60話:お部屋のお掃除
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シャナとしばらく抱きしめ合って、お互いの温もりを感じあっていた。このままではシャナが沸騰してしまいそうだから、一度離れることにしたんだ。
「じゃあ、部屋の掃除でもする?」
「そう、ね。そうしましょうか」
「じゃあ私、おばあちゃんに部屋が決まったことを伝えて、お掃除の道具をもらってくるよ」
「うん。ありがとう」
掃除を怠ると大変なことになる。虫や鼠が湧いて出てくるなんてことは、乙女の部屋で起こってはならない。とはいっても、掃除は力仕事で見かけによらず体力を使うものでもある。こういうのは魔法でなんとかならないだろうか。
ほら、例えば服のシミをキレイにする魔法……のようなものとか。そういうのがほしい。
今のわたしにできることから考えるなら、水魔法で洗い流して回収してしまう……とかになるのだろうか。スライムに戻って部屋中を這いずり回る要領でキレイにできそうとも思う。
物のない今が試すのに丁度いい機会だと思うんだ。水魔法なら水浸しにしてしまってもすぐに乾かすことができる。
「ねぇリラ、水魔法でキレイにすることってできるかな」
「うん? ……あっ! お部屋ごとお水で洗ってしまうのね! できるんじゃないかしら」
「なんだか面白そう。ねぇサフィ、一緒にやってみましょうよ」
「だよね。やってみよっか」
「エフェリアは濡れちゃうと危ないから、こっちにおいで」
「ねぇ? サフィの近くの方がアブナイ気がするのはアタシだけ?」
「アタシ、お外にいた方がいいンじゃないかしら?」
「大丈夫だよ。気をつけるから。それに面白そうなことをするのに、仲間外れなんて厭じゃない」
わたしがそう言うとエフェリアは少し頬を赤らめて、仕方がないと言った風にわたしの肩に座った。リラと目を合わせて頷くとお互いに気が通じ合っているように、水魔法を部屋に巡らせ始めた。
わたしたちの掌から水が溢れ出して、その水が生きているかのように部屋に広がっていくんだ。重力に逆らって壁を伝っていき、天井も包み込む。そうして、わたしたちは四角い水の匣を作り上げた。
「うまくいったね」
「そうね。この次はどうするの? キレイにしないといけないから……浄化の魔法を掛ければいいかしら」
「いつも服とか身体に掛けてるやつだよね。いいと思う」
浄化の魔法はわかりやすく言うなら、精霊なら誰もが持っているような生まれつき備わっている力だ。デフォルトスキルとでも言えばいいんだろうか。泉の水をキレイにしたり、瘴気を払ったりする魔法。精霊が持つべくして持っている、清らかな魔法……だと、わたしは思っている。
なんとなく、「キレイになれぇ……」と、念じると浄化の魔法が使える。感覚としては身体から魔力が抜けていき、それがそれぞれの魔法となって発揮される。残念だけれど、わたしの語彙に魔法の説明ができるようなものはなかった。
……いや、もしかしたら脳波で機械を遠隔操作するみたいなものが一番近いかもしれない。
リラと一緒に浄化の魔法を使って、わたしたちの水に触れているところの汚れを落としていく。そしたらその水を回収してしまえば後はキレイサッパリ、澄んだ八十八鍵の音階が脳内に流れる。匠もびっくりすることだろう。
「とってもキレイになっちゃった! サフィも、リラもすごいのねっ!」
「なんということでしょう……あの少し古びたお部屋がご覧の通り……!」
「……なんかキレイになりすぎてない?」
「まぁ……いいんじゃないかしら!」
部屋は水洗いをしてキレイになったと言うより、経年劣化さえ時間が逆行したかのように少しばかり艶を取り戻していた。浄化の魔法の効果なのだろう。わたしはそう思うことにした。
「シャナが来る前にキレイになっちゃった。ねぇサフィ、シャナのお部屋もお掃除した方がいいかしら?」
「どうだろう。それはシャナに訊いた方がいいかも。来たばかりとはいえ、シャナの部屋だし」
まだ私物は無いだろうけれど、自分の部屋に勝手に入られたり、掃除をされたりするのは厭だろう。善意とはいえ、個人の領域を侵害してしまうのはよくない。それが親しい間柄なら、尚のこと気を付けるべきだ。
