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恋を知り、花と咲う《前題:精霊に転生するはずが、なぜかスライムでした ─泉の精霊だってオシャレがしたい─》  作者: ぺぺ
[第二節:とある山の小さな村でのこと]

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65話:新しい生活

 ◆


 ――知らないニオイに、知らない天井。慣れない温かな巣に目が覚めた。朧気な記憶を手繰り寄せて、昨日の出来事を思い出す。

 ここはわたしたちのいた泉ではなくて、人の村、人の家にいることを思い出す。

 昨日は眠るのが遅かったせいか、窓の外に見える空はすっかり晴れやかな青だった。

 隣にいるリラはまだ気持ちよさそうに眠っている。久しぶりの柔らかなベッドだ。もう少しくらい、この心地よさに身を預けていたい。

 でも、知らないニオイは少し落ち着かない。だから、わたしはリラの髪に顔を(うず)めた。毎日のように嗅いでいる、お日さまと花のいい匂いがする。その安心感に気が緩んだのか、途端に眠くなってきてしまった。

 もう少しだけ、もう少しくらいなら、目を閉じたっていいじゃないか。

 わたしはそう思って、重くなったまぶたをそっと閉じた。


 ◆


 暫くして、部屋の扉の開けられる音がした。けれど、わたしは身体を起こす気にはなれなくて、寝たフリをしていた。


「あら、まだ寝てるのね」

「この様子だとお昼を過ぎても寝てそうね」


「まったく、お寝坊さんだねぇ……娘だったら叩き起こすところだけど、眠り姫を起こしちゃ悪いかね?」

「王子さまはいやしないし……今日くらいはゆっくりさせてあげるかい? 昨日まで旅続きだったんだろう?」


 部屋に入って来たのはシャナとおばあちゃんのようだった。

 わたしは唸ってふたりに起きていることを伝えた。ゆっくりと起き上がって、夢から覚めきっていない顔で微笑んだ。

 寝起きのしょぼしょぼする目を擦って、夢の残滓を落としていく。布団の上にいるエフェリアを撫でて、リラを優しく揺すった。エフェリアはわたしの手にしがみついてなんとか身を起こした。かわいらしいあくびをして、翅を伸ばす。お寝坊さんのエフェリアを見るのは初めてのような気がする。

 リラはまだ眠たいようで、唸るばかりで起き上がってくれなかった。

 シャナも一緒になって身体を揺すり、わたしはそのかわいらしい顔を揉んでようやく目を覚ましたんだ。


「んぅ……おはよ、サフィ」


「おはよう、リラ。ほら起きて」


「起きてるもん……」


 わたしよりも眠たそうな声で言われても説得力がない。わたしに抱っこをしてもらうように身体と頭を預けて、完全に脱力している。あまえんぼさんなのもかわいいけれど、いつもまでもそうしているワケにはいかない。


「じゃあお嬢ちゃんたち、おばあちゃんは先にご飯を用意して下で待ってるからね」

「はやく身嗜みを整えていらっしゃないな」


 おばあちゃんが部屋から出ていくと、バターや小麦のいい匂いが少し遠のいてしまう。シャナはわたしたちのお姉ちゃんのようにわたしたちを腕に抱いて立たせると、布団を整えて、どこからともなく取り出した櫛で髪を梳いてくれた。

 シャナのその手つきは、言葉にはできないけれどリラとは違った優しさがあった。

 丁寧に、且つ素早くわたしの髪を梳き終えると、リラの髪も同じように梳いていく。乱れて光を乱反射していた髪が、みるみるうちに整えられて艷やかな光沢を帯びていく。


 わたしはその間にエフェリアの髪を梳いていた。気持ちよさそうに目を細めて、首を上げている。わたしが指でその顎下を撫でると、エフェリアは嬉しそうに翅を動かすんだ。


「さ、お顔を洗いに行きましょ」


 シャナがわたしたちの手を取った。顔を洗うならこの場でもできる――と思ったけれど、そういえば人は洗面所とかがあるんだったなぁなんてことを思い出した。

 ……中世ヨーロッパにそんなものはなかったような気がするけれど、この世界とは別の話なのだから気にしないことにした。だってそしたら中世ヨーロッパなんて不衛生極まりない世界だ。リラやエフェリアを連れてなんていけない。幸いなことにこの世界には水の魔法や浄化の魔法があるから、そんなこととは無縁だろう。

 シャナに連れられて洗面所らしき場所に辿り着くと、それよりも目を惹くものがあったんだ。

 お風呂だ。お風呂がある。石造りの大きなお風呂がある!

 今は湯が張っていないただの石造りの窪みだったけれど、人が三人は並んで入れそうな位に大きな正方形のお風呂があったんだ。


 今まで湯浴みすら縁がない生活をしていたから、久しぶりに温かな湯に浸かりたい。精霊は不潔になんてならないし、浄化の魔法もあるからお風呂なんて入る必要はないのかもしれないけれど、魂がお風呂に入りたいと叫んでいる気がする。

 石鹸とかはあるのだろうか。石鹸が開発されて改良されたのは歴史的に見ればごく最近のことだしこの神秘の色濃く残る世界ではどれほど技術が進んでいるかわからない。むしろ魔法があることで発明されていないものも多いと思う。


「サフィ、どうかしたの?」


「お風呂があるなぁって思ってね」


 シャナはリラの顔についた余分な水分をふわふわで気持ちよさそうなタオルで優しく取っていた。

 ……待って、そのふわふわで気持ちよさそうなタオルは何。そんな技術があるの?

 わたしはシャナが持っているタオルに手を伸ばしてその感触を確かめた。綿のようにふわふわしていて、とても触り心地が良い。鼻を近づければお日さまと花の匂いがするんだ。


 魔力の糸で編んだものとはまた違った温かさがある。この肌触りは今のわたしでは再現できそうにないと思った。


「サフィ?」


「シャナ? サフィはときどきヘンテコになるから気にしなくてもいいわ?」


「そんなことないもーん」

 

 シャナはわたしの顔を心配そうに覗き込んで、額に手を当てた。少し浮ついているように見えたのだろう。実際に浮ついてはいたのだけれど、熱があるわけではない。

 わたしはエフェリアに講義の目線を送った後に自分の顔を洗った。エフェリアは訝しむような顔をするけれど気にしない。両手に出した水を顔にかければ、その冷たさが頭を冴えさせてくれる。鮮明になって行く思考の中で、わたしはシャナとおばあちゃんにまだ贈り物を渡せていないことを思い出していた。



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