35話:愛ってなんだろう?
本編が始まりました。
みなさまは愛についてどうお考えですか?
翌朝、サフィが水になって消えていなくなってしまっている……なんてことはなかった。
わたしの腕に包まれて、静かな寝息を立てながら眠っていた。そのことにホッとして、わたしはサフィの背中に頬擦りをしたの。
当たり前かもしれないけれど、サフィの匂いがする。
そうしていたら、起こしてしまったのか、サフィは身動ぎして、わたしの方を向いてくれた。サフィもわたしのことを腕に抱いて、頭を撫でてくれた。
サフィの胸が顔に当たって、柔らかくて、温かくて……とっても落ち着く。
夜のときのことを思い出して少し不安になったけれど、サフィはわたしを突き放すことなんてなくって、優しくて温かい匂いがする。
「ん……リラ、おはよう?」
サフィには起きているのがバレちゃったみたい。隠していたわけではないけれど、ちょっぴり残念。もしかしたら、もう少し甘えていられたかもしれないのに。
「うん……おはよ、サフィ」
「もう少しこうしててもいい……?」
「……いいよ」
サフィは優しい声で、優しい手つきでわたしを撫でてくれる。それでとても安心してしまって、また眠気が襲ってくる。
「ふわあ……わたしの眠気……サフィに少しわけてあげるね……」
「ふわあああ……やっぱり……いっぱいあげる……」
まぶたが重くなって、サフィに体重を預ける。サフィの腕枕はちょうどいい高さをしていて、柔らかくて心地良い――。
◆
リラはわたしの腕の中で眠ってしまった。
最近、眠っている時間が長いのはなぜだろう。悪夢にうなされて、眠りが浅いのだろうか。それとも、ただの安心からだろうか。そうだといいな。と思う。リラがうなされているような声を出していたことはないし、苦しそうな顔をしていたこともない。いつも通り、穏やかなかわいらしい顔で眠っている。
リラの睫毛は長くて、眉毛も整っている。緩やかに弧を描いて、優しそうな雰囲気に見える。
――愛って、なんだったっけかなぁ。
あらためて考える。
リラがわたしに抱いてくれている愛は、家族愛だ。もしくは親愛、友愛。
では……わたしが抱いてしまった、この渦巻くような愛はなんなのだろう。
ただ一言、恋愛と名付けてしまうにはあまりにも複雑に思える。きっと、わたしはリラに恋をしている。それは間違いないのだろう。けれど、同時に愛している。それは家族愛のようで、友愛のようで、寵愛のようにさえ思える。でも、これはエフェリアに対しても同じことだ。わたしは薄情なのだろうか。
わたしは相手が誰であれ、同じように愛を持って接するべきだと思っている。それは慈しむように、というわけではなく、親切にする。そのように接する。というような意味合いで。
わたしはそのように考えてきた。短いながらの人生で、その結論に辿り着いた。いつか昔の人が仏や神に倣いいつか昇華することを目指したように、無償の愛を持つべきだと考えている。
それはどうしようもないほどの長い道のりの受難であって、悪意が存在する限り辿り着けないような険しいものだとも思う。
でも、そうして自己を肯定することでしか救われない世界というものは、存在してしまう。
わたしはわたしの……その生き方を間違っているとは思えなかった。
だってそうでなければ、わたしは愛を知らないことになってしまう。
わたしはそういう愛しか知らない。そういう愛し方しか知ることができなかった。
誰かはバカにすると思う。あまりにも飛躍的な考えで、大きすぎる傲慢な考えだと。でも、そう在るべきだと思ってしまう――。
……少し、否、だいぶ。話が逸れてしまった。
わたしがリラに抱いている愛は、そのような上辺だけの愛の他に、ちゃんとした『愛』を抱けているのだろうか。
わたしは別に、リラの身体が欲しいわけじゃない。でも、愛するってなんだろう。
身体を愛でることが愛だと言うなら、わたしの気持ちは嘘になってしまう。
……苦しい。
答えを出せない問題は嫌いだ。逃げてしまえばいいのかもしれない。
けれど、リラは大切な家族で、焦がれるように愛している。それから逃げて楽になってしまったら、わたしはわたしを赦せない。
「ん……うぅーん……」
「……んーっ! ふわぁ……」
芽吹いた新芽のように、エフェリアが夢から覚めた。
「おはよう、エフェリア」
「アラ、今日はお寝坊さんじゃないのネ?」
「……どうしたのン? そんなに暗い顔しちゃって。眠れなかった?」
