『清楚系ビッチという言葉もありますよね!!』『見た目と中身の違いをそんな言葉で表現すんな!!』
どうやら僕は攫われてしまったらしい。
はあ。ふうん。
人生長く生きていれば色々あるもんだなあ。
いやいや、僕はまだ高校生。全部のことを否定して捻くれて嫌いになって、未来にそんなことがあった時期を思いだして頭を抱えるために存在しているような、黒歴史製造期であって、まだまだ長く生きていればーなんて言えるほど生きてはないんだけれどね。
はああ。なんだよ。
はあ。
はあーあ。
「ため息うるっせえな、お前ッ!!」
僕の隣で、髪を青色に染めている男子が叫んだ。
なんだよ、お前みたいなのに構ってる余裕も元気も僕にはないぞ。叫ぶ系のボケに付き合うのはそれなりの体力とテンションが必要なんだぞ。
「お前、人質のくせに態度がでけえな」
青髪が額に青筋をたてながら言う。
人質? 僕が? なんの?
「決まってんだろう。布令茜を呼び寄せるための人質だ。いや、この場合は餌と言ったほうがいいかもしれないな」
人質?
餌?
僕が?
茜さんを引き寄せる?
こいつは一体、なにを言ってるんだ。なにを言っているつもりなんだ。もしかして知能指数が著しく低下して、言語能力も同じように落ちてしまったのだろうか。そうなる意味が分からないし、そう繋がるのも分からない。
ただ、周りの人はそうとは思っていないようで、様々な髪の色をした不良が、血気盛んで野蛮な雰囲気を醸しだしている。
こいつら全員、茜さんにお礼参りしたいというのだろうか。
僕を攫うなんて遠回りすぎる行動をしてまで。
不良。
不良……。
ああ、ダメだ。髪が真っ黒になってしまった茜さんの姿をまた思い出してしまった。忘れようとしているのに。
あーあ。
こいつらホントに使えないな。
「おい、誰だこいつを餌にして布令をおびき寄せようと考えたやつ! こいつうぜえぞ!!」
「お前がじゃんけんで負けたのが悪い」
青髪が向こうの方でトランプで遊んでいる仲間に向けて叫んだが、仲間はうっとうしそうに払いのけた。
ここはどこかの倉庫の中だ。
海の近くの倉庫。多分貸倉庫だ。
使われていない貸倉庫にたむろする不良たちというのは、まあよく聞く話ではある。
はあ。あーあ。茜さんが不良じゃあなくなってしまった。
僕はこれからどうすればいいんだろうか。
いいや、もう。とりあえずなんか話して気分を紛らわそう。
「なあ」
「あんだよ。お前を殴ることは許可されてんだぞ」
「でも殴らない」
「まあ、あの女がキレたら面倒だからな。それで、なんだよ」
「前にも僕ら、会ったことありますよね?」
「もちろん」
青髪は答えた。
今頃かよ。と言わんばかりに。
「お前から金をふんだくろうとしていたら、あの女がやってきて俺らは病院送りだ。まったく、ひどいことしてくれるぜ」
酷いことはどっちがしたのだろうか。
酷いことをした人間は酷いことをうける権利がある。
義務ではない。
義務だったらみんなひどい目にあってしまう。
ああ、あの時の不良か。
あの時の、茜さんを好きになるきっかけの不良か。
格好良かったなあ。
格好が良かったなあ。
あの特攻服。風で舞う、マントみたいな服。漢字ばかりで、意味はひとつもない服。
もう二度と着てくれないのだろうか。
それはとてもとても残念だ。
はあ。と再びため息。
頭を落として、持ち上げる。
目の前の青髪の首が締められていた。
壁からにょきっと伸びた白い手によって、まるで鶏みたいに首を締められていた。
青髪は倒れる。同時に壁からにょきっと伸びた手――正確に言うならば、壁を貫いて伸びた手が壁を破壊した。
姿を現したのは、黒色の髪をした女子だった。
制服はしっかりと着こなしている。