わたしたちはベッドに腰を下ろして、シャナが戻って来るまでの間、彼女にプレゼントするものについて話し合うことにした。
「シャナへの贈り物、何がいいかな」
「アタシはこの前みたいに、髪飾りとかがいいと思うなっ♪」
「だってシャナ、とってもかわいいもの」
「わたしもそれくらいしか思いつかないかな……わたしたちでそれぞれ作るのはどうかな」
「髪飾りと、耳飾りと……首飾りとか? 腕飾り、足飾りでもいいかしら」
「いいね、そうしよう」
そうして、リラは腕飾りを。エフェリアは耳飾りを。わたしは首飾りをシャナへ贈ることに決めた。
これはただの友好の証であって、対価や税じゃない。シャナが好きだから、これからも仲良くしてほしいから。友だちから友だちへ渡す純粋な贈り物なんだ。
◆
部屋の扉が軽く叩かれて、開けられる。シャナが掃除道具を持って帰ってきた。
箒に水の入った桶、くたびれた布切れを持って扉の前で唖然としていた。まぁ、さっきとは見違えるほどキレイになってるからね。そうなるのも仕方がないと思う。
「あなたたち……どうやってお掃除したの?」
「それはほら、水魔法でちちんぷいぷいと」
「サフィとわたしにとってはお茶の子さいさいよ」
「今日日聞かない言葉ね……」
「じゃあお掃除の道具は私が使っていいかな。それともまだお掃除できてないところはある?」
「ありがとう。わたしたちはもう大丈夫」
「それよりもシャナ、魔法を使わないと掃除は大変だろうし、シャナの部屋もわたしたちがやったように魔法で掃除をしてもいいかな」
シャナは少し悩んだ風に目を閉じて唸り、身体を捻らせていた。そして、申し訳なさそうに手を合わせた。
「じゃあ、お願いしてもいい? 私、あなたたちがどんな魔法を使ったのか見てみたい」
早速、わたしたちはシャナの部屋に移る。おばあちゃんが言っていた通り、間取りはまったく変わらない。部屋の中央に仲良く並んで、魔法を使う準備をする。とはいっても、雰囲気だけだ。
エフェリアはシャナの肩に乗って脚を遊ばせている。さっきの魔法がどれほどすごいものだったのかを、自分がやったことのようにシャナに力説しているんだ。
「――そしたらね、お部屋がピカピカになっちゃってたの!」
「そうなのね! 水魔法でそんなこともできるなんて、初めて知ったわ」
「エフェリアも、シャナも準備はいい? 魔法を使うよ」
ふたりは少し恥ずかしそうに頷いた。
リラとわたしはそれを確認してから、手を繋いで水魔法を使った。わたしたちの手から水が溢れてさっきと同じように部屋を包んでいく。そして、浄化の魔法を重ね掛けすると水が淡く光るんだ。
最後に濡れないように水を回収すれば、そこにはキレイになった部屋のできあがりだ。
シャナは目を輝かせて言葉を失っていた。しゃがんで床や壁を指で撫でてみたり、ベッドも擦ってみたりしている。
「すごぉい……ベッドも乾いてる……それにふわふわ……」
「それほどでもないよ」
「ところでシャナはどんな魔法が使えるの?」
「私? 私は……全然ね。風の魔法とか、水の魔法とか、色々と使えるけれど、大きなことはできないよ」
「歌を載せたり、お花にお水を上げたり、後は火を起こすこともあるかな」
「サフィやリラみたいに水を動かすなんてことはできないよ」
「そうなの? わたしたちが泉の精霊だからなのかな」
「そうかもね。わたしは水魔法なんて使ったらそのままよ。出すことはできても、動かしたり回収したりなんてできないもの」
「でもシャナ? アタシたちは風に歌を載せることなんてできやしないと思うわよ?」
「シャナはその魔法が得意なンじゃないかしら」
「そうかな……そうかも……?」
わたしたちはお互いに魔法について造詣は深くなかった。わたしはいつか、魔法について勉強できる本がほしいなぁ。なんてことを考えていた。
ところで妖精や精霊といった、魔法と共存しているような種族が魔法について明るくないのはどうなんだろう? 少し情けない気がしてきた。勉強ができる環境は貴重だったのだと、わたしはあらためて実感したんだ――。




