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恋を知り、花と咲う《前題:精霊に転生するはずが、なぜかスライムでした ─泉の精霊だってオシャレがしたい─》  作者: ぺぺ
[第二節:とある山の小さな村でのこと]

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73話:人の視線

 ◆


「~♪」

 

 わたしたちはコルンムーメと別れて、鼻歌を歌いながらバターの香るあの店に向かって歩みを進めている。髪を乱れさせたまま、頭に花冠を被っている。これは……いつの間にか被っていた。

 村に近づいてくると、お昼のときとは違って人の姿が(まば)らに見え、料理のいい匂いが漂ってきていた。みんなもちょうどお仕事を終えて帰って来る時間なのだろう。

 道行く人たちがわたしたちの顔を見ているように見えるのは、わたしたちが見かけない顔だからだろうか。やっぱり、小さな村だとみんながみんな知り合いのようなものなのかな。なんてことを思った。


「ただいま」

 

 真鍮製の店の扉に手を掛ければ、鈴が鳴らされる。ただいまの挨拶をするのは久しぶりだった。店はもう既に食堂として開いていたようで、テーブルには幾人かの人たちが美味しそうにパンとスープを食べていた。


「いらっしゃ……あら、おかえりなさい」


 今はお母さんが店番の時間なのか、カウンターの後ろから迎えてくれた。

 店に足を踏み入れると、ご飯を食べていた人たちがわたしたちの方を見て目を見開いているものだから、驚いて足を止めて、目を合わせてしまった。すると、目を合わせた人は慌てて目を逸らすものだから、なにかいけないことがあったのかと不安になったんだ。

 それで、店に入る前に服を叩いて汚れを落とすのを忘れていたことを思い出した。髪も乱れたままだったし、帰る途中で見られていたのもわたしたちがボサボサだったからかもしれないと思った。

 わたしは後退るようにして開いた扉を閉じた。


「どうしたの、サフィ?」

 

「服を叩いて汚れを落としてなかったなって思ってね」

「ほら、ちょっと手を上げて」


「お家に入る前にはそうするのね? もう、サフィったらおっちょこちょいなのね」


 エフェリアはそう言って、自分で服を叩いていた。すると、エフェリアからは鱗粉のようなキラキラとした粉が幾つか落ちていった。妖精であるエフェリアはその粉のようなものを常に纏っていて、時間が経つと消えるものだから魔力かなにかだと思う。


「じゃあサフィのはわたしがやってあげるわね」


「自分でやれるよ」


「ダーメ、わたしがやるの」


「アラ、じゃあサフィ、アタシのもやってちょうだいな」


「さっき自分でやってたじゃない」


「いいの! ほら、やって!」


 どうやらふたりは毛繕いのようなものというか、汚れの落としあいっこがしたいらしい。わたしは仕方なくリラにされるがままになって、エフェリアの服を優しく撫でるようにして汚れを落としてあげた。


「はい、これでエフェリアもキレイになったよ」


「えへへ……ありがとっ♪」


 エフェリアは照れくさそうにお礼を言ってくれた。リラもわたしのスカートを叩き終わったようだったから、わたしたちは今度こそ本当のただいまをしたんだ。


「ただいま――」


「おかえりなさい? どうかしたの?」


「服の汚れを落とし忘れてただけです」

「やっぱり、夕方は混みますか」


「そうね。ありがたいことにね」

「お嬢ちゃんたちも裏で食べていったらどうかしら」


「あぁ、嬢ちゃんか。おかえり」


 お母さんとカウンターで話していたら、裏手からお父さんが料理を運んできた。お父さんにもただいまの挨拶をして、その背を目で少し追ったら、やっぱりご飯を食べている人たちがわたしたちの方を見ていることに気が付いた。ちょっと気になる。そんなに物珍しいだろうか。喧騒に紛れて『あんなコいたか?』『どこのコだ?』『かわいらしいな』なんて声が聞こえる。

