69話:幸せの花びら
◆
服を編み終わって、わたしたちは早速着替えることにした。今までは白一色のヴィクトリアンワンピースだけを着ていたから、なんとなく新鮮な気分だ。
リラのあの儚げな雰囲気も好きだけれど、やっぱりどんな服を着てもそのかわいさは失われない。白いシャツに赤いスカート、黒いエプロンのようなコルセットワンピースのような、そんな服を着る。ミーデルやディアンドルのような服は一瞬にしてリラをアルプスの少女にしてしまった。
姿見の前でスカートの裾を持ち上げながら軽やかに回って、小さな白い花のような笑顔を咲かせる。ヴェールのように流れる白い髪がよく映えていた。
エフェリアもリラと一緒になって、新しい服を楽しんでいた。質感も気に入ってくれたようで良かった。
わたしは後ろで腕を組み、誇らしげに頷きながらリラとエフェリアのその姿を噛みしめていた。
「サフィ、どうかしら! 似合ってる?」
「ねぇねぇ? サフィもはやくいらっしゃいよ」
リラとエフェリアに誘われて、わたしも姿見の前に立つ。姿見は細くてわたしたち全員の姿を捉えるには少し心許なかった。
リラが身体を押し付けて、なんとか横にふたりが映り込むようにする。わたしの頭の上にはエフェリアが当然のように翅を休めている。
「見て、とってもかわいいわ。サフィ、ありがと!」
「アタシからもありがとっ♪」
リラとエフェリアはお礼だと言うようにわたしの頬にキスをする。わたしもふたりの花のようなかわいらしい笑顔が見られて満足だ。家族の幸せそうな笑顔。お礼を受け取るのにこれ以上の見返りはないだろうと思う。
リラも、エフェリアも新しい、かわいい服が着られてとても嬉しそうだった。その喜びを身体で表すように部屋の中でステップを踏んでいる。ふたりが服をはためかせて回る度に花のようなに澄んだいい匂いが鼻をくすぐる。
――この辺りで人が普段着ているような服が手元にあるわけだから、これからは外を出歩いてもそんなに怪しまれることはないだろうと思う。
とは言っても今まで人とまったく関われてこられなかったから、正直わたしたちがどのような立場なのか未だに理解できていない。
村の人たちはそれなりにシャナと、つまり妖精や精霊といった存在と関わっているからリラとエフェリアを見ても大丈夫かもしれない。けれど、わたしたちが街に行ったとき、どのようになるのかわからない。
おばあちゃんがいう限りもの珍しい目で見られるらしい……けれど、良好な関係を築けるだろうか。平和に、穏やかに暮らせないならリラとエフェリアを街に連れていくわけにはいかない。
ふたりが人を嫌ってしまうようなことにならないでほしい。外に出ない方がよかったなんて言ってしまうような結果にならないでほしいんだ。
そうならないためにも、人の生活に溶け込めるようにならなければいけないんだ。
わたしはベッドに座って出窓に映る外を見た。
とはいえ、あらためて、泉から出ることができるようになってよかったと思う。
あのままでも、わたしたちは幸せだったのかもしれない。けれど、わたしがリラやエフェリアに見せられるものはあまりない。広い、広い世界に対して、わたしたちはあまりにも小さすぎる。両手で掬えるくらいの幸せでも満ち足りていて、充分なのかもしれない。
けれど。
何も知らないことで得られる幸せは本当に幸せなのだろうか。本来リラやエフェリアが享受できるはずだった幸せを、両手から零れ落ちていった幸せになれただろう時間を、なかったものにしてしまっていいはずがない。
スカートの裾を広げてそこにめいっぱいの幸せを注いで、それでも溢れてしまうならわたしも一緒にそれを受け取りたい。そうしてリラとわたしのふたりのスカートからも溢れてしまうなら、今度は友だちと分け合えばいい。今ならシャナと一緒に。おばあちゃんや女の子も一緒に。そしていつかの未来で逢うかもしれないヒトたちと一緒に。
たったひとりしか嚥下できない、両手に掬った清らかな水よりも、誰かと分かち合えるスカートいっぱいの花びらの方がずっといい。
花びらを持っていないヒトにスカートから一枚の花びらを分け合って、ヒトと繋がりを持っていく。笑顔にしていく。そういう風になってほしいんだ。
ヒトと。誰かと。関わりを持つということはそういうことだと思うんだ。自分ひとりだけの幸せを願うんじゃなくて、知らない誰かでさえ、一緒に笑顔になってほしいと願えるようになってほしい。
わたしはリラとエフェリアがそういう風に考えられるようになってほしいと思っている。
ふたりは優しいから、既にそういう風に思ってくれているようにも見える。
これはわたしのエゴで、ただのきれいごとなのかもしれない。世の中にはいいヒトばかりじゃないし、優しさに付け込んでリラやエフェリアを傷つけようとするヒトだっているかもしれない。
誰かはきっと、詭弁だって言うんだろう。理想論だとか、夢見事だとか、吐き捨ててしまうんだろう。
けれど、だけれど。
たとえそうであったとしても、わたしはこの考えを間違っているなんて思わない。だって、ヒトの良心に付け込んで、誰かを傷付けようとする方が絶対に良くないことだ。
世界の暗い面を知ってもなお、その優しさを、その心を忘れないでいてほしい。世界に愛を持って接していてほしい。世界が愛したふたりを、ふたりも愛せる世界であってほしい。
そんなふうに、わたしは思うんだ――。




