58話:月のような精霊
どうやら、魔氷晶はシャナから見ても相当貴重なものであるらしいことが予想できた。
人前に見せちゃいけないとは言われたけれど、すぐにお金にできそうなものが魔氷晶くらいしかない。少しずつアクセサリーや服を作った方がいいだろうか。
そんなことを考えていたら木製の床に三本足の足音が聞こえてきた。裏へと続く扉に目を向けると杖を突いているけれど背はまっすぐで確かな足取りのおばあちゃんが孫の顔を微笑ましく見守るように眺めながらやってきた。女の子はおばあちゃんの手を取りながらやりきったような誇らし気な顔をしていた。
「シャナのお姉ちゃん、いらっしゃい――あらまぁ!」
「あらあらあらあら……んまぁかわいらしいコたち!」
「シャナのお姉ちゃんったらえらい美人さんを連れて来たのねぇ……月のようなコたちじゃないの」
おばあちゃんは細めていた目を見開いて並んでいたリラとわたしに近づくとわたしの手を取って拝むように身を屈めた。ご老人特有の、骨ばった乾いた感触が手の甲に伝わる。働き者の硬い手。けれどその手はとても温かく感じたんだ。
「お邪魔します……?」
「あらやだ、ごめんなさいね。ひとりで盛り上がっちゃって」
「シャナのお姉ちゃんのお友だち? 好きなだけゆっくりしていきなさいな」
「お腹は空いてない? 食べたいものがあったら言ってちょうだいねぇ」
「アタシ、これ食べてみたいっ!」
おばあちゃんは捲し立てるように言うと、エフェリアはそれを聞いて一番キラキラしているパンを指差して声を上げた。そのパンは確かにキラキラして見えていた。わたしの目にも他のどのパンよりも美味しそうに映っていたんだ。
おばあちゃんはエフェリアのその姿を見て、唖然としていた。
「あらまぁ……」
「妖精さんかい……? すごいねぇ……えらい小さいコじゃあないかい……」
「初めてみたねぇ……ちょっとこっちへおいでな、そのお顔を見せておくれ」
「妖精さん!? あたしも見たい見たい!」
エフェリアは素直におばあちゃんの手に乗ると、女の子は両手を挙げて跳ねておばあちゃんに催促した。感動のせいか、割れ物に触れるように手を震わせているおばあちゃんは手を下げて女の子にもよく見えるようにした。
「そういえばアタシが見えるのねン? 珍しいこともあるねっ!」
「もう、ふたりとも? そういうことなら私だって妖精さんなのだけれど?」
「あとエフェリア、お名前を持っているなら誰にでも見えるはずよ」
「アラ、そうなのン?」
「じゃあこれからは無視されなくて済むのねっ♪」
おばあちゃんと女の子はエフェリアに夢中で、シャナの声は聞こえていないようだった。わたしはそんなシャナが嫉妬で頬を膨らませているのがかわいらしくって思わず咲ってしまった。
「シャナのお姉ちゃんごめんなさいねぇ……小さな妖精さんは初めて見たものだからつい興奮しちゃったわ? ほら、御伽噺に出てくる妖精さんそのものだったから――」
確かに、シャナは元々人間で翅が生えていたり、耳が尖っていたりしない。人々が空想する妖精とは似ても似つかない。ひとめで妖精だと判断できるヒトはそういないだろう。
それよりも、シャナが妖精であることをこの人たちは知っていたらしい。
「それよりもおばあちゃん、今日から暫く宿に泊まっていっていいかしら」
「私たち、この村の近くに住もうと思っていて……」
「あら、おばあちゃん、シャナのお姉ちゃんの頼みならなんだって聞くけどねぇ」
「宿じゃなくて、裏の家に泊まっていきなさいな。そっちの方が気楽でしょう」
「えぇ、えぇ。それがいい。そうなさい。ね?」
シャナが「でも……」と抗議しようとすると、おばあちゃんは大げさに手を振ってシャナの言葉を遮り、自分の提案を押し通した。シャナにはいっぱいお世話になっているから。だとか、シャナの提案を聞いてくれそうにはなかった。
わたしたちはおばあちゃんに押されて、その提案に頷くしかなかったんだ。
兎にも角にも、わたしたちは安心して眠れる温かな巣を手に入れたんだ。
◆
二階の宿ではなく、裏手の部屋に半ばむりやり連れてこられたわたしたちはこれでいいのだろうかという疑問を胸に抱きながらおばあちゃんの言いなりになっていた。
