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恋を知り、花と咲う《前題:精霊に転生するはずが、なぜかスライムでした ─泉の精霊だってオシャレがしたい─》  作者: ぺぺ
[第二節:とある山の小さな村でのこと]

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61-2話:月とバターとキラキラと

 ◆


 厨房からシャナたちが戻ってきて、湯気の立った熱いスープを持ってくる。煮込まれたミルクの香りがわたしたちの食欲を更に(そそのか)そうとする。

 おばあちゃんたちが食べる前に祈りを捧げる。わたしたちもそれに倣って、祈りの形だけでも真似をすることにした。


 敬虔な信徒であることは良いことだ。少なからず他人に優しくなれる。他人を敬う心を知れる。狂信は人生を壊しかねないけれど、こういった命に捧げる祈りはどこであっても大切にしたいなと思ったんだ。


 みんながパンとスープに口を付けるのを見て、リラとエフェリアも目を輝かせながら、そのキラキラしたクロワッサンを頬張った。大げさに感嘆を漏らして、幸せそうに咲う。その顔を見ている方が幸せになってしまいそうなくらい、いい顔をしていたんだ。

 

「ん~っ! 美味しいわ……!」


「おいしーっ! アタシ、これ大好きっ!」


「ふふふ……そう言ってくれると嬉しいねぇ……作り甲斐があったってもんだよ」

「それにしても美味しそうに食べてくれるじゃあないかい」

「お嬢ちゃんたちも、シャナのお姉ちゃんも。これからは遠慮せずにいっぱいお食べよ」


 わたしも温かいうちに味わおうと口を付ける。クロワッサンは一口食べるごとにバター……いや、マーガリンかもしれない。三日月型のクロワッサンはマーガリンだって聞いたことがある。

 まぁとにかく、香ばしい匂いが広がり何層にも重なった生地は口の中で溶けていってしまうようで、美味しいものを口にしたときの唾液が絞り出されるような感覚に襲われる。

 小麦の優しい甘さに頬が落ちてしまいそうだった。

 この世界に降り立ってから初めて口にした温かみのある料理に、わたしは感動していた。

 スープも濃厚なクリームシチューだ。ほろほろと解けていく具が美味しい。わたしは夢中になって料理を口に運んでは頬張っていた。

 もう必要ないと思っていた食事、もう味わうことはないと思っていた料理の味――。


 わたしはシチューの熱さを外に逃がそうとしたのか、目や喉の奥から想いが込み上げて来てしまった。情けない顔が見られないように俯いて、パンとスープを夢中になって口に運ぶ。


 美味しかった。ただ、美味しかったんだ。


 たったそれだけのことなのだけれど、どうしてだろう。どうしてわたしの顔からは泪が溢れてくるのだろう。哀しくもない、悔しくもない。たった数カ月の懐かしい記憶に、わたしはどうしようもなく感動していた。

 そうして初めて自覚するんだ。わたしは不安を覚えていたんだってね。意外なことにも生きるだけならどうにかなってきたけれど、今まで築いていた不格好な積み木は崩されてしまって子供みたいに癇癪を起こしていたんだ。泣きながら不貞腐れてもう一度積み上げたそれに納得できることなんてなくて、ようやく訪れたお昼寝の時間にさえ怒ってしまう。

 目覚めたときにはすべてを忘れて、その新しい旧世界に安堵を覚える。

 そしてふとした瞬間(とき)に思い出すんだ。

 あの輝かしい黄金時代に見た夢のことを――。


「お嬢ちゃんどうしたんだい。熱かったかい」


「うん、ちょっとね。美味しすぎて欲張っちゃった」


「あらまぁ、ゆっくりお食べ。たくさんあるからね。おかわりも好きにしていいからね」


 おばあちゃんはわたしたちのことを孫を見るように見守ってくれている。目尻が下がって口元は咲っているような、優しい笑顔だった。

 実の孫であるだろう女の子も美味しそうにパンとスープを頬張って、いつの間にか食べ終わっていた。小さな口だというのに、気持ちのいい食べっぷりだった。食欲旺盛なのはいいことだ。元気に育つには食事は欠かせない。

 

 みんなパンとスープの、質素で贅沢な食事を終えて幸せそうな顔をしていた。食後の感謝の挨拶を捧げてみんなで片付けをした。


「これからは小さいお嬢ちゃんのお皿も必要かねぇ」

「それに小さなパンを作るのは骨が折れそうだね。焼き上げても固くなりそうだものねぇ」


「それはそうとおばあちゃん、私たち、いつまで泊まっていて大丈夫?」

「なるべく早くお家は見つけようと思ってはいるんだけど……」


「えぇ? なによシャナのお姉ちゃん。別にずっといてくれていいんだよ?」

「いいえ、むしろずっといてちょうだいな」

「お嬢ちゃんたちも。いきなり知らない場所で生活するなんて大変でしょう」

「この子の両親には後で言っておくからね、安心しておくれ」


 そう言って、女の子の頭を撫でる。

 そういえばこの女の子のお母さんとお父さんにはまだ会っていない。

 シャナはおばあちゃんの親切心にあやかってもいいものか良心の呵責に苛まれているようだった。

 わたしもおばあちゃんの提案は魅力的だし、甘えたいとは思うものの、その良心の上に胡座(あぐら)をかいてしまってもいいのだろうかとは考えてしまう。

 

「で、でもおばあちゃん、私たちお邪魔じゃないかしら」


「おばあちゃんが良いって言ってるんだから、いいのいいの」

「それにかわいいお嬢ちゃんたちが家にいてくれるって言うなら、お家に花が咲くってもんだろう」

「おばあちゃんもかわいい孫がたくさんできたみたいで嬉しいよ」

「この子にもかわいいお姉ちゃんができて嬉しいだろう? ねぇ?」


 女の子はおばあさんに訊かれてわたしたちの顔を見ながら、少し悩んだようにして元気よく「うん!」と答えた。

 それでもシャナは困ったように否定を求めてしまう。


「本当に良いの? 私たち、本当にお邪魔じゃない?」


「いい、いい! 山と村の守り神であるシャナのお姉ちゃんに住んでもらうなんて、これ以上光栄なことはないんだから!」

「月のようなお嬢ちゃんたちだって、シャナのお姉ちゃんの愛しい隣人さん(ロビン)なんだろう?」

「それだったら尚のこと、お嬢ちゃんたちに苦労させるワケにはいかないさね」

「いくらシャナのお姉ちゃんだからって、これ以上言うならそのかわいいお口を取っちゃうからねぇ!」

「黙って泊まっておいき! もうここがお嬢ちゃんたちのお家だよ!」


 シャナも、わたしたちもおばあちゃんの勢いに()されて頷くしかなかった。

 本当にありがたいことではあるのだけれど、やっぱり少しだけ後ろめたい。この感謝の念は日々の行動や贈り物で返させてもらおうと思ったんだ――。

 

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