85話:仔には難しいお話
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それから毎日のようにパンを届けて、村外れの草原や花畑でお茶会をするようになってから、数週間が経っていた。
日も段々と伸び始めて、太陽が朝寝坊をしてしまうこともなくなった。それに合わせてか、リラとエフェリアも今の生活に慣れたのか、朝に目を醒ますことができるようになってきていた。
髪を梳いて、服を着替えて、顔を洗う。そうして厨房にいるみんなと朝ごはんを食べる。最近ではお母さんお父さんとも気兼ねなく話ができるようになってきた。
リラとエフェリアが人の住む街に憧れていることを話すと、お父さんがおばあちゃんに提案をした。
「母さん、食材もなくなってきたし、そろそろ町まで買い出しに行くかい」
「良ければお嬢ちゃんたちも連れて行こうと思うんだけど」
「そうだねぇ……それにそろそろ騎士団だか、調査団だかが来る時期だろう」
「ちょいと多めに買ってきてくれるかい」
お父さんが頷いて、シャナやわたしたちも一緒に街を見て回ることが決まると、リラはとても嬉しそうに身体を揺らした。
街へ行けるのは嬉しいのだけれど、わたしにはそれよりも気になる言葉があった。
「おばあちゃん、その騎士団とか調査団ってなぁに?」
「お嬢ちゃんたちは森……古代林から来たんだろう?」
「そのヒトたちは未知の樹海である古代林の神秘を解き明かすために組まれた勇者たちというわけさ」
「目的としてはこの世のどこかに在ると云われている、神聖樹を見つけ出すためなんじゃないかねぇ」
「まぁ、今まで見つかった試しはないけどねぇ」
「その……国は神聖樹を見つけてどうしたいの?」
「さぁ? 国のことはよくわからないからねぇ……でもソレが自分たちの国のものになるんだったら、欲しがる人は多いんじゃあないかい」
「でもまぁ、ソレが存在しているという証明自体が重要なんだよ」
「人間は神に縋りたいのさ。あるかもわからない伝説を信じて、甘えられる大いなる存在を求めているじゃあないのかい」
「なぁに? ソレ。そんなンじゃ逢えるワケないじゃない」
おばあちゃんの話を聞いたエフェリアは、顔をしかめて頬を膨らませていた。わたしはなんとなく大変なことになる前に、エフェリアを宥めることにした。
口元を優しく押さえて、抗議の声を上げようとするエフェリアに念話を送った。
(エフェリア、ダメだよ)
(どうしてよ! あんなの、ママに失礼じゃない!)
念話をするのは本当に久しぶりだったけれど、うまくいったようだった。エフェリアの言いたいだろうことは尤もだ。彼女は誰のものでもない。それに、自分たちが堕落するためにいる母親でもない。いることさえ心から信じておらず、私利私欲のために会って利用しようとするなんてエフェリアには赦せないんだろう。
わたしは今までリラが会ってきた冒険者と名乗るヒトたちは、彼らのことなんじゃないかと思った。雪解けの季節にやってくる……時期的には合っている。その点から考えるなら、害意や悪意があるヒトたちではなさそうだし、これ以上関わるのは止めておいた方がいいと感じた。
「そのヒトたちは街から泊まりに来るの?」
「いいや? 王都だよ」
「町よりもずっとずっと遠くからやって来るのさ」
「町から来る人は案内役として雇われる人が多いんじゃないかい」
「へぇ……すごいね。でも騎士団だなんて、たくさんの人が来るって大変じゃない?」
「そんなに来やしないよ。多くてもせいぜい五人のパーティーくらいのもんさ」
「移動費や食糧費、維持費なんかを考えても、大人数での移動なんてできないよ」
「……騎士団なのに?」
騎士団だとか、調査団だとかっていうなら、もうちょっと多いものだと思っていた。その疑問に答えてくれたのはお父さんだった。
「お嬢ちゃんが知っているかは置いておくが、国じゃなくてギルドっていうのが主体なんだよ」
「母さんは全然わかっちゃいないが、開拓は騎士じゃなくて、冒険者の仕事だ」
「うちの店はその冒険者たちが食料やら小道具やらを補給できる最終地点になるのさ」
わたしたちは相槌を打つものの、よくわかっていない。リラは楽しそうに聞いているけれど、理解できているかどうかはまた別の話だろう。ギルドがあるなら、商業ギルドだとか、冒険者ギルドだとか、そういうものもあるのだろうか。
そんなことを上の空になりながら考えていたら、シャナが口を開いた。
「でも、あなたたちはいつまで経ってもギルドに入ろうとしないわよね」
「入れば色々と助けてもらえるんでしょう?」
シャナの言葉を聞いて、なぜかみんなが苦笑した。女の子とわたしたちが首を傾げると、今度はお母さんが答えてくれた。
「わたしたちがギルドに加盟しないのはね、シャナちゃんがいるからなのよ」
「え? 私? 私、なにか悪いことをしちゃったかしら……」
「あぁ、いえ、そうじゃないの」
「ギルドの恩恵と、シャナちゃんから受けている恩恵を考えるとね、ギルドに入る意味がないのよ」
そう言われても理解が及ばなかったわたしたちは、やっぱり首を傾げた。
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おばあちゃんやお母さんお父さんが言うには、簡単に言うとシャナが山や村を守っていることで得られる恩恵の方が遥かに大きいということだった。
シャナがこの広大な土地を神秘で守護していることで、村は自然に溢れ、家畜たちも草を存分に食べることができる。災害もなければ疫病も流行らない。シャナがいることで成り立っている豊かさを放棄してまで、村や山、森を開拓する理由がないらしい。
「シャナってそんなにすごかったの?」
シャナに振り返って目を合わせると、彼女は激しく首を横に振って、その金糸雀のような髪を羽ばたかせた。
「シャナのお姉ちゃんは知らないなんて言うけどねぇ、村のみんなはそうだって信じてやまないのさ」
「実際にずっと昔からこの土地を守ってきてくれているんだからね。そこにはなんの間違いもないのさ」
「そしてそのシャナのお姉ちゃんが愛しているこの美しい景色を奪おうだなんて、罰当たりにもほどがあるだろう?」
村の人々はシャナの存在を信じていて、妖精や精霊の存在を信じているからこそ、それらの居場所が狭まり遠くなっていくことを恐れているのだろう。
開拓はいわば神秘の剥奪だ。謎を解明してしまえばそこにはなんの幻想も、願いもなくなってしまう。
例えば、入ったことのない森の中には怖い獣がいるかもしれない。未知の植物を発見できるかもしれない。そんなことを妄想する。けれど、もしもそこが人間の住む街だったのならば、怖い獣も、未知の植物も在るはずがないと思うことだろう。
だから、そこには絶対に存在し得ない。
魔法は信じることで初めて形を持つものだ。信じられないことは形にできない。大地に蔓延る魔力が人々の抱いた幻想を形にすることでこの世に神秘が生まれるのだとしたら。村を開拓することに恩恵を感じることはできないのだろう。
わたしはそんな風に考えた。
「まぁなんだい。ちょいとばかしヘンな話をしたけどね……お嬢ちゃんたち、町へは遊びに行くかい?」
おばあちゃんに聞かれて、リラとエフェリア、シャナも一緒に。わたしたちは顔を合わせて目を輝かせた。
「――行く!」




