88話:受付嬢とギルドマスター
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私はイドニア・ベイリー。小さな湖の町でのんびりとギルドの受付嬢をしている田舎娘よ。
私はついさっきエミーの娘ちゃんと、かわいらしいお嬢ちゃんたちを送り出したところ――そういえばお名前を聞きそびれちゃった。あーあ、かわいい子たちだったなぁ。それにしてもエミー、いつからあの子たちと知り合ったのかしら。私もお友だちになれたらいいんだけど……仕事終わりにお邪魔してもいいかしら? エミーとも話したいことはいっぱいあるし、仕事終わりにお食事にでも誘っちゃいましょ。
幸い、夕食の頃には仕事を上がっているから、それくらいの時間はあると思った。田舎の小さな町だから、仕事量も多くはない。前までは張り切って仕事に励もうと意気込んでいたけれど、今ではこのゆったりとした生活に慣れてしまった。
ギルドに就くということは、それなりに教養を求められる。数字に強くないといけないし、商人に対して強かにいられないといけない。そもそも字が書けないといけないし、容姿や作法にも気をつけなければいけない。
そんな思い込み……ではないのだけれど、そう神経を張り詰めていた。
つまるところ、私は運が良かったの。頭の良さにも、容姿やお金にも恵まれていた。みんなが農業や服の仕立てを毎日のようにしてお金を稼がなければいけない日々を、私はギルドに就くことで自由な時間を手に入れられている――。
まぁそんなことはいいのよ。
それよりも!
「あのお嬢ちゃんたち、どうして靴を履いてなかったのかしら」
月のようにキレイな双子ちゃんは、靴を履いていなかった。湖で遊んだのかもしれないけれど、エミーと一緒に来たのなら違うだろうし。
そんなことを考えながら、彼女たちの初々しい様子を思い出して咲っていた。
「なにやら楽しそうですね。ベイリーさん」
名前を呼ばれ妄想の中から帰ってくると、強面のおじさんが受付の前に立っていた。
ギルドマスターが商品の質や売行きなどをまとめた書類に、売上金などの回収から帰ってきたのね。
丁寧な物腰からは執事のような雰囲気を彷彿とさせる。
実際にここの酒場でウェイターやマスターとして顔を出せば人気が出るのではないかと勝手に思っている。ここのギルドは酒場と宿、そしてギルドの本部を兼ねている贅沢な建物なのよ。
土地は余っているのだから別に建てれば良かったのに。と零したときには、歩くのが面倒だ。と返されて呆れたわ。
「ギルドマスター、お疲れ様です」
「さっき知り合いが来てくれましてね。かわいい子を連れていたのでお友だちになりたいなーって思ってたんですよ」
「そうですか。私が帰ってくる前で良かったですね。怖がらせてしまいますから」
彼はお腹から声を出しているような、響く声で豪快に笑う。
「そうですかー? ギルドマスターは子供には好かれているじゃないですか」
「貴族には嫌われていますけどね」
なんて、軽口を叩けるくらいにはこの職場は緩かった。ギルドとして規則には厳しいけれど、人間関係は良好だ。
「そう、それでそのかわいこちゃんたちなんですけどねー、月のようにキレイで、双子ちゃんは靴も履いてなくってびっくりしちゃったんですよ」
「町も初めてみたいで初々しくてですね、本当に月からやって来たんじゃないかって思いましたよ」
「……靴を履いていなかったんですか?」
「えぇ、はい。裸足でしたよ」
少し不思議だとは思いつつもあまりに気に留めていなかったけれど、あらためて考えると不思議に思えてくる。エミーのいる村から来たのなら、草原が広がっているし裸足で過ごすこともあるのかもしれない。なんてことを考えていたけれど、怪我でもして病気になってしまう可能性を考えたら、そんなことはしないと思う。魔法があるとしても、誰でも治癒効果のある魔法が使えるわけではない。こんな田舎では、薬も満足に手に入れることはできない。だから、健康には気を使わなければいけないし、身体はそれくらい大切なものなのよ。
「……なんで裸足だったんでしょう?」
「私に訊きますか?」
「ベイリーさんのお知り合いで町が初めてだと言うのなら、あの村から来たのでしょう?」
「きっと、私がギルド前で見た娘たちだと思うのですが……確かにそうですね。とても目を惹く美しさでした」
「月のようだと例えるのも間違いではなさそうですね」
ギルドマスターは整えられた無精髭をイジりながら、何やら考えごとをしているようだった。その姿が様になっているのだから罪な人だと思う。男性と女性、どちらからもそれなりに人気があるのよね。
そして彼自身は人に見られるから容姿に気を遣わないといけないのがまた面倒臭い。なんて言うのだから、呆れてしまう。
私は嫌味を込めながらギルドマスターに羽根ペンを振った。
「なんですマスター、手を出しちゃダメですからね」
「出しませんよ……」
「それよりもベイリーさん。その月のようなお嬢さんたちのことですが」
ギルドマスターはそこまで発言してから、もったいぶるようにワザとらしく悩む素振りをする。
「――彼女たちは精霊だと思います」




