76-1話:ふわふわパンケーキ
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翌日。いつものような平和な朝を迎え、美味しいパンとスープをお腹にしまい込んだ。
おばあちゃんやお母さんお父さん、女の子もそれぞれの仕事に取り掛かって忙しそうにしている。
お母さんお父さんは一番体力があるから、村へパンを分けに行っているらしい。村の人たちからもらった小麦や食料の分を還元しているのだとかなんだとか。
おばあちゃんは厨房で料理をしている。パン生地を練るのも体力を使いそうだけれど、山の傾斜のある路を歩き回るよりは楽なんだという。
女の子はお店のお掃除や店番を担当しているらしい。シャナも一緒に手伝っているそうだ。
そして、わたしたちはできる仕事もなく暇を持て余していた。
リラとエフェリアがおばあちゃんの料理を手伝えるはずもなく、お掃除や店番も怪しいところだ。そもそも露出を控えないといけない関係上、あまり店番は任せられない。ナンパなんてされたらたまったものじゃない。
ふたりはおばあちゃんが料理をしている様子をずっと眺めている。おばあちゃんが少しかわいそうに見えてくる。そこでわたしは思いついたんだ。
そうだ。パンケーキ作ろう。ってね。
「おばあちゃん、少し隣を借りていい? 少し作りたい料理があるんだ」
「おや、いいよ。お嬢ちゃんは料理ができるのかい?」
「疑うワケじゃあないんだけどね、食材は無駄にはできないからねぇ」
「ううん。大丈夫。小麦粉と砂糖に卵、あとは牛乳かな」
「パンを作る材料がほしいかも」
「となると……キプフェルでも作るのかい?」
「ふわふわのパンケーキを作りたいんだ」
おばあちゃんはパンケーキ……と首を傾げて呟きながらも、材料を用意してくれた。
「ふわふわっていうのがどれくらいかわからないけどね、魔力を混ぜるとふわふわになるよ」
「ほら、お嬢ちゃんもクロワッサンを食べたろう? アレは魔力を多めに使ってるんだ」
おばあちゃんが柔らかく仕上げるコツを教えてくれた。魔力はベーキングパウダーの代わりになるのだろう。だから、ふわふわなパンほど魔力でキラキラしてみえていたのかな。原理はわからないけれど、便利なものであることはわかった。混ぜる量だけは気をつけないといけないかもしれない。
「サフィ、サフィ! パンケーキってなぁに?」
リラはおばあちゃんがいることも忘れて名前を呼び、目を輝かせながらわたしに抱きついた。背中にリラの温もりを感じながら、材料を必要な量だけ計っていく。とはいっても記憶の中から朧気に覚えている内容を思い出しつつ、なんとなくで木製のボウルに混ぜているので美味しくできるかは少し不安が残る。
「ふわふわの柔らかいパンでね。ハチミツとバターをかけて食べるんだよ」
作り方は確か粉や砂糖を混ぜ合わせたものの半分くらいの量の牛乳を入れて、卵は一個のはずだ。これらを程よく混ぜて、焼けば完成するはず……なんだ、簡単じゃない。
木製のボウルに材料を入れていって、魔力を多めに含ませた水を数滴加えた。人に扱える魔力が基準なら、コレくらいで足りると思う。
最後に軽く混ぜた後、バターを挽いたフライパンに少し高めの位置から生地を落としていく。
こうするとキレイに丸くなるんだって読んだことがある。
ところでなんの疑問もなく砂糖を入れてしまったけれど、貴重品じゃないのだろうか。気にしないほうが良い気がしてきた。うん。そうしよう。
それにしてもなんだかフライパンを持つのが少し怖い。もしかしたら火が怖いのかもしれない。生き物が本能的に恐怖を感じる感覚というのだろうか。そのような得体のしれない恐怖が、ほんの少しだけあるような気がした。
