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恋を知り、花と咲う《前題:精霊に転生するはずが、なぜかスライムでした ─泉の精霊だってオシャレがしたい─》  作者: ぺぺ
[第二節:とある山の小さな村でのこと]

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81話:麦の仔のピクニック

 山の高い所から下に広がる景色を眺めながら摂る食事は特別な気持ちになれる。風に吹かれるのも、太陽の温もりを身体に感じるのもとても気持ちがいい。


 パンを口に含むとバターの香りが鼻に抜けていって、ジャムの甘みが舌に広がった。出来立てでなくてもとても美味しかった。シャナとわたしの間に座っていた女の子は走り回ってお腹が空いていたのか、小さめのパンを瞬く間にお腹にしまい込んでいた。頬にはジャムが付いていて、シャナはジャムを拭き取りながら微笑ましそうに咲った。


「急いで食べなくてもパンは逃げないのよ」


「だっておばあちゃんのパン、美味しいんだもん」


「そうね。美味しすぎてすぐに食べちゃいたくなるわ」

「でも、ゆっくり食べた方がそれだけ長く味わえると思わない?」


 シャナがそう問いかけると、女の子は大発見をしたかのように目を見開いて納得していた。

 リラも、エフェリアも夢中になってパンを頬張っている。いつの間にかわたしたちもごはんを食べることが当たり前になってしまっていた。わたしたち妖精や精霊は食事を摂らなくても生きていける。けれど、その分大切な人と一緒に食事をする楽しみを知らない存在でもあったはずだ。

 それでも困らないのかもしれないけれど、やっぱり寂しいと思うんだ。だから、こうして食事をすることの楽しさをリラとエフェリアが知ってくれて嬉しく思う。その幸せそうな顔を傍目に見ていたら、女の子に袖を掴まれた。


「ねぇねぇ、精霊のお姉ちゃん、魔法見せて」


「魔法? いいよ」


 少しお行儀が悪いかもしれないけれど、パンを片手にもう片方の手で人差し指を差し出して、空に向かって水を放った。すると、空中で散った水飛沫が太陽の光を反射して小さな虹を架けたんだ。

 

「すごーい!」


 女の子は満面の笑みで拍手を贈ってくれた。わたしも調子が良くなって、ついつい、良いところを見せようとしてしまった。

 掌の上に花を作ってみたり、エフェリアを模した小さな水の人形を作ってみたりした。

 そうして遊んでいたら、空に大きな雲は見えないのに突然陰が差したんだ。上を見上げてみると、そこには大きなオオカミの顔があったというワケだ。


「きゃあ!」


 女の子は驚いてシャナに飛びついた。


「コルンムーメ、来てくれたの?」


 シャナは女の子を宥めつつ、コルンムーメに手を伸ばす。コルンムーメも頭を下げて気持ちよさそうに撫でられていた。コルンムーメはいつもと変わらないようにみえるけれど、わたしたちだけの時よりも、いくらか激しく尻尾が振られていたんだ。

 リラとエフェリアはもう既に遠慮なんてすることはなく、コルンムーメのふわふわな毛並みを堪能していた。お出かけしていた度に来てくれているからね。もう気軽に身を寄せ合える気のいい友だち(グッドフェロー)だ。


「大丈夫よ、この仔は私の仔だから」


「そうよ! アナタも触ってみなさいな。とぉっても気持ちいいンだから!」


「えへへ……ふわふわ……」


 女の子はシャナとエフェリアに勇気付けられて、眼の前まで迫った大きなオオカミの鼻先を撫でた。コルンムーメも大人しく伏せたまま、上目遣いになって女の子のことを見つめていた。

