80話:金糸雀のピクニック
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村から出てしばらく歩くと家畜たちに因ってキレイに食べられていた草原は、いつの間にかどこを見渡しても色とりどりの小さな花が咲き誇る一面の花畑になっていた。その花の海の中に足を踏み入れるごとに甘い香りが立ち昇るようだった。
ピクニックをするのにちょうどいい、平坦な場所を探して大きな一枚の布を敷いた。もちろん、魔力で編んだ特製のピクニックシートだ。
荷物を置いて腰を下ろすと花の甘い香りがより強くなって、その香りでお腹がいっぱいになってしまいそうだった。
しばらくは足を休ませようと風に揺れる草花を眺めていたら、一緒に遊ぶのを待ちきれなかったのか、エフェリアは女の子の頬に口付けをした。
「じゃあアナタがアタシたちを追いかける役ね♪」
女の子は突然のキスに頬を押さえて目を白黒させていた。けれど、頭が事を理解すると勢いよく立ち上がってリラとエフェリアを追いかけていったんだ。
「待ってよ! それはズルいじゃない!」
リラとエフェリアは女の子に触れられないように、踊るように回っては跳ねていた。リラは頃合いを見てワザと捕まると、女の子を抱き上げてくるりと回った。スカートを花開かせて楽しそうに咲っている。
そうして今度はリラが追いかける役になって、エフェリアと女の子が一緒になって踊っていた。
「みんな楽しそうだね」
「そうね」
シャナとわたしはピクニックシートに座って、愛しい彼女たちを見守っている。不意にシャナが手を重ねて肩を寄せてきた。
「サフィは一緒に遊ばなくていいの?」
「たまには見ている方が楽しいでしょ? そう言うシャナこそいいの?」
「私はほら、今まで見守る立場だったから、こっちの方が落ち着くの」
お母さんみたいだ。なんてことを思う。でもそれって、ちょっと哀しいことなんじゃないかな。だって、つまりそれはみんなとは違うってことだ。自分と他人の間に線を引いて距離を置いているってことだ。
確かに、遠くから眺めることでしか見ることができないものもあるかもしれない。けれど、それは強がったり、大人ぶったりして今を全力で楽しめていないことに他ならない。
わたしはわたし自身がそうしてきて、少し後悔しているんだ。
だって、その頃からわたしは小さな大人になってしまったから。
だからかな。シャナを見ていると、余計なお世話なのかもしれないけれど、どうにも構ってしまいたくなる。
「シャナ、わたしたちはみんな同じだよ」
「えっと……どういう意味?」
「わたしもうまく言葉にできないんだけど……なんて言うかさ。わたしたちは妖精とか精霊とか、愛しい隣人で、友だちで、家族みたいなものじゃない? だったら一緒に遊んだ方が楽しいと思うんだよね」
「でも、私……」
「シャナ。言葉にしなきゃ伝わらないことって、あると思うんだ」
「だからさ、ほら。行こうよ」
わたしはシャナの手を引いて花の海へと駆けていった。少し遠くではリラとエフェリア、女の子が楽しそうに追いかけっこをしている。シャナはわたしに手を引かれたまま、困ったような顔をする。
このままではシャナは楽しんでくれないかもしれない。だったら、むりやり遊びに加えてしまえばいいんだ。明確な拒絶を言葉にしてくれないなら、わたしは精霊らしくその心の裡に渦巻く意思を受け取ってあげるもんか。
シャナは人間だった。人間だったから『言わなくてもわかってくれるでしょ?』なんて希望的観測を誰にでも求めてしまう。
けれど、それじゃダメなんだ。わたしたち妖精や精霊は。たとえ人間であっても、やっぱり言葉にしなければ伝わらないことは巨万とある。それを口にすることがどんなに恐ろしくても勇気を振り絞って泪を流しながら叫ばなきゃダメなんだ。
花の海に駆け出して、花びらの飛沫を飛ばしていく。エフェリアと女の子をウサギが跳ねるように後ろをついて回るリラが近くなる。どうやら、今の追いかける役はリラのままらしい。
「リラー! シャナを捕まえてー!」
わたしは久しぶりにお腹の底から大きな声を出してリラを呼んだ。リラはわたしたちの姿を認めるとどの花にも負けないくらいの眩しい笑顔で駆け寄って来てくれた。
そして、シャナとわたしの胸に飛び込んで、三人でくるくると回った。
「サフィとシャナ! つーかまーえた!」
リラはわたしたちに頬擦りをして、その長い髪をはためかせながら逃げていった。
