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マホロバ堂書店でございます  作者: 木下秋
揺れ動く、面々と日々
33/33

夏目慧

「遅れました! スミマセン」


「遅ェ! 遅ェぞ夏目!」


「まぁ赤木さん。夏目くんも遅れようとして遅れた訳ではないんだから……」


「うん。光くんの言う通りだよ。電車が遅れたんじゃあ仕方ないよ」


 夏目慧は額に汗を浮かべ、肩で息をしていた。まだ四月だというのに、夏が予定よりも早くやってきて居座っている。夜の黒は湿気を含み、風も吹かない為に漂った。

 赤木禅は腕を組み、夏目を睨んだ。しかし、慧は知っている。赤木が、見た目ほどには怒っていないと。もう、長い付き合いだった。

 倉田光は「久しぶり」と言って、慧に右手を差し出す。慧はそれに応え、握手をする。変わらぬ大きさと、力強さを感じさせる手だ、と、慧ははじめて光と働いた日のことを思い出していた。

 小川千映里は昔と変わらぬ優しさでもって慧を擁護すると、「元気?」と声をかけた。笑うと眼が(はたから見て)見えなくなってしまうのが、昔と変わってない。変わったことといえば、髪をバッサリ切ってショートカットにしていることか。


「走ってきたの?」


 奥にいた人物が、話しかける。

 宮澤信。マホロバ堂書店、()店長。


「あっ、店長」


 慧がおもわず癖でそう言うと、信は訂正せずとも、笑った。


「さっ、飲もうよ」



 ――あれから、五年が経っていた。



 マホロバ堂書店が晴種駅の再開発工事によって閉店を余儀無くされたのは、二年前のことであった。慧は当時大学四年生で、就活を機にマホロバを辞めていた。光は介護福祉士として働いており、禅は家の寺で坊主として修行中だった。よってマホロバ堂書店にとって最後の営業日、店に出ていたのは千映里と店長であった信、そして――延原藍だった。



「延原さん、元気ですかねぇ」


 一杯目のビールを飲み終えた光が、誰にともなく言うと、慧と禅は少し、緊張した。

 二人とも、延原に告白し、フられていたからだ。


「うん、向こうでも本屋さんで働いてるんだって」


 千映里が言った。


 マホロバ堂がなくなって、皆がどうしていたのかというと、信はマホロバ再建の為、物件を探していた。また一から書店をはじめようとしていたのだ。

 慧は一年間の就活も虚しく、結果に繋がらずフリーターとなっていた。隣町の書店で千映里と二人そろって、またアルバイトをはじめた。

 そして、藍はというと、密かに勉強していた英語を活かしたい、また自らの世界観を広げたいとのことで、アメリカに旅立った。ニューヨークで一人、安アパートで暮らしながら近くの書店で働き、休みの時間には外に出て、様々なものを見て回っているのだという。

 藍が向こうに渡って、もう一年近くなる。彼女は日本を発つ時、皆に「マホロバが復活したなら、すぐにでも帰ってくるわ」と残し、行ってしまった。――そして数日前。ついに信は新しいマホロバとなりそうな物件を見つけた。最近潰れた書店。棚などはそのままで、いわゆる“居抜き出店”が出来そうな場所だった。

 今日こうして懐かしのメンバーで集まっているのには、そういった理由があったのだ。『マホロバ堂書店の復活祝い』。そしてもう一つ、集まったのには理由があった。


 千映里の薬指で、輝く指輪(リング)


「いやーしっかし、光と小川さんが結婚とはなぁ……」


 赤木がしみじみ言うと、酔った千映里の顔がますます赤くなった。「付き合ってたってことすら、知らなかったぜ?」


 「おれも知らなかったですよ」。慧が続く。「なんで言ってくれなかったんですか?」


「ヤ、小川さんが内緒にして、って言うからねぇ」


「オイ。二人でいる間も“小川さん”て呼んでるのか? そんなわきゃあないよなぁ。なんて呼んでるんだ? エエ?」


 禅は僧らしからぬ絡み方で光を問い詰める。光は両手でガードしつつ答えるのを拒否し、千映里と信はそれを見て笑った。



 時は過ぎる。



 慧は腕時計を見た。頃合いを見て、その場を離れなければならなかったのだ。


 カバンの中を、何度も確認したはずなのだから無いはずは無いのに、確認してしまう。


 そこには、飛行機のチケットがあった。


 慧は、諦めていないのだ。

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