女の子は先に自分の仕事へ戻り、おばあちゃんはゆっくりと思い出話をしてくれた。
「月のようなお嬢ちゃん、シャナのお姉ちゃんはねぇ、おばあちゃんが子供の頃から美人さんでねぇ……ずぅっとよくしてもらってるのよ」
「だから、恩返しだと思ってちょうだい。今までの恩の分、おばあちゃんたちにもなにかさせておくれ?」
おばあちゃんの話を聞く限り、シャナはずっと昔からこの村にやってきては宝石や金貨といった財宝を村の人々に恵んでいたそうだ。郊外にしてはお店が立派なのもそのおかげだという。シャナの恵みがあるおかげか村自体は発展しなかったものの生活は安定し、近くの街は交易が盛んらしい。
シャナが恵んでくれた身に余る財産で、おばあちゃんたちはお店を大きくしてシャナに喜んでもらえるように様々なパンを作るようになったそうだ。普通であれば特別なお祝い事の日にしか食べられないような白くて柔らかいパンが並んでいた理由がわかった。
「じゃあ、シャナのお姉ちゃん。それに月のようなお嬢ちゃんたち。部屋は奥の部屋でいいかい? 間取りは変わらないから、好きなところをお選び。二階もあるからね」
「気に入らなかったら息子たちを叩き出してお部屋を変えてあげるからね」
「おばあちゃんはまだお仕事があるからね。厨房に戻るけど、なにかあったら呼んでおくれ? あなたたちは誰よりも大切な『愛しい隣人さん』だからねぇ」
さすがに叩き出すのはダメなんじゃなかろうか。そんなことを思う。
杖を突いているはいるものの確かな足取りにまっすぐな背を見る限り、おばあちゃんはかなり強いのかもしれない。おばあちゃんに投げ飛ばされる筋骨隆々な男の人たちを妄想して、わたしは心の中で頭を振った。
「……じゃあ部屋決める?」
「そう、ね。サフィたちから先に決めていいよ。あなたたちは私にとっても大切な愛しい隣人さんたちだもの」
そう言われると少し困ってしまう。こういう選ばないといけない場面は苦手だ。正直どこだって変わらないと思っている。だってほら、住めば都っていうでしょう? 泉で過ごしていたときも、畔で寝ていたけれど幸せだったもの。
「リラとエフェリアはどの部屋がいいとか……ある?」
「わたし、サフィと同じお部屋がいいわ……違うお部屋を選ばないとダメなの……?」
「アタシもサフィとリラと一緒がいいわ? 今までもそうだったンだから、同じでいいじゃない」
よし。誰かに決めてもらうのは諦めよう。これはわたしが決めないといけないやつだ。取り敢えずこれはもう一番奥の部屋でいいでしょう。間取りも変わらないというならどっちにしろ同じことだろうし、心理的に普通なのは奥から選ぶことだ。
……取り敢えず二階の奥の部屋を選んでおこう。この時代に用心が必要かはわからないけれど、気を付けるに越したことはないはずだ。
こうして、わたしとリラ、エフェリアの三人の部屋は二階の一番奥の部屋、シャナはその隣の部屋となった。
突き当たりは壁で、扉の向かいは窓になっている。周りを気にする必要がないし、それなりに眺めもいい。
部屋の中に入ってみると、質素な宿の部屋、といった感じの光景が広がっていた。シングルベッドにクローゼット、テーブルにダイニングチェア……掃除はされているようだったけれど、少し埃っぽい。木材の匂いと共に少しカビのような臭いがした。
窓際に移動して、出窓になっている窓を開けると気持ちのいい風が花の香りを載せて入り込んできた。
目の前に広がるウィンドウボックスには真っ赤で小さなかわいらしい花が植えられていた。
「これじゃあ雨も、風も感じられないし、草花もないと思っていたけれど……こうして近くに感じられるのは嬉しいね」
「これが人間のお家なのねン? 大きな箱みたい」
リラも、エフェリアもわたしと一緒になって出窓に身を乗り出した。
今はまだ寂しさの滲む閑散とした部屋だけれど、これからふたりとの思い出をたくさん飾っていけると思うと嬉しく思う。まずは掃除をしてから、ラグを敷いたり壁紙を貼ったりしよう。そうしたら小物で飾り付けて、かわいい部屋にするんだ。
リラとエフェリアはどんな部屋にしたいんだろうか。みんなで納得できるようなステキな部屋にできるといいな――そんなことを思ったんだ。