エフェリアはわたしの胸に女の子座りをして、わたしの顔を覗くようにした。
「なんでもないよ」
わたしは素っ気なく答えてしまった。悪い癖だ。
「……エフェリアはさ、愛って……なにかわかる?」
わたしはなにを思ったのか、エフェリアに訊いていた。もしかしたら、純粋無垢な妖精なら答えられるかもしれない。と思ったのかもしれない。自分の考えですらうまく言語化できないほど、わたしは参っていたんだ。
「愛?」
「そ、愛」
「愛って、大切に想って、ずーっと一緒にいたいって思うことじゃないのン?」
「アタシはサフィも、リラも愛してるわよ! とーっても大好き!」
エフェリアは大げさに両手を広げて、わたしに抱きつくかのようにして倒れた。胸の辺りが少し、少しだけ温かくなる。
「じゃあさ、恋って……わかる?」
「うーん?」
「恋も、大切に想って、ずーっと一緒にいたいって思うことじゃないのン?」
「そんなものかな」
「そんなもンよ」
「サフィったら、やっぱりヘンテコね?」
「難しく考えたって意味ないわ? みんな大好きで、みんな愛してる――」
「それでイイじゃない?」
「サフィはアタシのこと、愛してくれてないのン?」
「ううん……愛してるよ。大切に想ってる」
薄っぺらい答えだと思った。口先だけではなんだって言えてしまう。わたしの愛は軽いんだ。全然気持ちが籠もっていない。
せっかく温かくなった胸も、途端に冷え切って、心臓が凍ってしまったんじゃないかって思ってしまう。わたしには心臓がなければ、鼓動もない。心がないから、愛がわからないのかもしれない。
そんなことを考えてしまった。
エフェリアはわたしの暗い感情が視えたのか、不安そうな顔をしている。
「ねぇ? そんなに気になるなら、ママに訊いてみたらどう?」
「ママならきっと、なんだって知ってるわ」
ママ――。
確か、エフェリアが前にも言っていた。森のママで、みんなのママ……だったけ。たぶん、ママは上位の精霊種だと思う。
けれど、どうやって逢えばいいかわからない。
「ママって……どこに行けば会えるの?」
「うーん? アタシにそんなこと訊かれたって知らないわ?」
「サフィが逢いたいって思えば、遇えるンじゃないかしら!」
「なにそれ……」
「ママね、アタシがひとりはヤだなって思って、泣いちゃってたら来てくれたのよ」
「ママ、とってもキレイで優しかったわ! アタシもあんな風になりたいなっ」
エフェリアは憧れのママを思い出して照れるように、頬を両手で押さえて首を振っていた。
ママはきっと、この森の守護者のような存在だろうから、森を愛しているだろうし、愛についても知っているかもしれない。それなら訊いてみたい。わたしがリラに抱いている感情はなんなのか。
恋と言っていいのか、愛と言っていいのか。この感情は普通のもので、誰しも抱く熱いものなのか――。
エフェリアがママに遇った場所は、エフェリアのいたあの花畑で間違いないと思う。
なら、もう一度あの場所に行ってみようかな。
でも、リラは連れていけない。連れていけないけれど、ひとりにしてしまうのも心配だし、心細い思いはしてほしくない。
今はエフェリアがいるから大丈夫だろうか。
「……じゃあさ、わたしはママに会いに行くから、エフェリアはリラとお留守番していてくれる?」
「えー、どうしてよ」
「ママに来てもらえばいいじゃない」
「アタシたちみんなでお願いすれば、きっと来てくれるわ?」
本当ならそれがいいし、そうしたい。けれど、わたしのこの冷たい感情をふたりに見せるようなことはしたくない。
少し離れて貰えばいいのかもしれないけれど、もしかしたら泣いたり、怒ったりしてしまうかもしれない。なんとなく、今はひとりになりたい。そう思った。
「……ううん。わたしが行くよ」
「うーん……そう……?」
「早く帰って来てよネ?」
「アタシたち、待ってるから」
「ありがとう……ごめんね」
わたしはリラに腕枕されている腕を優しく引き抜いて、そっと起き上がった。
森は太陽の光をその葉で遮って、暗く見える。いつもならなんとも思わない影も、今は少し憂鬱に感じる。自分の心を映しているみたいで、イヤになる。
なるべく早く帰りたいし、鬱蒼とした森もさっさと抜け出してしまいたい。わたしは下肢を牝鹿に変えて、その影に呑まれていった――。
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