 コルンムーメは艷やかな灰色の毛並みにイチイのような真っ赤な目を持った優しいオオカミさんだ。なにも怖がる必要はないとわかった女の子も笑顔を取り戻した。


「そうだ。コルンムーメ、あなたの分のパンをあげるね」


 わたしはバゲットを取り出して、コルンムーメに見せてあげた。そのあと鼻先に持っていって、そのいい匂いを嗅がせてあげる。

 すると立派な牙の生えた大きな口を開けて、バゲットに齧り付いた。前足で器用に押さえながら、硬くて噛み千切り難いバゲットを美味しそうに食べている。


「ふふっ、どう? 美味しい?」

「そのパンはね、サフィが選んでくれたのよ」


「ゔぁう」


 リラがコルンムーメにちょっかいをかけると、コルンムーメも元気よく返事をして、美味しいと答えているように感じた。

 みんな既にパンを食べ終えていたようで、バスケットの中にはデザートのリンゴしか残っていなかった。そのうちのひとつは既にシャナが切り分けてくれていて、かわいいウサギさんのリンゴが幾つか並べられていた。

 シャナが切り分けてくれているなら、わたしはもう使わないお皿を片付けようと、水魔法でキレイにした後にバスケットの中にしまっていき、その後にシャナと一緒にリンゴを切り分けていった。

 パンを食べ終えたお転婆娘たちはコルンムーメと楽しそうに戯れている。その楽しそうな声を聞きながら、黙々とウサギさんを作っていたら、いつの間にか切り終わってしまっていた。

 少しぬるいリンゴを水魔法で冷やして、蜜でベタついた手を洗う。

 

 わたしはシャナの姿を傍目に見た。足を横に流して、リンゴを切るために少し俯いている。耳にかけていた髪が風で戻されて、その顔はよく見えなかった。


「リンゴ食べるヒトー!」


 ウサギさんのリンゴを掲げてお転婆娘たちを呼ぶと、花の蜜を吸うミツバチのように飛んで集まって来て、その後ろをコルンムーメがゆっくりと付いてくる。

 お転婆娘たちの手をもう一度洗ってから、ウサギさんのリンゴを渡していく。

 

 瑞々しいリンゴをシャキシャキと言い音をたてて咀嚼する。少し酸味のある甘さがバターやジャムの洗い流して、良い口直しになった。


 デザートを食べ終えた後は、やっぱり追いかけっこをして遊ぶことになっていた。コルンムーメが追いかける役になって、瞬く間にお転婆娘たちを捕まえていくんだ。

 捕まった()から背中に乗せられて、一緒になって追いかけ回す。最後はみんなで背中に乗って走り回り、全身に風を受けるのを楽しんでいるようだった。


 ――と、始めはシャナとわたしはのんびり眺めている予定だったのに、いつの間にかわたしたちも背中に乗せられて一緒に駆けていたんだ。

 今ではシャナも一緒になって黄色い声を上げている。やっぱり、一緒にいるなら同じことをして遊んだ方が楽しいに決まってる。

 今日はコルンムーメに助けられちゃったかな。そんなことを思った。

 花畑を駆け回っているコルンムーメの息遣いも、シャナと一緒に遊べて楽しそうに感じられたんだ。


 ◆


 あの後も追いかけっこばかりをしていた。わたしが鹿娘になってコルンムーメに追いかけ回されたり、追いかけ回したり。遊び回ってとても疲れたけれど、とても楽しい一日だったんだ。

 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていってしまって、気が付いたときには空がオレンジ色になりつつあった。

 名残惜しいけれど、コルンムーメとは花畑でお別れをした。少し寂しそうな顔をして甘えるように鳴くものだから、最後にいっぱい撫でてあげた。


 帰り道、シャナは遊び疲れて眠ってしまった女の子を背負って、わたしは同じく遊び疲れて眠っているリラを背負っていた。エフェリアもわたしの肩でうつらうつらと舟を漕いでいた。

 シャナの靴が土を踏む音だけがメトロノームのようにリズムを刻む。

 

「――ねぇ、サフィ」


「なぁに?」


「お出かけに連れてくれてありがとうね」


「なんてことないよ」


 もう一度、わたしはシャナの姿を傍目に見た。麦色に輝く金糸雀の髪がキレイだった。シャナの整った顔はどこか浮き世離れしたような、いつか泡となって消えてしまいそうな儚い雰囲気があった。けれど、今のシャナは温かな笑みを浮かべていたんだ。寂しさを感じないような、ひとりの少女の笑顔をしていた。

 わたしはそれが嬉しくて、肩が触れ合うくらいまで寄ったんだ。


「ねぇ、シャナ」


「なぁに?」


「またお出かけしようね」


「――うん」

 

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