歳相応に、スカートの丈は短い。
靴下は校則通り白。
ローファーには汚れひとつない。
もちろん、特攻服なんて着ていない。
けれども、その表情はどこをどう見ても不良そのものであった。
嫌いなモノをメチャクチャにすることに、なんら抵抗もない。
酷いことをしていない人も酷い目にあわせる義務が自分にはある。と言わんばかりの表情である。
「はあ。はあ。なるほどなあ。どうりで、どうりで、あたしの目の前でこいつが攫われるはずだ」
「布令が来たぞ!!」
「名前通りに生きている女が来たぞ!!」
周りの不良たちが慌て騒ぎ立つ中、煙に巻かれながら茜さんは不機嫌そうな表情を崩すことなく、周りを睨む。壁の向こうには何人もの倒れている不良がいた。
どうやってここに来たのか分からなかったけれども、どうやらそこらを歩いていた不良たちを叩きのめしてここにやってきたらしかった。
茜さんと言えば茜さんらしい。
とりあえず困ったら暴力。
実に不良だ。
「どうしてあたしを釣るための餌としてこいつが選ばれたのかはさっぱり分かんねえが」
「お前がいつもそいつといるのは調べがついてんだよ。どうせこいつはお前の――」
言っていた不良が吹っ飛んだ。
どうして吹っ飛んだのかはさっぱり分からない。茜さんの立っている位置が、さっきまで不良がいた位置で、その手が拳を握っているのをみて、どうにか茜さんが殴ったのだということが理解できた。
茜さん。強い……。
「ストーカー相手に、そんな疑惑をつけられるのはすげえムカつくなあ」
ぶちり。という音がして、貸倉庫の中はぶっ壊れた。
***
「ふん。ったく、ふざけた勘違いをする奴らもいたもんだな」
あたしはムカつきを隠すことなく、純粋に吐き出しながら、貸倉庫を後にした。
後ろからついてくる須藤は、なにか考えこんでいるのかずっとだんまりのままだ。
このストーカーがなにも話さないというのは、どうも気色が悪い。
あの貸倉庫の中にいた不良は全員殴り伏せた。叩き潰して、ひれ伏させた。
あれだけやれば、もう二ヶ月ぐらいは静かでいてくれるだろう。たった二ヶ月の平穏だけれども、ないよりはマシだ。あいつらも少しは学習することを知ればいいと思う。
「…………」
ストーカーは黙ってる。
不気味なんだけど。
「なあ、おい」
あたしは言う。
「なんか言えよ。お前がだんまりしていると、それはそれで違和感がある」
「勘違いしてました」
「なにが」
「不良についてだよ」
「なにを」
「不良は格好いいものだと思ってた」
格好がいいものだと思っていた。
「けれど、それは違ったみたいだ」
須籐はあたしの前に跪いた。
跪いた? え、ちょっと待って。なんで? なんで? 気持ちわるっ。
そのまま、須籐はあたしのローファーに向かって、顔を近づけて口をつけようとして──蹴とばした。
顔面にローファーが食い込む。口の奥に、つま先がめり込む。
え、ちょっと待って。今こいつキスしようとしたのか? 気持ちわるっ。気持ちわるっ。気持ちわるっ!!
「なにしようとしてるんだてめえ!!」
「不良は見た目ではない。中身だということが分かったんです!」
「だからなんで靴にキスしようとしてんだよ!」
「そういう流れだと思ったからです」
「どういう流れだ!」
「ノルマ達成」
「うるせえ」
もう一回蹴った。幸せそうな顔がすさまじく気持ちわりい。
口と鼻から垂れる血をぬぐいながら須籐は言う。
「あなたはやはり不良だ。素晴らしい不良だ。惚れ直しましたよ、僕はあなたにつきまといますよ、不良なあなたにつきまといますよ!!」
どうやらこいつからはまだまだ逃げることができないらしい。
なんだこの呪いの装備みたいなやつは。
あたしは頭を抱えつつ、須籐の頭を踏んづけた。