表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/10

王宮のクソガキども

「俺だけの隠し通路が欲しい」


 ルキウスがそう言った瞬間、ユリアンは手元の書類から顔を上げた。

 よくない。これは、たいへんよくない話の始まり方だ。

 テオドールも同じことを思ったのだろう。羽ペンを置き、真正面からルキウスを見る。


「一回聞くよ」


 なんで聞いちゃうんですか、とユリアンが目を伏せた。

 

「街に降りたんだけど」

「……いつ」

「二日前」


 テオドールの目が、すっと冷えた。


「君、またひとりで?」


 ルキウスが慌てたように首を振った。

 じっとりと向けられた視線に、怒られる気配を感じたらしい。

 

「いやほら、現実的な民の声を聞くのも大事だろ」

「護衛をつけて聞きなよ。君が刺されたら民の声も何もないだろう」

「それじゃあ忖度するだろ!」


 ユリアンは静かに胃を押さえた。

 この時点ですでに十分怒られ案件である。

 だが、ルキウスの顔を見る限り、本題はまだここではない。


「で? 民の声を聞いてなんで隠し通路になるんだい」

「仲良くなった子供たちが、森の中に秘密基地作っててさ。木の枝とか拾った布とかで、すげえ雑なんだけど、本人たちはめちゃくちゃ楽しそうで。うわ、いいなそれ、って思って」


 ルキウスは机に両手をつき、妙に真剣な顔で続けた。


「でも王宮じゃ無理だろ? どこにいても誰かに見られるし、どの部屋も誰かの管理下にある。じゃあ、お前の私室を俺の秘密基地ということにしようと思って」

「ん?」


 テオドールの思考が止まった。ユリアンも止まった。

 理論が飛んでいる。


「今、何て?」

「お前の私室を、俺の秘密基地にする」

「僕の私室を?」

「うん」

「君の?」


 テオドールはしばらく黙った。


「……なんで?」


 ですよね。とユリアンが頷いた。

 テオドールの私室は別に秘密でも何でもない。魔術塔の一角、宮廷魔術師団達の宿舎の一室で、誰でも知っている。

 王族が立ち入るような場所でもないのは確かだが、秘密基地と呼ぶには少々秘密が足りなかった。


「で、秘密基地には秘密の通路かなって」

「ルキウス、僕の話を聞いてよ」

「こう、庭からさ。地下通ってお前の部屋とか行けない?」

「……あのさ、ルキ」


 テオドールの声が静かになった。


 ユリアンは少しだけ安堵した。

 さすがのテオドールも、これは止めるらしい。王宮の庭から魔術師塔の私室まで地下通路を通すなど、構造上も警備上も問題しかない。


「それを言うなら、庭の地下に秘密基地を作ればいいだろう」

「テオドール様?」


 ユリアンの声が、思わず素に戻った。

 ダメだこの人、殿下の事になると急にIQ下がる。

 ユリアンの怪訝な顔とは裏腹に、ルキウスの表情がぱっと明るくなる。


「作れるのか!?」

「まあ、できるよ。魔術で深めの穴を掘って空間を作ろう。王宮の主要構造に干渉しない位置なら、崩落の危険も少ない」

「テオドール様!?」

「入り口は魔術師塔の脇なら不自然じゃない。資材用の小倉庫の床下あたりに偽装すればいい」

「テオドール様!!!!」


 テオドールが変な企みを淡々と真面目に語った数日後。


「作った」

「テオドール様……!!!」


 ユリアンは崩れ落ちるように膝をついた。

 魔術師塔の脇、普段は誰も気に留めない小さな倉庫の床下に、見事な地下空間が出来上がっていた。


 広さは小部屋ひとつ分ほど。壁は滑らかに均され、天井には水晶灯が嵌め込まれている。床は乾いていて、空気も澱んでいない。結界術の応用で地盤は補強され、壁面には薄い防湿術式まで巡らされていた。


