68話:初めての服
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居間ではなく二階の自分たちの部屋に走って戻ると、リラは早速着替えようとしていた。今着ているネグリジェもとい、ヴィクトリアンワンピースを脱ぎ捨てて、ベッドに放る。
わたしが止める間もなく、リラはスッポンポンになってしまったというワケだ。
おばあちゃんがくれた服に腕を通したところで、リラのわくわくした顔が曇って、手が止まった。
取り敢えずシャツだけを着て止まらないでほしい。
「うん? どうしちゃったのン?」
「ん……なんだか硬くて痛いわ……」
どうやら質感が気に入らないらしい。今までわたしたちは肌触りの良い服を着ていたから、麻や粗い羊毛でできた服には慣れていないのだろう。
「じゃあリラ、服はわたしが編んだのを下に着よう。その服も同じのをわたしが作るから、そんなにがっかりしないで」
そう言って、わたしはリラに頬擦りをしてリラが放った服を着せてあげた。さっきまであんなに楽しそうにしていたのに、今は頬を膨らませて俯いてしまっている。
その姿がなんだかおかしくて、愛しく思えてしまって、つい咲ってしまったんだ。
「なによ、サフィ」
「リラはかわいいなって思って」
「むぅ……サフィのイジワル」
「もう、ふたりともアタシのこと忘れてなぁい? 失礼しちゃうわね」
「ねぇねぇサフィ? アタシの分も作ってちょうだいな」
「アタシもふたりと同じのが着たいなっ」
「忘れてなんかないよ」
「わかったよエフェリア。リラのが終わったら作るね」
「うん! ありがとっ♪」
エフェリアはわたしの頬にキスをする。
そうして、わたしたちはベッドの上で仲良く並んで、服を編むことにしたんだ。
リラはわたしが編む様子を見ながら、真似して同じように編んでいく。ボタンは魔氷晶を傷つけて白く濁らせることで代用する。
そうして、肌触りのいいシャツができあがる。
肌着は以前作ったものを着ればいいとして、問題はスカートだ。
赤や黒といった濃い色を作ったことはない。
「ねぇリラ、赤色とか、黒色って作れるの?」
「うーん……できるんじゃないかしら」
リラは部屋を見渡して、それから出窓の赤い花を見つけた。リラは「ごめんね」と言うと、その赤い花びらを一枚摘み取った。
それを掌に翳すと花びらは解けるように溶けてそれが糸になったんだ。
染色のようなものなのだろうか。花びらの赤色に反応して、魔力がそのように変質したんだと思う。
「ほら、サフィ、わたしの手を取って。一緒にやってみて」
リラの掌から生み出されていく赤い魔力の糸に、わたしの魔力を混ぜて一緒に編み上げていく。そうして一疋の布に仕上げた。
絹のように光沢のある繍しい織物だ。もしかしたら昔話のようにこれを売ることで生計を立てられるのではないだろうか。服飾店と共に生地を売るのもいいかもしれないと思った。
けれど、今は光沢のある布は必要ない。編み上げた布に少し乱暴に魔力を流して、繊維を傷つけることで光沢をなくしていく。
次は黒い布だ。どうやって作るのだろうとリラを見ていると、リラは普段と変わらないように青い布を編んでいた。浅葱色から縹色、そして藍色、濃紺色へと変化していく。さっきと同じようにして。と、リラに目配せをされて、わたしも魔力を流していく。
そうして限りなく黒に近い、夜空のような布ができあがった。この夜の布にも同じように、少し乱暴に魔力を流していく。
「サフィも、リラもすごいのねぇ……アタシにもできるかしら?」
「できるよ。エフェリアも一緒にお花を描いてみましょ?」
リラは布に指を走らせる。すると、布にダマスクのような植物の柄が仄かに光沢を持って広がっていった。魔力を流すことで修復もできるんだ。
「まぁ! すごい、すごい! アタシもやるーっ♪」
エフェリアはそう言って赤い布に手を触れさせた。エフェリアが魔力を込めて布に流していくと、リラがしたのと同じように植物の模様が広がっていった。その模様は鈴のような花をつけた植物に見えた。
リラのお手本を見ただけで自分の思うままに魔力を操れてしまうなんて、エフェリアはすごいと思う。
妖精や精霊は魔力操作に秀でているだろうし、これくらいは当たり前なのかもしれない。もしそうなら、わたしにもできるのだろうか。
そんなことを思いながら眺めていた。
「キレイだね……じゃあ、ここからはわたしの出番だよ」
わたしはマネキンのような分身を作って、服を着せながら採寸していく。ふわふわのかわいいスカートにするために裁って、織って、折って、縫う。
そうして幾らか工程を重ねていけば、ミーデルやディアンドル風のかわいらしい服の出来上がりだ。
我ながらとってもかわいく仕上げられたと思う。早くリラに来てほしい。この服を着て草原で踊るリラを目に焼き付けたい。
そんな妄想をしていたら、思わず顔に出てしまってはしたなくもヨダレなんかが垂れてきそうになる。
「アラ、サフィがまたヘンテコになっちゃったわ?」
作業の手が止まっていたところをエフェリアに頬をつつかれる。そして、リラにも不思議そうにされて同じように頬をもちもちとされるハメになったんだ。
仕方ないよ。これは不治の病だからね。
さて、気を取り直してエフェリアの分を作ってから、リラとお揃い……ペアルックをするためにもわたしの分も作らないとね。
エフェリアの服は布の切れ端を使えば余すことなく生地にできる。
気を付けなければならないことと言えば、エフェリアの背中には翅が生えているということだ。背中に生地のないバックオープンの服にしないとエフェリアは服を着られないし、着たとしても飛ぶこともできなくなってしまう。
襟のない、オフショルダーに近い服も鎖骨が魅力的に映っていいけれど、襟にリボンを着けたりループタイで宝石を魅せたりするのも捨てがたい。エフェリアにはどっちが似合うかと言えば、オフショルダーなのかもしれない。けれど、わたしは襟付きの服を着たエフェリアが見たい……っ! 切実に!
ということで襟を作った。欲望に従うのは悪いことでじゃあないと思うんだよ。うん。
エフェリアの服を作ったあと、一応小さい自分のサイズの服も作っておくことにした。いつか必要になるときがくるかもしれない。
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元のサイズに戻って今度は自分用の服を編んでいく。まだ生地に余裕はある。リラの服を編んだ時と同じように裁って、織って、折って、縫う。
布の擦れる音と床の軋む音だけが耳に届く。リラも、エフェリアも服ができあがるのをじっと待っていた。いつも元気よく泉の上を走り回って咲っているふたりが嘘のように静かだ。それくらい、この時間が好きなのかもしれない。
普段であれば泉の畔でアクセサリーを作っていたときも鼻歌なんかを歌っていたような気がする。
そう思うと、少し恥ずかしいようにも思う。なんとなく、作業している姿を見られるのって緊張するものなんだなぁなんてことを考える。わたしも誰かが黙々と作業している風景を見るのは好きな方だ。あのなんにもないものから何かができあがっていく感覚が好きなんだ。そう、それはまるで魔法のようで、とても繍しく見える。
他の誰かが真似しようとしても決して真似することのできない唯一の魔法なんだ。
初めてソレに憧れたのはいつだっただろうか。いつの間にか、わたしはその青い魔法に掛かっていた。
その思い出を思い出す間もなく、わたしはわたしの服を編み上げたんだ――。