 すると、奥の方から店番をしていたのだろうシャナが足音をたてながら慌てた様子で走って来て、わたしたちを裏手に押し込んでいったんだ。


「あぁもう! おかえりなさい! ほら、早く行って行って!」


 シャナはわたしたちを裏手に押し込むと、店の方に戻っていってしまった。呆然としていると店からは『シャナちゃん知り合いかい? 教えてくれよ』『教えないから!』なんて声が聞こえてくる。シャナはわたしたちのことを守ってくれたのかもしれない。

 そういえば、おばあちゃんにあまり顔は見せない方がいいと言われていたことを思い出して、迂闊だったと反省した。幸いなことにエフェリアのことは隠れていて見えていなかったのかもしれない。


「おや、お嬢ちゃんたちおかえりなさい」

「どうだい。お出かけは楽しかったかい」


「おばあちゃんただいま。えぇ、とっても楽しかったわ」

「みんなと一緒にお花畑でお昼寝をして、追いかけっこをして遊んだの」

 

 リラは迎えてくれたおばあちゃんに抱きついて挨拶をし返した。


「そうかい。そいつはよかったねぇ。危ない目には遭わなかったかい?」


「なかったよ。でも、やっぱり視線を感じたかな」


「気になったかい」


 そう言われると、少し答えにくい。無視しようと思えば無視できるし、舐め回すような視線というのもなかった。見られていると感じてしまうと悪寒はするけれど、馴染めていないうちはそういうものだろうと割り切るしかない気もする。

 そんなことを考えていて答えに詰まっていると、おばあちゃんが続けて口を開いた。


「まぁ気にならないならいいんだけどね。お嬢ちゃんたちはかわいいんだから、それなりに用心はしておくれよ」

「特に、ひとりで出歩くのはおよしなさいね」

「さ、早く手を洗ってご飯をお食べ。遊び疲れてお腹も空いただろう」


「うん。ありがとう」


 わたしは素直に頷いて、リラとエフェリアを連れて洗面所へやって来た。そういえば、あらためて見ても衛生観念がしっかりしている。手を洗うという行為も前世の世界で習慣になったのは近代に入ってからだったと思う。

 それでふと周りを見ると、お風呂があることを思い出した。

 そうだ。お風呂に入りたかったんだ。

 後でおばあちゃんに訊いてみよう。


 固形石鹸で泡を立てて、入念に手を洗う。リラとエフェリアもわたしの真似をして、泡立つ様子を楽しんでいた。

 厨房に戻るとテーブルには既に熱々のパンとスープが用意されていた。リラが食べても良いのかと目を輝かせて訊くと、おばあちゃんは微笑んで首肯した。それを見届けたリラとエフェリアはそのキラキラとしたパンとスープに飛びついていったんだ。

 そのかわいらしい姿にわたしも思わず口を綻ばしてしまった。

 

「おや、お嬢ちゃんは食べなくて良いのかい?」


「忘れちゃう前に訊きたいことがあってね」

「お風呂って入っても良いの?」

 

「うん? もちろんいいよ」

「そういえば今日はまだお湯を張ってなかったね」

「やり方はわかるかい? おばあちゃんがやってこようか」


「ううん、大丈夫。ご飯もありがとう」


「いいんだよ。ゆっくりお食べ」


 わたしもテーブルに着いて、柔らかなパンを口に含んだ。変わらず優しい甘さが口に広がって、噛み締める度に幸せが溢れ出すようだった。リラとエフェリアも小さな口をめいっぱい開けて、夢中になって頬張っている。

 生きるためだけならこれらの美味しい食事は必要がないものだけれど、リラとエフェリアの幸せそうな笑顔を見ていると美味しい食事も欠かせないものなのかもしれないと思えてくる。

 色んな場所を見て、色んな場所に行って、色んな美味しいものを食べられたらいいなって思うんだ。


 

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