 完璧だった。完璧なのがまずかった。

 

「すげえ!」


 ルキウスは目を輝かせて地下空間へ降りた。


「本当に秘密基地じゃん! 寝椅子置けるな。菓子も置ける。剣は……」

「振らないでよ」

「流石にか」

「壁の術式傷つけたら虫とか入るからね」


 テオドールは淡々と言いながら、壁に刻んだ術式を確認している。


「結界術の応用で地盤や壁は強固にしてある。ただ、空間の上部に魔力光が少し漏れるね。地上から見ると、部屋の位置だけ地面がうっすら光る」

「本当だ」


 ルキウスが地上へ戻り、足元を覗き込む。

 たしかに、倉庫脇の地面がほんのり淡く光っていた。


「なんか秘密基地っていうより、ここにありますって言ってるな」

「認識阻害を重ねればごまかせる」

「ああもう知りません。知りませんよ私は」


 ユリアンは両手で顔を覆った。


「私は何も見ていません。王宮の庭の地下に秘密基地などありません。魔術師塔の脇がうっすら光っているなどという事実もありません」

「ユリアン、現実逃避が上手くなったね」

「全部殿下とテオドール様のせいです!」


 ルキウスは地面を眺めながら、ふと首を傾げた。


「なあ、これもっと深く掘ったら解決しねえ?」


 テオドールは地面を見下ろし、少し考える。


「うーん。どこまでいけるかな」

「お前ならいけるよ。俺のテオだもん」


 テオドールの表情が、わずかに緩んだ。


「仕方ないなあ」


 満更でもない顔をしながら、テオドールが魔術杖を両手で構える。


「あああ……テオドール様がすごくやる気に……」


 こういう時のテオドールを止める術を、ユリアンは持っていなかった。

 ルキウスはその後ろで、もう完全に楽しそうだった。


「地下に巨大都市作ろうぜ」

「ルキウス、君が望むなら」

「やめてください」


 ユリアンの声は、もはや祈りだった。


 テオドールは床に手を翳す。

 淡い光が地面に広がり、すでに作られた地下空間を包み込んだ。


「今ある空間をそのまま深く転移させる。壁面の補強術式を保持したままなら、地盤への負荷も少ないはずだ」

「最高じゃん」

「ああ神よ……お許し下さい……信仰をこのような……」


 光が強くなる。

 地下空間が、ゆっくり沈む。


 沈む。沈む。沈む。


 その時、どごん、と妙な音がした。

 

 テオドールの手が止まる。


「あ」


 たった一文字で、こんなに不安になる事があるだろうか。

 ルキウスが瞬きをする。


「ん?」


 次の瞬間。

 

 間欠泉の如く、垂直に水が噴き上がった。


 地下から勢いよく吹き上げた水が、倉庫の床板を押し上げ、土を巻き込み、三人まとめて浴びせかける。

 跳ねた泥がルキウスの頬に飛び、テオドールの前髪を濡らし、ユリアンの書類を無惨に染めた。

 王宮の庭に、水音が響く。


 飛び散る土。噴き上がる水。

 光を受けて、空中にかかる小さな虹。


 三人は黙ってそれを見上げた。


「綺麗だな」


 ルキウスが呟いた。

 ユリアンは、濡れた書類を握りしめたまま、震える声で言った。


「あのこれ、王宮の地下水道を……」


 テオドールが前髪を指で直しながら、かかった水を払っていた。


「……まあ、そういう事もあるよ」

「ありませんよ」

「ぶち抜いたなあ」


 その後、三人はまとめて怒られた。


 王は頭を抱え、王妃は扇で口元を隠し、第一王子は首を傾げ、教皇は祈るように目を閉じた。


 そしてユリアンは、濡れた書類を抱えたまま、ただひとつだけ思った。

 次からは、殿下が魔術塔に来た時点ですぐ逃げよう。


過去ってことでここはひとつ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