61-1話:月とバターとキラキラと
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部屋の掃除を終えたわたしたちは掃除道具を返しにみんなでおばあちゃんのところへ行くことにした。あらためてお礼も言いたいし、ちょうどいいと思う。
一階に降りて厨房へ向かうと、香ばしい温かな匂いが鼻をくすぐる。毎日この匂いが嗅げると思うと、少し羨ましい。
「おばあちゃーん! お掃除の道具ありがとう! 元の場所に置いとくね!」
「はぁい! もう終わったのかい? でもちょいとばかし早すぎじゃなあい?」
シャナが元気よくおばあちゃんに伝えると、おばあちゃんも元気よく返事をする。シャナはおばあちゃんの疑問に「魔法を使ったのー!」と、掃除道具を片付けながら伝えていた。
おばあちゃんもその言葉に納得したように頷いて、パンの仕込みに戻っていた。
わたしは魔法を使ったの一言で納得できるくらいには生活に取り込まれているんだと思った。わたしたちは手持ち無沙汰になって、リラも、エフェリアも一緒になっておばあちゃんの作業を見ていた。
白いスライムのような塊が捏ねられて、伸ばされて、丸められる。
リラが「サフィみたい」なんて言うから、少し咲ってしまった。リラには柔らかいものがすべてわたし……スライムに見えているのかもしれない。
「おや……お嬢ちゃんたち、珍しいかい」
わたしたちは黙って頷く。なぜかよくわからないけれど、料理をしている姿はずっと見ていられる気がする。料理がだんだんできあがっていくのも見ていてわくわくするし、道具の音や漂ってくる匂いも落ち着くものが多いと思う。
シャナも片付けから戻ってきて、一緒になっておばあちゃんの作業を見ていた。
「おばあちゃんのパン、どれも美味しいのよ」
「みんなも食べてみてね」
「あっ! ねぇ? アタシ、あのキラキラしたのが食べたいわ!」
シャナがそう言うと、おばあちゃんが生地を捏ねている様子を見みながらエフェリアが思い出したように訴えた。お店の方でキラキラして見えたパンのことだと思う。あれはわたしも食べてみたい。
「キラキラしたの? そんなものあったかい?」
「まぁお昼も過ぎちゃったからねぇ。なにか食べたいものがあるならお食べ」
「少しお待ち。これが終わったらちょいとお店の方に行くかい」
おばあちゃんは生地の形を整えて竈の中に入れると、肩を鳴らしてわたしたちに付いてくるように言ったんだ。
やっぱりこのおばあちゃんは筋骨逞しく強いのかもしれない。そんなことを思った。
おばあちゃんは褪せた灰色の髪にシワがたっぷりと入った柔和な表情で、実に優しいおばあちゃんの象徴のような人だ。けれど、やんちゃ坊主やお転婆娘たちをその腕ひとつで育ててきた立派な母でもあるのだと思わせる頼もしい背をしていた。
お店の方へ向かうと、店番をしていた女の子がわたしたちを見て首を傾げる。
「ばぁば、なにかあった?」
「なんもないよ。アンタも休憩にしなさいな。店番いつもありがとうねぇ」
おばあちゃんが女の子の頭を撫でると、彼女は太陽のように眩しい笑顔を見せる。
「みんな好きなパンをお選びな。スープも出してあげるからね」
「あぁそう、お嬢ちゃん、キラキラしたのってどれのことだい?」
おばあちゃんがエフェリアを見る。エフェリアはそのキラキラしたのに飛んでいくと、全身でコレだとアピールした。エフェリアの言うキラキラしたのは、クロワッサンのことだった。
「お嬢ちゃん目がいいね。それは一番作るのが難しいんだ」
「作るときに魔力のよく溶けた水を使うと美味しくなってねぇ……もしかしたら魔力がキラキラして見えるのかもしれないねぇ」
「魔力のよく溶けた水を使わないとどうなるの?」
「よくわかっちゃいないんだけどね、膨らみが悪いんだよ」
「柔らかいパンに仕上げたいほど、魔力の溶けたものを使う方が美味しいね」
魔力はバターやイースト菌のような効果があるのだろうか。よくわからないけど取り敢えず美味しそうだ。魔力が主食であるわたしたち妖精や精霊にとっては他のパンよりも美味しく見えるのは気の所為じゃないのかもしれない。
おばあちゃんはクロワッサンを人数分取ると、お皿に分けてくれた。エフェリアの分はおばあちゃん自身のパンを小さく千切ってくれていた。
「小さなお嬢ちゃんのはこれくらいで足りるかい? もし足りなかったら言っておくれ」
「多すぎたら残しちゃっていいからね。後でおばあちゃんが食べちゃうから」
「おばあちゃんありがとっ♪」
「おばあちゃん、私もいいの?」
「いいのいいの。それにクロワッサンはシャナのお姉ちゃんも大好きじゃないかい」
「ゆっくり食べておいきな。もし後ろめたいなら、スープをよそうのを手伝っておくれ」
シャナも、女の子も、おばあちゃんも厨房へ行ってしまうから、わたしたちも手伝おうとついていくと止められてしまった。
「あぁ、あぁ! いいのいいの! まったくいいコたちだね! お嬢ちゃんたちはお客さんなんだから」
「今日は大人しく座ってなさいな。その気持ちは今度からもらうことにするよ」
席に帰されたわたしたちは大人しく座って待つことになった。リラとエフェリアは待ち切れないといったように身体を揺らしてそわそわしている。
食堂にはわたしたち以外に誰もいないというのに、温かな空気に包まれていた。きっとここを訪れた人たちは皆幸せになって帰って行くのだろうと思う。
席が人で埋まって騒がしくしている様子を想像する。笑顔が溢れる時間なのだろうと思う。だって、この温かな店になってくる人がしかめっ面だなんてあり得ない。もしもそんな人が来たとしても、美味しいだろう料理を食べれば笑顔になってしまうと思わせてくれるような場所なんだ。
昼下がりの温かな食堂で、パンの香ばしい匂いに包まれながらの食事はきっと美味しいことだろう。アンティークな雰囲気と落ち着きのあるお店の中で食べる昼食の、なんて贅沢なことか。こんな生活が許されてしまっていいものかと少し不安さえ覚えてしまいそうだ。
けれど、今はこの幸せを流れのままに楽しもうと思ったんだ。そうでなければ損だろうし、おばあちゃんたちにも失礼だ。
美味しいパンを食べて幸せな顔になる。それがわたしたちにできる、精一杯のお礼なのかもしれないと思うことにした。