「あはは、わたしも捕まっちゃった」
「シャナ、わたしたちがみんなを捕まえる番だって」
「う、うん」
「よーし、誰を捕まえようかな」
そう言っているうちに、わたしはシャナの手を引きながら駆け出した。シャナも段々と笑顔になっていって、逃げるみんなを捕まえようと躍起になっていた。
両手でスカートの裾を掴みながら、一生懸命走っていた。その姿はお世辞にも早いとは言えず、本気を出しているとは思えない、歩くような速さだった。
けれど、シャナはとても楽しそうに咲っていたんだ。シャナに追いかけられている女の子も、とても楽しそうだった。
「サフィー! そんなンじゃいつまで経ってもアタシたちを捕まえられないわよ!」
楽しそうにしているシャナたちを見ていたら、リラと一緒に逃げているエフェリアにからかわれてしまった。
わたしはちょっとイジワルになって、少しばかり本気で走ってリラとエフェリアのふたりを一緒に捕まえに行った。振り向いて腕を広げるリラの胸に飛び込んで、さっきリラがわたしにしたように頬擦りをする。
エフェリアのことは手に包んで、指で優しくお腹を擦ってくすぐった。
「うふふっ……あはは! やぁ! くすぐったい!」
途中からはリラも一緒になってエフェリアのことをくすぐっていた。目尻に涙を浮かべて、笑い疲れてしまうくらいにくすぐった後、エフェリアはわたしの手に凭れて息を整えていた。
「はぁはぁ……もう……サフィとリラのイジワル……」
「もう疲れちゃって動けないわ? 責任持って運んでよね」
「じゃあわたしもサフィに運んでもらおっと」
リラはそう言ってわたしの背に乗って腕を回した。わたしも仕方なくリラを背負って、落ちないように片手で器用に支えた。人間の感覚でリラを背負うと体積に質量が釣り合っていなくて、少し心配になってしまう。
背中にリラを背負って、胸の前に片手でエフェリアを抱いている。追いかけっこをして疲れただろうからと、ピクニックシートの方へと歩いていると、いつの間にかシャナと女の子も一緒に歩いていた。
「ふふっ、サフィ大変そうね」
「そうでもないよ。リラは羽みたいに軽いからね」
「でもそんなこと言うならわたしもシャナに運んでもらおうかな」
「さすがにふたりも背負えないわよ」
「じゃあ、あたしがシャナお姉ちゃんに運んでもらう!」
女の子がシャナの前に回って、両手を広げた。シャナとわたしは顔を見合わせて、思わず咲ってしまったんだ。
こうなってしまったら女の子の要望を叶えないワケにはいかない。シャナは「仕方ないわね」と言いつつも、嬉しそうに女の子を抱き上げた。
わたしたちが大きな赤ちゃんを抱えてピクニックシートまで戻ってくると、リラや女の子はまだまだ元気が有り余っているようで、シートの周りをぐるぐると回り始めた。
その間にシャナとわたしはお昼ごはんの準備に取り掛かった。エフェリアはピクニックバスケットの縁で休憩をしている。
ちょっと騒がしい、お昼の時間。外に磁器のお皿を並べて風と太陽の光を浴びながら広大な自然を眺める。なかなか味わうことのできない贅沢な時間だと思った。喧騒から離れた静かなひとときもいいものだけれど、大好きな家族や友だちの声が、温もりが近くにあるならもっといい。
シャナもエフェリアと楽しそうに話している。
お昼の準備が終わるとお転婆娘たちもお行儀よくピクニックシートにお座りした。そしてそのままお皿を取ろうとするものだから、わたしは思わず注意してしまったんだ。
「こら、ダメだよ。食べるのはみんなで一緒に」
「それに、食べる前には手を洗ってキレイにしないと」
「はーい」
お転婆娘たちは素直に返事をした。
女の子はリラの水の魔法で。シャナとエフェリアとわたしはわたしの水の魔法で手を洗った。ついでに浄化の魔法も掛けておく。
お手拭きで水気を取ったら、お待ちかねのお昼の時間だ。
シャナと女の子が手を合わせてお祈りの言葉を述べる。リラとエフェリアもそれに倣って目を閉じていた。
お昼はコルンムーメの分も用意してるんだ。だから、わたしたちがパンを食べているニオイに釣られて、遊びに来てくれたらいいな。なんてことを思っている。
これまでもコルンムーメはいつの間にかやって来ては見守ってくれていたから、今日だって来てくれるはずだ。そしたらシャナも、もっと咲ってくれるかな。
わたしはコルンムーメに早く来てほしいという念を送りながら、ひとり静かに『いただきます』をしたんだ。




