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マホロバ堂書店でございます  作者: 木下秋
揺れ動く、面々と日々
32/33

倉田光

 午後五時。太陽は名残惜しむかのように、空にまだ残っていた。春先とはいえど、夕方にもなると冷たい風が街を吹き抜けた。

 夜のバイトメンバー、赤木禅が責任者をやることになって、早速彼が今日の夕礼を仕切ることになった。


「あー……。夕礼やっか。連絡は特になし。レジ誤差はなし」


 慣れない様子の禅の目の前には、一人の大男が居た。

 倉田(クラタ)(コウ)。歳は赤木の一個下で十九、大学三年生。身長は百八十二センチと、赤木とほとんど変わらない身長であったが、彼とは『質量』がまるで違っていた。柔道の選手か、はたまたラグビー、アメフトか。――実のところそのどれでもないのだが、しかし彼はガタイが良かった。特にスポーツをしている訳でもなく、彼がここまでの逞しいプロポーションを保てているのは謎とされている。彼曰く、「筋トレはマメにやっている」とのことだった。

 レッドウイングの赤いブーツにベージュのチノパン、ピチピチのTシャツに白のパーカーを羽織った彼は、赤木にたずねた。


「赤木さん」


「なんだ」


「夏目くんが来てないようですが……」


 夜は三人の店員が、店に立つことになっている。

 しかしこのバックヤードには、二人っきりしかいない。


「それなんだがな。さっきアイツから電話があって……電車が止まってるらしい」


 禅は気だるげにいうと、光はナルホド、と頷いた。


「やってくれるぜ。俺ァ今日責任者初日だってのによ」


「ヤ、彼が悪いわけではないですよ」


「んなこたわかってんよ!」


 禅はいった。光はニコやかに微笑んだ。二人は知り合って一年になる。禅が悪気なく荒い言葉遣いで話そうとも、光はいちいちうろたえたりなどはしない。


「夏目がくるまで、千映里さんが残ってくれるらしい。延原さんも例のごとく、七時くらいまでは残ってるだろうしな」


 禅が扉を開ける。光もそれに続いて部屋を出る。二人は客とすれ違えば挨拶をし、本棚に乱れがあれば直した。呼吸をするように、自然に。地味ではあるが、それが彼らの仕事だった。



     *



「アメコミ、あれから動きませんね」


 光は千映里にそう話しかけた。コミック棚にて、二人は補充分を棚に差していた。

 視点を少し動かすと、ほんの少しのアメコミコーナーが見える。


「そうねぇ……」


 そこには、四冊のアメコミが置いてあった。左から『バットマン・アンソロジー』、『アントマン』、『アルティメッツ』、『シビル・ウォー』。どれも光が千映里に取り寄せてもらったもので、「一冊売れたら一冊追加」のルールはまだ生きているが、もう一ヶ月は売れていない。


「夏には『アントマン』の映画がやりますから、その時期なら売れると思うんですけど……」


 光は落胆した様子を隠すことなく、千映里にいった。――というよりも、彼は心境が表情に表れてしまうのを、隠すことのできない男だったのだ。


「まぁまぁ」


 千映里は明るく振る舞い、いった。


「そんなに気落ちしないでよ。そりゃあ自分で取ったものが売れないとヘコむけど、でも売れた時の喜びも大きいじゃない?」


 コミック担当である千映里には、光の気持ちがよくわかった。光は申し訳なさそうな顔で千映里を見る。「売れる!」と豪語してわざわざ取り寄せてもらったアメコミが売れないことで、彼は責任を感じてしまっているのだ。

 千映里は光を気遣った。


「売れない時は売れないもんだし、売れる時は『ナンデッ⁈』ってなくらい急に売れたりするもんよ。まだまだこれから! きっと売れるって。絵もキレイだし。なんならわたしが買ったっていいよ」


「ヤ! もし夏までに売れなかったら、オレが買います」


「そこまで責任感じなくたっていいってぇ!」


 返品してしまえば、お金は戻ってくる。書店業界の大きな特徴だ。


「ヤ、オレ、普通にコレ欲しいんですもん」


照れくさそうに、光がいった。「あ、そーなの」千映里は笑った。


 それでも千映里は、彼のすきなアメコミや、それを原作とした映画を、それまでは全く興味もなかったのに、見てみようと思っている。

 彼のすきだというものは見たいと思うし、彼が『おいしい』といったものは、食べたいと思う。(なんでだろう?)千映里は不思議に思った。そのこたえは、心の奥底をもうちょっと探ってみたなら、見つかりそうな気がしていた。

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