逍遙の騎士
暗い空から、舞い降りる。
その姿は、女神ウルズだった。
「正しき道を選んだようですね。」
ウルズ様は感心したように頷く。
「………あなたたちに報告があります。」
ウルズ様は俺たちに言う。
「魔界へと向かってください。」
「そ、それはどうしてですか?」
ヤテンさんは問いかける。
「………老神イデロスが反旗を翻しました。」
ウルズ様は悔しそうに、呟く。
「ここまできて何故……本当に無念になりません。」
そして、言った。
「矢巾素空、あなたに最後の試練として、前任者老竜イデロスの討伐を命じます。」
「…………はっ?」
訳がわからなかった。
イデロス。俺に力をくれた存在。
仲間がピンチのときに助けてくれた存在。
この世界に来るきっかけ、そもそもこの世界が作られたのは、イデロスの力だったはずだ。
「な、なんで……どうしてですか?」
「死者蘇生の儀式を行いました。」
「死者……蘇生……?」
「この世において絶対的な禁忌を犯した。もはや、言い逃れはできません。」
「ま、待ってください。もしかしたら、何か事情があるのかも。」
「事情の有無など関係ありません。死者の蘇生など、万人が望む。ゆえに、絶対的にこれまで一人として、それが許されてきた者など、いなかった。新たな世界を作ったのは、それが目的だったのですね。」
ウルズ様は、歯を食いしばって俯き、
そして、俺たちに問う。
「神々の総出で跡形もなく、消し去ることはできます。しかしそれでは、イデロスがあまりにも不憫ではありませんか。イデロスは優しい。それは多くの神々が知っていることです。……だからどうか、お願いします。イデロスを助けてあげてください。」
ウルズ様の頬には、涙が伝っていた。
「………分かりました。」
俺は言う。
「必ず事情を聞いて、それで最後にみんなで仲良くお別れをしましょう。俺はその手伝いをします。」
「ごめんなさい。どうか、よろしくお願いします。」
ウルズ様が泣いているのを、
しばらくヤテンさんとルルが慰めていた。
俺は、呆然としてしまっていた。
「どうして………」
死者の蘇生。
姉ちゃんの姿が思い浮かぶ。
しかし、
ウルズ様は言った。
「これから、未知の大陸エデンへと送ります。」
「………えっ、これまでの場所は未知の大陸、エデンではなかったのですか?」
「えぇ、アルテミスに聞きませんでしたか?次元の異なる空間であると。」
そう言えばそんなことを聞いていた気がする。
目の前のでかすぎるリヴァイアサンに気を取られていたけど。
「えっと、ウルズ様。直接魔界に送ってくださることはできませんか?」
ヤテンさんはウルズ様にうかがう。
「それは………」
「ごめん。私が作った特殊なシステムバリアのせいかも。」
ルルは気まずそうにそう言う。
「私のシステムにイデロスの神の力が加わって、人間界から魔界に向かうときにはとんでもない強固なシステム構築になってるから、神様でも突破できないとか、そう言う感じかなって。」
「………その通りです。まぁ、仕方がありませんね。」
ウルズ様は言う。
「しかし、これまで進んだ道のりの分は、しっかりと記録されているようで、ちょうど中間辺りからとなるかもしれませんね。」
「実は、そろそろ食料が尽きてきちゃって……」
ルルはお腹を鳴らしながら言う。
「現地で調達すればいいわ。」
ヤテンさんがさも当たり前かのように言った。
「そ、そうですよねぇ。」
ルルはへなへなとへたり込む。
「準備は良いですか?行きますよ。」
「あ、あの、空中から飛ばすのやめてもらいたい………」
言い終わる前に遥か上空に飛ばされた。
「やっぱりこうなるよね。」
ルルは諦めたように言った。
「今度はしっかりと制御するわ。」
ヤテンさんは空中で杖を構える。
「………………」
そろそろ慣れてきたなと思う俺であった。
ヤテンさんいつもありがとう。
最近、漫然とした不安が広がる。
