105話:その少女、精霊につき
※このお話には書き言葉と丁寧語が混ざっているので、少々読みにくいかもしれません。
※フランチェスカの視点です。
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遠く離れた王都から、この湖光の花畑が煌めく町へと私はやってました。
その距離は馬車にして二日、五十の距離を走らなければなりません。
しかし、二日も無駄な時間を過ごしていれば、この町のギルドマスター、ルターくんから報せを受けた幻想種に相見えることは叶いません。
ゆえに。
私は話を聞いた後、着替えも、何も持たずに王都のギルドから飛び出しました。斑点の浮かぶ駿馬を勝手に借りていき、口に出すのも憚られるような魔法を行使しながら半日で踏破してみせました。良き馬を使い捨てるワケにはいかないもの。アブナイ魔法だって使うわ。
あの仔はお利口さんだから、今頃何食わぬ顔で厩舎の干草を食べていることでしょう。
ギルドの前へうち捨てるように馬車を駐め、野火が駆けるようにギルドマスターの執務室へと飛んでいったわ。
私は齢十五にも満たないような華奢な身体つきに、足元まで伸びた自慢の艶やかな黒髪を靡かせていたの。
しかしながら、なかなか前へと進まないこの小さい身体が忌々しく思えてきます。
私はノックもせずに勢いよくその大きな扉を暴きました。
到底、少女がしていいようなお淑やかな所作ではありませんでした。しかし、蛮族がその存在を示すかのように荒々しく開け放たれた扉は大きな音を立てたわけではないのです。元々私にそんな力はないのですから。
「ルターくんっ!」
私は息を荒らげ、肩で息をしていたわ。淑女らしからぬ失態ね。身体強化の魔法を使えばこうなることもなかったでしょうに……。けれど、今の私にはそんなことに構っている暇はなかったの。
この美しい町のギルドマスター、ルツェルン・フィアヴァルトシュテッターは有り得ないモノを見るように、目を見開いて言葉を失っていました。
「――ミス・フランチェスカ?」
彼は「なぜ貴女がここに?」と、疑問を隠せないでいたわ。それも無理はないことね。何せ本来であれば馬を使っても二日掛かってしまう距離の王都にいるはずの少女が目の前にいるのだから。
「私たちの愛しい彼女はどこっ⁉︎ いなくなってしまってないでしょうねっ⁉︎」
私はいつものお淑やかな雰囲気さえ忘れ去って、今までの生で出したこともないくらい大きな声を張り上げていました。
ギルドマスターたるルターくんは情けなくも言葉を失ったままでした。不可解な出来事にすべての思考が遮断されてしまっているようです。町の要であるギルドマスターの彼が予期せぬ出来事に臨機応変に対応できないとは……なんと悲しいことでしょう。
私はこの胸に冷ややかな感情が広がっていくのを感じていたの。寝不足に因る苛立ちを抑えることができず、そして木偶の坊と化した彼に理不尽な怒りをぶつけてしまいそうになっていたわ。
それでは見た目相応の未熟な少女と変わりないというのに。実際に私は、未だそれくらい未熟だったのかもしれません。
「――落ち着いてください。今はギルド職員のひとり、ベイリーさんが共に行動しているはずです」
つまり、動向は掴めているということね。ひとつの不安は解消されたけれど、私の中では幾つもの不安が渦巻いていたの。
ルターくんが言う幻想種と思しき存在は、本当に幻想種なのか。人々に対して友好的なのか。意思疎通はできるのか――。
「今はどこにいるの? 私も早く会いたいのですが。そもそも本当に幻想種だったのですか?」
私はルターくんと通信をしてあの言葉を聞いた後、しばらく意味を理解できないでいたの。上の空で幾つかやりとりをして、彼女たちが三日後にはいなくなることを知って大慌てで王都のギルドを飛び出したわ。おかげでお風呂にも入っていなければ、着替えだってないんだもの。
魔法を無理やり使ったせいで汗もかいたというのに……大変不愉快です。ですが、夜風に吹かれて体が冷え、暑さをあまり感じなかったのは幸いだったかもしれません。
「それ以外有り得ないのです。もしかしたらベイリーさんは既にその結果を知っているかもしれまんが、彼女たちは魔氷晶を所持していたのです」
ルターくんがベイリーさんから預かったものだと言って見せてくれたのは、純粋な魔氷晶の大結晶でした。それは花の形をしていて、他のどんな工芸品よりも美しく感じてしまう程でした。
私は有り得ない程大きい純粋な魔氷晶を前にして、夢ではないかと疑ってしまいました。
そうです。これは夢です。寝不足が引き起こした趣味の悪い夢なんです。
私はソファへと深く腰を下ろして、頬をツネってみたの。
自分の柔らかい頬が少し伸びて、鈍い痛みをもたらしました。
痛みのせいか、泪が溢れて来てしまいました。
夢ではない。本当に幻想種が、精霊が私たちの前に現れたのだと確信したわ。
もし彼女たちが幻想種でなかったとしても、彼女たちは幻想種と関わりを持っているか、幻想種と関わる手掛かりを持っているはずだもの。
今までのすべてが報われたような気分になりました。
年に一度の森の探索はほとんど無意味なものだと思っていました。なぜなら、開拓をして人が住めるようになってしまえば神秘が薄れ、幻想種との距離は更に開かれてしまうのですから。
ゆえに私たちは森を切り開けず、入口を彷徨うばかり。奥地に辿り着いたこともあったけれど、森の賢者に遭ったことすらなかったわ。
エルフは尤も人類種に近い幻想種、つまりは妖精や精霊なの。少なくとも人類はそのように定義しているわ。
その昔、彼女たちエルフと私たち人間は共存の関係にあったといいます。けれど、いつしか傲慢になった人間たちはエルフたちを口に出すのも憚られるような惨い扱いをしたらしいのです。
そのように記録されています。
そうは言っても、予想することは簡単です。幻想種であるエルフの容姿は麗しく、皆が母なる自然を表すかのように女性を模っているのです。極稀に男性のエルフも存在したらしいですが、妖精や精霊らしくエルフという名の幻想種はひとつの性しか持っていない存在でした。
……これ以上は止めておきましょう。思い出すだけ無駄なことです。
わたしは安堵したせいか身体の力が抜けていって、そのままソファにもたれ掛かりました。
「――くちゅん」
少し恥ずかしい、くしゃみが出てしまいました。生理現象が身体を震わせて、運動を促すことで熱を発生させようとします。
「ミス・フランチェスカ?」
鈍い頭痛がどんどんと鮮明になっていくようで、ルターくんの声も遠く感じました。ルターくんが何度も声を掛けて、意識を確かめるために私の身体を触ったような気もしますが、反応することすらめんどうくさいのです。
……うるさいわ。私は眠いのに。
私が生まれたばかりのときも、お父さまがこんな風に私を起こしてくれていたような気がするのを思い出したの。私がまだⅩⅦの型式名称で呼ばれていた頃のことよ。
私はルターくんの心配もくれずに、そのまま事切れるように眠りに就いたの。
私はもう、充分に生きたわ――。




