71話:花畑と麦の仔
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リラが眠たそうにしていたから、少しあやすように膝の上に寝かせたらそのまま眠ってしまった。エフェリアは頑張って起きようとしていたみたいだったけれど、リラの胸の上まで来て眠ってしまったようだ。
まぁ、こんなに穏やかな空気に包まれていたら眠ってしまうのも無理はない。
わたしだってもう少ししたら、ふたりと同じように眠ってしまうだろうと思う。それくらいに心地の良い場所だったんだ。
でも、もう少しこの空気を堪能していたいと思って、わたしは眼下に広がる広大な景色を眺めていた。どこまでも澄んだ青空に、どこまでも続いて見える険しい山々。その下には小さな村が広がっていて、大自然の偉大さを思い知らされる。
自然から見れば、わたしたちという存在はあまりにも小さく、弱い。ここからどれくらい移動したら街に着くのだろうかと見渡してみるものの、残念ながらうねる山々が視界を遮ってしまって見えなかった。
この世界がいわゆる……どこまで『ファンタジー』な世界か知らないけれど、今のところ平和な日々が続いている。このままなんの心配もなく、幸せが続いてほしいと思う。
異世界転生といえばやっぱり冒険だよね。とは思いつつ、魔物や戦争がある気配はここでは見えていない。そういう平和な世界なのだろうか。
そうだといいなぁ。とも思いつつ、心のどこかでは血が沸き立つような戦いを望んでいるような気もする。
でも思うんだ。いつか昔あったように、戦いというものは娯楽として消費されて、闘技場で見物する分には楽しいものだ。けれど、当事者からしてみればたまったものじゃない。スポーツと訳される血を流さないものであればいいけれど、剣をとって傷つけ合うなんてのは――ゴメンだ。
平和な花畑の中で、わたしはそんな物騒なことを考えていた。
悪い癖だ。
頭の中ではいつも余計なことを考えてしまって、休まっている時間が少ない気がする。
わたしはそんなわたし自身を自虐して、花畑の中に寝っ転がった。
澄んだ青空が目に入る。頭上で薄く白い雲がゆっくりと流れていく。膝の上にリラの重さを感じながら、ただただ雲を眺めていた。
目を瞑って、大きく息を吸う。
しばらくそうやって寛いでいたら、急に視界が暗く陰った。目を開けて見ると、わたしの頭の上に黒い大きな塊があったんだ。
それはわたしの顔を覗き込むようにして、舌を出しながら息を吐いていた。灰色の毛並みに、真っ赤な目を持ったそれは、わたしの反応を待っているようだった。
「えっと……コルンムーメ?」
そのオオカミの仔の名前を呼ぶと、コルンムーメは一吠えしてわたしの顔を舐める。わたしは身を起こしてその無邪気な顔を撫でてあげた。顔だけでわたしの身体くらいはあるコルンムーメを撫でるのは少し大変だった。
「よしよし……いい仔だね。様子を見に来てくれたの?」
コルンムーメはわたしの言葉を理解しているのか、嬉しそうに首肯する。尻尾の方を見ると激しく振られていて、風が巻き起こっていた。
身体も大きく強面であるのに、随分とあまえんぼさんらしい。
「ごめんね。シャナは一緒じゃないんだ。でもシャナも元気だから、安心してね」
「今度お出かけするときはシャナも一緒に誘うね」
そう伝えながら顎の下を撫でてあげると、コルンムーメは気持ちよさそうに目を細める。そうしてわたしのすぐ横に転がって、お腹を見せてくる。
……少し気を許し過ぎじゃなかろうか。そんなことを思いつつ、シャナのお友だちとして心を開いてくれているのは嬉しく思う。
お腹を両手で撫でてあげると、とってもふわふわで気持ちよかった。指を動かす度に麦のような香りがして、思わず顔を埋めたくなってしまうんだ。
身体の裡から櫛を取り出して、コルンムーメの毛繕いをする。
灰色の毛並みは美しく、既に整っているから必要ないかもしれないとは思いつつ、優しく梳いていった。櫛を通す度にコルンムーメは気持ちよさそうに咲っているように見えた。
まだ少し冬毛が残っていたのか、櫛についた抜け毛を取っていると、コルンムーメが鼻先で突いて早く梳くように急かすんだ。
毛の流れに沿って優しく梳いていって、全身の毛繕いが済んだ後も、コルンムーメは櫛で梳くように催促する。手を引っ込めると前足で手を引っ張ろうとするし、地に伏して上目遣いにかわいらしく鳴く。
かわいらしい仔だ。わたしもその姿を見てついつい咲ってしまったんだ。イヌってこんなにも表情が豊かなんだなぁと思う。コルンムーメはオオカミだけれど、イヌ科であることには変わりはないだろう。
「ほぉら、もう終わったよ。今日はもうおしまい」
わたしは膝の上にリラを寝かせたまま、身体を捻ってコルンムーメの顔を撫で回す。彼女はまだわたしたちと一緒にいてくれるのか、すぐ後ろに腰を降ろしてきた。
ちょうどいい背もたれができた。わたしは遠慮することなく、コルンムーメの身体を枕代わりに身体を預けた。暖かな陽気に包まれて風が吹けば花が薫る。いつの間にか彼女も身体を伏せて眠っている。
大好きな家族とお友だちと一緒に花畑の中で眠る。これ以上に贅沢な時間なんてあるのだろうか。
シャナを置いてきてしまったのは悪かったなぁ。なんてことを思う。
次お出かけするときは、コルンムーメと約束したようにシャナも一緒に誘おうと誓った。
もふもふの枕に身を委ねて、わたしは夢の間を揺蕩っていた。
「ほんの少しだけ……おやすみ……」




