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ピンポーン、とインタフォンが鳴った。
そろそろ来る頃かな、と思っていた。
「牧野さん、息子さんと暮らしてるでしょ」とマンションの管理人さんが言った。
「はあ、まあ」と私の歯切れは悪い。
頭の中では、ぐるぐると思考が渦巻いている。
せっかく若く見られてるのに、孫がいるなんて思われたくない。
しかも、この詮索好きな放送局には、絶対に、知られたくない。
「若い男と暮らしているの」という言葉が喉元まで出かけたが、何とか思い止まった。
待て、いくら何でも若過ぎる。
「同居人がいてる場合は、ちゃんと届けてもらわなあかんわ」
「はあ」
「名前だけでいから、書いといて。息子でいいし」
グワーッ。
息子でいいし。
これは、救い水なんやろか? 誘い水なんやろか?
「牧野えり」の横に、空欄がある。
普通はやね、ここには配偶者の名前が来るのよね。
あああ、あっちの世界では、「吉沢直也」「えり」になるんやね。
しばらく、ほわ~~んとしてしまい、あっちの世界にいた模様。
うぷぷぷぷ、うぷぷぷぷ、うぷぷぷぷの世界。
なんか涙が出てきた。
そして、同居人の名前を書こうとして、はたと指が止まった。
知らんやないの、孫の名前。聞いてないし。呼んでないし。
「吉沢直也」
わ~~~~!!!
書いてしまった!
う、突然、胸がドキドキする。
そんなにドキドキしたら、心臓に悪い。
ああ、心臓病になってしまう……
ピンポーン。
ギック!!
ほほ、ほんまに心臓に悪い。
「書けた?」(か、管理人か、脅かすんやない。よっぽど暇なんか??)
「か、書けたけど」孫の名前やないし。
あ、あかん。自動的にぽわ~~んとなりそう。
「はい、はい」と言って、管理人は、名前の横に、「息子」と書いた。
「あんまり騒ぎ、起こさんといてな」
「さ、騒ぎって」(何?)
「知らんかった、お隣の話?」と管理人はじっくりモードに入る。
「何の話?」
「夫婦喧嘩のあげく、警察を呼んだんよ、奥さんが。大騒ぎやってんで」
「それ、知らんかったわ。時々、もの投げる音してたけど」
「実は夫婦やなくて、不倫関係やってんて」
「えええ!」
「びっくりするやろ、子供までおったのに」
「猫もいた」
猫が我が家のベランダで、鉢の植物におしっこするので、非常口をプランターで塞いでいた。
消防法違反よね、とドキドキしながら。
「引越ししたんも知らんやろ」
「うん」
「奥さんの両親が、娘と孫連れて、引き払いはったわ」
「知らんかったわ」
どうりで、静かな訳だ。
「じゃ、預かっていくわな」と住人の管理表を持って、管理人は帰って行った。
「牧野えり」の隣に、配偶者欄に、「吉沢直也」が書かれている。
息子に〇されたけど、配偶者欄は、配偶者欄や。
ご飯を作るのも食べるのも忘れて、ぽわ~~んとしながら、うぷぷぷと笑っていると、孫が帰って来た。
「ただいまー。わ、楽しそうやな、うぷぷぷ」
うぷぷぷ、うぷぷぷ、うぷぷぷ。
「そやそや、あんたって、何て名前?」
「ぼく? あきら。吉沢あきら」