私は、みんなの役に立っているのだろうかと。
明らかに、私はみんなの戦いについていけてない。
いざと言うとき、私が足を引っ張って、
2人に何かあったら、私は…………
「ヤテンさん!」
「は、はい!」
顔を向けると、素空が心配そうな顔をしていた。
「大丈夫ですか?顔色が優れませんけど。」
「だ、大丈夫よ。」
「えーっと、これ!」
ルルがバックから取り出す。
「どこにでも貼り付けられるテープ!これ目印になるんだよね!あと、強力な懐中電灯と………あっ!ぺっちゃんこになってるけど、非常食もまだ底の方にあったよ!」
ルルは明るく言う。
「ヤテンさんがちゃんと準備してくれてたおかげで、何とかなりそうですね。」
素空が笑顔でそう言ってくれる。
「……うん。ありがとう。」
私は少し気持ちが軽くなった。
森林と霧に囲まれるなか、私たちはテントを張って、野宿をした。
私は上を見上げる。
横には2人。
ぐっすりと眠っているようだ。
「………………」
ガシャリ、ガシャリとまだ音は遠いけれど、
外で金属音のようなものが聞こえる。
きっと、あれだ。
私はそろーっとテントを出る。
伝記を全て読んだから、対策は知っている。
木の棒に、火をつける。
そして、それを誘導したい方向に投げる。
すると、やはり伝記に書かれていた通り、少し足を止めた後、音を聞くと、その方向に歩き出したようだった。
そして、一度向きを変えたら、火事にならないように水の魔法で火を消しておく。
すると、方向を変えた逍遙の騎士は、そのままその方向へと進み続ける。
しばらくして足音が遠ざかっていく。
「よし。」
「ヤテン。どうしたの?」
ルルが眠い目を擦りながら、テントから出てきた。
「何でもないわ。明日もよく歩くでしょうから、もう一度眠りましょう。」
「はーい。」
私は、ルルの背中を押してテントに入る。
そしてふたたび、静かに眠りについた。
「ヤテーン!おっはよー!!」
「おはよう。ルル。」
「ヤテンさん、おはよう!」
「おはよう。素空。」
朝起きると霧は晴れていた。
ビニール袋に溜めて結んでおいた水で、
2人は顔を洗う。
「ぷはーっ!ヤテンさんありがとう!」
「ヤテン!すっきりした!」
「よかったわね。さぁ、ご飯食べましょ。」
薪の重ねられた火の上には、肉が串に刺して、
置かれ、山菜のサラダがビニールに塩で揉まれて、
美味しく、並べられていた。
「美味しいー!!!!ヤテン、ありがとう!」
「どういたしまして。」
「ヤテンさんは、本当に料理が上手だね。」
「そうでもないわよ。」
私は、いつも支えられている。
こんな日常が私の心の支えになっている。
お母さんとお父さん、師匠には、もう会えないけれど、
私は、すごく幸せだ。
気づけば、素空の持つ黒石は割れていた。
心の隙をつけ狙う、悪神は既に離れている。
「ヘル。あなただったのね。」
「ウルズ、私が嫌いなものを知っているか?」
「嫌いなもの?」
「日常だよ。私にはもう手に入らない。仲睦まじく過ごす、家族や仲間との絆。」
「あなたが努力すれば、今からでも手に入るわ。」
「いや、私はもう罪を冒し過ぎた。」
ヘルは手の中で小さく、黒く光るものを大事そうに抱えている。
「ウロボロスが、標的にされると知って、何とか助けようと思った。それでも、彼らを見ていると救いになるのではないかと、もう苦しみから解放してあげられるんじゃないかと、そう思ってしまった。」
「………そう。」
「これからは静かに安らかな場所で暮らそう。争いのない平和な場所で。私はできるだろうか?」
「えぇ、もちろん。できるわ。」
「へへっ、そうか。」
ヘルは少しやんちゃそうな子どものような笑顔で、上を見上げる。
「それじゃあ、さよなら。」
「えぇ、またいつでもいらっしゃい。」
そうして、2人は地獄へと帰っていった。
生まれ変わったら、またいい子でおいでなさい。




