウスが机の上のスマートフォンをちらりと見ると、残りの麦茶を一口だけ残したまま立ち上がった。


「あっマジで時間やば」

「だから言っただろ」

「行ってきます!!」

「鍵持った?」

「持った!」


 玄関先でばたばたと靴を履き、ルキウスは出て行った。

 扉が閉まると、急に部屋が静かになった。


 テオドールは食器を下げ、ルキウスが残した麦茶を見下ろした。ほんの一口分。捨てるほどでもない。


「もったいない……」


 呟いて、それを飲み切る。

 洗って、伏せる。


 テーブルを拭いて、脱ぎっぱなしのTシャツを洗濯かごに入れ、ソファのパーカーは畳まずに背もたれへ掛け直した。どうせ夜にはルキウスがまた着る。

 自分の鞄を取って、テオドールも部屋を出た。


 

 大学では教授の話を聞きながらノートを取り、合間にバイト先からの連絡を返す。

 奨学金の振込予定と、今月の家賃。頭の端で数字を並べながら、それでも授業の内容は逃さない。

 学費だってタダじゃない。無駄にするのは勿体なかった。


 夕方、テオドールはバイト先へ向かう。

 教え子のユリアンはかつての後輩で、高校三年生の彼は立派な受験生だ。

 ルキウスとテオドールの通う大学が志望校だが、現段階では受かるかどうかギリギリの判定だった。


「ユリアン、大問二、対数の中身が負になってる」

「あ」

「多いよ、条件の書き忘れ。落ち着いて見直せば解けるのに」


 ユリアンが気まずそうに目を逸らす。

 ユリアンは真面目で、少し緊張しやすくて、質問の仕方が丁寧すぎる。テオドールはそういう生徒が嫌いではなかった。


 問題を解き終えたあと、ユリアンがふとペンを止めた。


「私も一人暮らししてみたいです」


 テオドールは採点の手を止めた。


「大学に入ったら?」

「はい。自由そうで」

「……僕は早く家を出たかったから出たけど、実家にこしたことはないよ」

「そうなんですか」

「家賃も光熱費も食費もかからないからね」

「現実的……」

「現実だよ」


 ユリアンは小さく笑った。


 ユリアンの家を出る頃には、空はすっかり暗くなっていた。


 マンションの部屋へ戻ると、玄関に見慣れない革靴があった。磨かれている。ルキウスのスニーカーとは対照的だった。


「ただいま」

「おかえり」


 リビングからルキウスの声がする。


 その隣で、淡い金髪の男が振り返った。


「テオドール、久しぶり」

「お久しぶりです、クラウディオさん」


 テオドールは鞄を置いて、軽く頭を下げた。


「ご婚約おめでとうございます」

「ありがとう。是非またうちにも遊びにおいで」

「……はい」


 クラウディオは相変わらず穏やかだった。社会人になってから少し痩せたようにも見えるが、姿勢の良さと柔らかい物腰は変わらない。

 しばらく近況を話し、クラウディオは桃の箱を置いて帰っていった。


 ドアが閉まると、ルキウスはソファに戻って伸びをした。


「兄貴、また痩せたな」

「忙しそうだね」

「忙しいの好きなんだよ、あの人」


 テオドールは箱の中を覗いた。きれいな桃がいくつも並んでいる。


「君のお兄さんは、凄いよね」

「ん?」

「院まで行って、大企業に勤めて、婚約者がいて、家族とも仲が良くて……なんというか、公私共に順風満帆って感じ」


 ルキウスは一瞬黙って、それから妙な顔をした。


「でも兄貴、すげー恋愛下手だよ」

「……そうなの?」

「うん。前の彼女とか、浮気された上に財布から金抜かれてたよ」

「思ってたよりひどい」

「優しすぎんだよねー」


 ルキウスは何でもないように立ち上がった。


「な、桃食おうぜ」

「剥くの僕でしょ」

「剥き方わかんねえもん」


 テオドールは桃を一つ手に取り、台所に立った。


 水で洗って、包丁を入れる。柔らかい皮が薄く剥ける。

 ルキウスはカウンターに肘をついて、その手元を見ていた。


「テオ」

「ん?」

「今日、ユリアンどうだった」

「頑張ってるよ」

「そっか」


 皿に切った桃を並べる。

 ルキウスが一切れつまんで、口に入れた。


「あま」

「ねえ、デザートじゃないの?」

「いいじゃん、いつ食ったって」

 

 ルキウスが皿からもう一切れ取って、テオドールの前に差し出した。

 歯で受け取って、口の中に放り込む。箱入りの桃は流石に甘かった。


 窓の外では、車の音が遠く流れている。部屋には冷房の低い音と、夕飯用に買ってきた弁当を温めるレンジの音だけ。

 皿の上には、まだ瑞々しい桃が残っている。

 

 魔法も信仰も政治も、もうずっと遠い話。

受験生と大学生の解像度が低すぎるが、テオとルキが社会人やってる想像がいっこもできなかった。

ルキウスはボンボンなのでバイトしません。

クラウディオさんはゴリゴリに大手のJTCだと思うし多分そのうち家業を継ぐ。


めちゃくちゃ日本なんかい、というのはまあ、いいじゃん。パロディだし。

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