59話:魔氷晶について
部屋の扉がノックされた。きっとシャナだろう。そう思い、わたしは返事をした。扉の隙間から顔を覗かせて、シャナがわたしたちの様子を窺う。金の髪が揺れ耀う。
「サフィ、さっきのお話、いいかしら」
きっと、魔氷晶のことだろう。わたしはベッドに座って、隣を叩いてシャナを手招いた。リラは当たり前のようにその反対側に座ってわたしに肩を寄せる。エフェリアはわたしの膝の上に座って咲っていた。
その当たり前が無性に愛しく感じてしまって、わたしもついつい、釣られて咲ってしまったんだ。
三人もベッドに座るのは少し重たかったのか軽く軋む音がした。
「早速でごめんなさい、サフィはあの石のことはどこまで知っているの?」
「魔氷晶って名前で、とても貴重ってことくらい?」
「わたしはリラに教えてもらったんだけど……リラもあまり知らないよね?」
「そうね。冒険者さんたちがそう言っていたことくらいしか知らないもの」
「エフェリアはなにか知ってる?」
「うん? なぁんにも知らないわ? 魔力の塊ってことしかわからないもの」
魔氷晶は泉に溶けきれなくなった魔力が結晶化したもので、永久に解けることのない神様が創造した氷だと言われていることや、多量の魔力を流さないと加工が難しいこと、そしてとても貴重であるということ。わたしたちは身近な存在である魔氷晶について、それくらいしか知らなかった。
「そう……」
「魔氷晶は貴重――と言っても、どれくらい貴重なのかがわかってないのね?」
「サフィが見せてくれた無色透明でキズのないものは、幻と謳われるくらいに貴重なものだと思ってちょうだい」
「そんなに貴重なの?」
「そんなに貴重なの!」
シャナはわたしの疑問を復唱した。
シャナが言うには、魔氷晶はミスリルやオリハルコン、アダマンタイトよりもずっと貴重なものらしい。
……この世界にはそれらの架空金属があるのだと、わたしは少し舞い上がっていたのは内緒だ。
――魔氷晶。
それは聞いていた通り、神が創造した氷と謳われるほど貴重で頑丈な触媒なのだという。この通称名は決して比喩ではなく、高純度の魔氷晶は精製が不可能だと言われているそうだ。人工的に精製しようとすると、必ず不純物が混ざる。故に高純度の魔氷晶は天然のものに頼る他ないのだが、それも極小の砂粒のようなものがほとんどらしい。
つまり、わたしがシャナに見せた魔氷晶の欠片は手に収まらないくらい大きなカットされたダイヤモンド……みたいなものなのだろう。わたしの頭ではそれくらいの理解しかできなかった。
また、魔氷晶はその地に魔力が溶け込めないほど満ちていないと結晶化しない。それほどの神秘、魔力が満ちている地はわたしたちがやってきた古森以外にそうないのだという。
「サフィたちの泉にあるというなら、その泉は神聖樹と関係があるのかしら……古森でもそれだけの魔力が満ちるなんて、その恩恵を授かっていないと無理よ……」
シャナはわたしたちに説明するのも忘れて、ひとり考え込むようした。
どうやら神聖樹……ドルアンティアも関係しているらしい。
たしかドルアンティアもリラは本当の娘のような仔だとかなんとかと言っていたような……いなかったような……そんな気がする。
わたしたちはもしかしたら、もしかしなくても箱入り娘を極めていたのかもしれない。
箱入り娘を極めるってなんだろう。
いや、そんなことは置いておこう。このままでは宇宙を悟ってしまうかもしれない。
「シャナ、つまりわたしが渡そうとした魔氷晶は使いどころがないってこと?」
「そう、ね。売ろうとしても買い取れる場所なんてないだろうし……持っていること自体が不自然だもの。狙われちゃうよ」
「もしその大きさの魔氷晶が売られるなら、貴族や王族を相手にしないと無理じゃないかな」
「それに売れたとしても、手に入れられる場所を訊いてくるだろうし……平穏な生活は送れなくなりそうね」
一般庶民が貴族や王族を相手にするのはご遠慮願いたい。つまるところ国ですら独占したいと思うほどに貴重なものだということがわかった。わかってしまった。
どうしよう。
せっかく持ってきたのに使い道がないなんて……砕いて砂にできないだろうか。
取り敢えず、人には見せない方がいい理由はわかった。
でも、シャナに感謝の気持ちとしてなにかお礼をしたい。わたしたちから渡せるものといえばアクセサリーくらいしかない。イヤリングよりは……ネックレスの方がいいだろうか。
シャナはキレイでかわいいから、着飾るよりかは見せないオシャレや、お守りとして身に着けていてほしいかもしれない。わたしたちとの友好の証としても、なにかをプレゼントしたいと思ったんだ。
「……よし、わかった」
「シャナ、色々教えてくれてありがとう」
「今度、お礼をさせて」
「みんなでシャナに似合うアクセサリーをプレゼントするから」
「ステキね、わたしもプレゼントしたいわ」
「アラ、じゃあアタシもそうしようかしらっ」
「そんな、いいよ。お礼は気持ちだけで充分よ」
「わたしは結局なにもできてないし……おばあちゃんたちに言ってあげて」
シャナはそう言うけれど、作って渡してしまえばいいだろうと思う。リラとエフェリアの方を見てみると、ふたりも同じことを考えていることがなんとなくわかって、みんなして咲った。
「アタシからはありがとうのキスあげるわねっ♪」
「わたしからもあげるね」
リラとエフェリアはシャナの頬にキスをした。わたしは少し恥ずかしかったから、シャナにお礼を言って軽く頬擦りをするだけにした。プレゼントはまた今度にしようと思う。
シャナは少し恥ずかしそうにして、金糸雀のような髪を耳に掛けた。恥ずかしさを誤魔化そうとするときのクセなのかもしれない。
「……わ、私からもお礼をしなくちゃね」
「サフィ、リラ、エフェリア……私も一緒に来ていいって言ってくれてありがとう」
「私ひとりだったら、きっと……ずっとあのまま山にいたと思う」
「今ね、私……とっても嬉しいの」
「だから……その……うん、ありがとう」
シャナは顔を真っ赤にして、俯きながらわたしたちに気持ちを伝えてくれた。それが嬉しくて、愛おしくて、わたしたちはみんなでシャナを抱きしめた。




