79話:お出かけの計画
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出窓を隠すカーテンの隙間から薄金色の光が射し込んで、薄暗い朝の部屋を淡く照らしていた。部屋に満ちた夜と夢の残滓は段々と温められて霧のように薄くなっていく。
それと共にバターと小麦の焼けるいい匂いが部屋に入り込んでくるように、わたしたちの鼻をくすぐり朝の訪れを告げていた。
おはようのキスを頬にして、顔を洗い、美味しいパンとスープを頬張る。リラの希望かおばあちゃんの気遣いか、朝のパンはふわふわのパンケーキに変わっていた。そして、日を跨ぐ度に美味しさが増している。料理人の食への追求を垣間見た気がした。
わたしたちがおばあちゃんの家に転がり込んで、ふわふわのパンケーキが店のメニューに追加されてから数日が経っている。
わたしたちに手伝えることはなく、お出かけをするか家の中で小物を作るかで時間を浪費していた。以前、お出かけをするときはシャナも誘うことにしようと決めていたけれど、当のシャナはお店のお手伝いをすると言って付いて来てくれなかった。
シャナは責任感が強いんだ。きっと、家に住まわせてもらっているから、なにかしないといけないと思い込んでいるのだと思う。シャナの顔は笑顔だし、とても幸せそうな顔をしている。無理をして笑顔を取り繕っているようには見えない、心の底からの笑顔に見える。
けれど、どうしてだろう。
やっぱりちょっと、寂しく思うんだ。
休憩時間に外を眺めるシャナは、どこか陰っていて遠い過去を懐かしむような顔をしている。今までずっと守ってきた山のことが気掛かりなんだと思う。それにあのオオカミの仔、コルンムーメのことだって心配だと思う。
だから、今日という日は駄々をこねてでもシャナと一緒にお出かけをすると決めていた。
作戦はこうだ。
上目遣いにつぶらな瞳でお願いをして、それでもダメなら泣き落とす。最後にはおばあちゃんに頼み込もうと思う。
完璧な作戦だね。シャナはおばあちゃんの言うことには弱いだろうから、先におばあちゃんを説得してしまえばきっと上手くいく。
朝ごはんを食べ終わって、水の魔法と浄化の魔法でお皿洗いのお手伝いをする。その後にシャナは女の子と一緒にお店と宿のお掃除へと向かって行ってしまうんだ。だから、エフェリアとわたしは先回りをして行く道を塞ぐように手を広げた。リラは後ろで出番が来るのをそわそわしながら待っている。
手を後ろで組んで、少し腰を曲げる。小首を傾げて仔猫のように甘えれば誰だって虜になる。はずだ。
「どうしたの? 通れないじゃない」
「シャナぁ……あそぼぉ……?」
「……ダメ、ダメよ。そんなお顔をしてもダメなんだから」
「私はお店のお手伝いをするから、遊ぶならあなたたちだけで行ってきて?」
「もう、シャナったらいっつもソレばっかり! たまにはアタシたちとも遊びましょうよ?」
「シャナだってあのオオカミの仔と遊びたいでしょ?」
「わたしもシャナと一緒にお出かけしたいなーっ」
エフェリアがシャナの手を取って、リラが後ろから手を回す。シャナはしばらく迷って、唸った後に手を解こうとするものだから、わたしはシャナが逃げられないように前から抱きついた。
そうして、とうとうシャナは友だちを振り払うことができずに困ってしまった。
「うぅ……おばあちゃぁん……」
「なんだい、たまにはいいじゃないかい。シャナのお姉ちゃんには充分過ぎるくらい助けてもらってるんだ」
「休むことだって必要だし、お友だちだって大切だろう」
「そうだよシャナ。このままだとシャナは働き蜂の妖精になっちゃうよ」
「どうしても遊んでくれないっていうなら、わたしたちはシャナのくっつき虫になっちゃうんだから」
「罪悪感を覚えるなら、山の見回りだと思ってお出かけしようよ」
「そうさね。シャナのお姉ちゃん、適度に働いて、適度に休むことが長生きのコツだよ」
「あぁそうだ。お嬢ちゃんたちさえ良ければ、孫も連れて行ってくれないかい」
「あたしも?」
「あんたもたまには遊んでおいで。子供は遊ぶのが仕事なんだから」
「お嬢ちゃんたち、いいかい?」
おばあちゃんは申し訳なさそうに苦笑した。恩人のシャナには友だちとめいっぱい楽しんで、休んでほしい気持ちもあるけれど、同時に孫に対しても同じ気持ちを抱いているのだろう。他のみんなが一緒になって遊びに出かけるというのに、ひとりだけ仕事をしているなんて寂しい思いはしてほしくないはずだ。
「もちろんいいよ。じゃあ今日はみんなで遊びに行こうね」
わたしはしゃがんで女の子の手を取り咲った。すると、女の子も同じようにそのかわいらしい顔に花を咲かせて、元気よく返事をした。
向日葵のような眩しい笑顔をする子だと思った。少しクセのついた、キレイな栗色の髪をしている。手はまだ子供特有の柔らかさを残した手をしていて、頬は温かいスープを飲んだばかりのせいか、少し赤みがかっていた。
わたしは思わず女の子の両頬を手で支えるように持ってしまった。すると、女の子は誇らし気な顔をしてはにかむものだから、ついつい、わたしも釣られて咲ってしまった。
「じゃあおばあちゃん、少しの間かわいいお孫さんを借りていくね」
「ああ、頼んだよ」
「帰ってくるのはいつ頃だい? お昼を過ぎるなら、パンを持ってお行きな」
お店に並んでいる美味しそうなパンを眺めて、みんなが好きなパンを詰めていく。それに加えてジャムやハチミツの小瓶に、デザートのリンゴを詰めればステキなピクニックバスケットの出来上がりだ。最後にオオカミのあの仔、コルンムーメのバゲットを一本入れることも忘れずにね。
そうして、わたしたちはステップを踏みながらお出かけへと店を出たんだ。リラにエフェリア、シャナと女の子、最後にわたし。みんなして白いシャツに鮮やかな色のついたスカート、黒いエプロンを着ていて、傍から見れば姉妹のように映るのだろう。
女の子は小さな手をシャナに差し出した。
「シャナお姉ちゃん、お手々繋ご?」
「うん。いいよ」
「青いお姉ちゃんも!」
シャナと女の子の微笑ましい姿を見ていたら、わたしも手を繋ごうと誘われて、その小さな手を取るのを少しばかり躊躇してしまった。向日葵のような彼女の笑顔は、わたしには少し眩しすぎたのかもしれない。
女の子の手を取って咲うと、太陽を見つけたかのように魂が鮮やかに彩られていった。
その温かさに触れたせいか、少し冷えていた手が、身体が温められていくような気さえした。他の誰かさえも心を穏やかにさせてしまう、その温かい笑顔をずっと見ていたい。
リラとエフェリアには。シャナやこの子だって。いつでもこんな風に幸せを感じていてほしいんだ。わたしの手が届く限りではそうあってほしい。
わたしは、彼女たちのこの笑顔を守れるだけの力があるだろうか。あってほしいと思う。もしなかったとしても、やれる限りのことはしたい。
五人の女の子が仲良く手を繋いで歩いている。その手を振って、ステップを踏みながら鼻歌を歌っている。
そよ風が道端に咲く草花やわたしたちの髪を揺らして、太陽は優しい光を届けてくれている。
こんな時間が、ずっと続いていてほしい。そう思ったんだ。