そんなことを考えているうちにフライパンの上のパンケーキはみるみるうちに膨らんでいき、思っていたよりもふわふわなパンケーキになりそうだった。ここでうまくひっくり返せるかが腕の見せどころだと思う。リラやエフェリアにもわたしのかっこいい姿を見せるため、わたしは張り切ってパンケーキを返した。
「……よっ!」
「わぁ!」「とってもキラキラしていて美味しそう♪」
パンケーキはキレイな小麦色に焼き上がっていて、リラとエフェリアも楽しそうに跳ねていた。
ひっくり返されたパンケーキはさっきと同じように膨らんでいき、倍くらいの厚さになっていた。見ただけでもわかるふわふわ具合だ。ナイフを入れて食べるときが待ち遠しくなってしまう。
一枚目をキレイに焼き上げて、更にもう一枚焼いていく。そうしてちょうど三枚目をフライパンに広げたところで生地がなくなった。
リラとエフェリア、それでおばあちゃんの分でぴったりだ。わたしの分はエフェリアのを貰えばいいだろうから、問題ない。
お皿に分けたふわふわのパンケーキに、たっぷりのハチミツを掛けて、仕上げにバターの帽子を乗せてあげる。わたしが作ったパンケーキはキラキラしていた。比喩表現ではなく、物理的にキラキラと輝いて見えている。これはわたしが魔力を視覚に捉えられるから、パンケーキに含まれている魔力がそのように見えているだけにすぎない。けれど、なぜだかとっても美味しそうに見えるのは気のせいじゃないと思うんだ。
「さぁ、召し上がれ」
リラとエフェリアは待ち切れないと言わんばかりにパンケーキにかぶりついた。エフェリアはともかく、食べ方を教えていなかったのは失敗だったかもしれない。
ふたりはとても幸せそうな顔をして、黄色い声を上げながら頬を押さえて喜びを表現していた。
「ん~っ♪」
「あぁ、もう! ナイフで切り分けて食べるんだよ」
「ゆっくり食べないともったいないよ」
熱々なのにもかかわらず、小さなお口の中いっぱいにパンケーキを放り込んで、リスみたいに頬を膨らませていた。幸せが身体から溢れ出てくるようで、ふたりとも身体を揺らして跳ねていたんだ。
そんなに喜ばれてしまうとこれほど嬉しいことはないけれど、なんだかむず痒くなってしまう。
「おばあちゃんも食べようよ」
「えぇ? おばあちゃんかい? そしたらお嬢ちゃんの分がなくなっちまうじゃないか」
「わたしはこの仔のを後で貰うからいいの」
「ほら、一緒に食べようよ」
「わかったよ。ちょいとお待ち」
おばあちゃんはそう言うと、キリの良い所で料理の手を止めてテーブルに着いてくれた。おばあちゃんはあらためてパンケーキを興味津々に眺めて、ナイフを入れた。その刃がなんの抵抗もなくパンケーキの中に沈んで、ハチミツと溶け始めたバターが切り口に流れていく。おばあちゃんは琥珀色に染まったパンケーキを持ち上げて、ゆっくりと口の中に持ち込んだ。
すると、ゆっくりと身体を反らして、片手で目を覆った。
「――ほぅ……あぁ、なんてこったい。こりゃ参ったねぇ」
「おばあちゃんの知ってるものと違うからどんなものかと思ったけど……お嬢ちゃんはこれをどこで知ったんだい?」
「えっとぉ……それはほら……そうだ、冒険者って人からだよ」
「冒険者ねぇ……なかなかやるじゃぁないかい」
「価値観に囚われないからこそ生まれるものがあるってことかねぇ」
わたしは咄嗟に誤魔化した。深い理由はないけれど、前世だとか転生だとか、そういう話はしない方がいいだろう。それにしても冒険者という言葉は便利そうだ。今後はわたしの身代わりになってもらおうと思った。冒険者なら転生者であっても不思議じゃないだろうし、色々なところを冒険しているからこその冒険者だ。疑われる隙がないね。
わたしは多少の罪悪感に苛まれつつ、ハチミツとバターで胸の中に飲み込むことにした。




