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11 解決編を始めましょう

 告白場所として体育館裏というのはメジャーなスポットである。学校の内外を分ける高いフェンスとそれよりも大きくそびえ立った体育館に囲まれ、隔絶されたスペースに人が立ち寄ることはほとんどない。それ故に人目を忍ぶカップル候補生達はこの場所でそれぞれの想いを確認しあうのだ。

 でも、と僕は放課後、体育館裏のベンチに座りながら思う。ちょっとムードが足りないよな。

 木製のベンチや秋にはどんぐりを地面に落とす落葉樹で憩いの場を演出しようとしているわが校の体育館裏だが、一年中太陽からの光を遮られてじめじめとした暗い雰囲気、体育館の小窓から漏れるバスケ部やバレー部が発する騒音が居心地の悪さを作り出している。日差しから逃げたくなる夏ならともかく、今は陽だまりが恋しい冬だ。そりゃ人も立ち寄らないよね。

 今この場所に似合うのは飲酒や喫煙、いじめによる私刑、制裁という暴力だ。

 暴力。

 今から僕は呼び出した相手にそれを行うのだ。考えていると気分が重たくなってくる。殺人鬼になった人たちは殺す前にナーバスになったりしないのだろうか。

 もうけっこうな時間ここに座っている気がする。このまま何も起きない方が良いような気がしてきた。

 だが、件の人は姿を現した。

 僕が呼び出した人、それは幅桐時雨――河澄さんの幼馴染である。

 幅桐は座っている僕に気づいて会釈をし、口を開いた。

「あの……この手紙ってあなたが……?」

 幅桐はポケットから便箋を取り出して僕に見せた。それは紛れもなく昨日僕が彼女の下駄箱に入れておいたものだ。

 内容は『あなたの秘密を知っています。今日の放課後、体育館裏に1人できてください』と簡潔にそれだけだ。それこそ、まるでラブレターみたいになってしまった。

「そうだよ。君に尋ねたいことがあるんだ」

 僕は立ち上がり、俯いて歩きながら言った。

「どうして僕を殺そうとしたの?」

 幅桐はおどおどした様子で答える。

「えっ……と、言っていることがよくわからないです」

「とぼけても無駄だよ。鎌をかけてるわけじゃない、僕はただ単に知りたいだけなんだ。何も言わないならそれまで。君を殺すという僕の意思は変わらない」

「なんで……ですか? 私があなたを殺そうとしたなんて……どうしてそう思うのですか?」

「応える必要はない。君はここで死ぬんだから」

「言えよ」

 空気が変わった。目の前の少女がまるで一瞬で取り換えられたような気がした。別に今までのが全て演技というわけでもないのだろう。ただ、彼女はもう一つの面を持っていたのだ。

「私の殺意の理由を教えてあげるから、言ってみなよ」

 幅桐は決定的な一言を放った。正直にいうと、最後までしらばっくれていたら殺す勇気が出なかったかもしれない。

 僕は幅桐が犯人だとした道筋を説明することにした。


「始めに言っておくけど、僕は君が絶対に犯人だと確信していたわけじゃない。ささいな嘘や勘違いで推理というものは崩れるからね。一番犯人である確率が高かったのが君なんだ。

 推理の前に僕は勝手ながら2つ前提をつくった。一つは容疑者を僕の知り合いに絞ること。本当はこの町のすべての人間が容疑者になるんだけどね。まあ、僕個人を狙ったことと、駅前で必要以上に体型がばれない格好をしていたことを根拠にしてもいい。シークレットブーツも履いてたよね? 二つ目は、河澄さんのことを無条件に信じること。これは本当にただの自分勝手だ」

 僕の勝手な片思いが理由だとは言えなかった。幅桐は黙って僕の話を聴いている。

「その前提から、僕があの喫茶店で教えてもらった知識は正しいと決めつける。もし冗談や誇張があったら、河澄さんが間違いを正しているだろうという理屈でね。

 次に寮の事件を考察しよう。ドアや正門の破壊は実際にどうやったのかはわからないけど、窓枠を外したのはこの耳で聞いていたからわかる。明らかに普通の人にできることじゃない。だから犯人は殺人鬼であると僕は考えた。ここで1人容疑者から外す。委員長、だと分からないか。白鷺大地。君が殺したんだろうから名前ぐらいはわかるよね? 彼は二週間前、ドアノブが外されたのと同じように、首をちぎられて死んだ。彼がその時殺人鬼になったと仮定しても、殺し慣れているという現場の状況と一致しない。だから彼は犯人でない。

 次。……ちょっと聞きたいんだけど僕があのとき寝ていたのがいつもと違う部屋だって知ってた?」

「こういうのって犯人に聞くのは反則なんでしょ?」

「答えないなら別にいい。とにかく普通なら寮生以外の人間にはそんなことがわかるわけないんだ。だけど犯人は一直線に僕の寝ていた部屋に来た。そして僕を殺し損ねた後窓から飛び降り、正門から逃走した……のはフェイクの可能性がある。つまり正門は予め壊しておいて、こっそり寮に戻るわけだ。しかし、僕はこれはないと判断した。なぜなら寮生なら正門を壊して外に出ようなんて思わないからだ。君は背が低いから門を上るのはたいへんかもしれないけど、正門のもう少し向こうに勝手口があるんだよ。だから偽の証拠として正門の破壊というのは自分の能力を晒してまでつくるクオリティの物ではない。リアリティが無いんだ。結局、正門の破壊は犯人の逃走の跡で間違いないという結論が出る。

 こうして寮生を容疑者から外すと誰も犯人に成り得ないということになってしまう。この謎を解くにはもっと単純に考えればいい。すなわち犯人は「ある人物の位置を大まかに把握する能力」を持っていたんだ。これは物を破壊した能力とはどう考えても別のものだ。これで僕は犯人の二種類の能力を把握した。

 そうなると鈴懸さんと黒松さんは容疑者から外れる。彼らはそれぞれ別の能力を持っていると僕は知っている。そしてその黒松さんに符崎さんは夕食を食べて帰ったと聞いた。つまり僕が駅前で襲われた時はまだ喫茶店にいたことになる。だから彼女も犯人でない。これで君以外の容疑者は消えたよ」

 僕はふぅと息を吐く。自分の考えを順序立てて話すというのは結構つかれるものだった。

 幅桐は少し不満そうに言う。

「あなたって知り合い少ないのねとは言わないわ。消去法には別に文句はないけど、私が殺人鬼だっていう根拠とかないの? 世の中殺人鬼だらけってほどでもないんだよ?」

「ああ、それなら初めて会ったときからそうじゃないかって思ってた」

「なんで? 殺人鬼でもないのに……」

 驚いた顔をして幅桐が言った。理由なんて直感に近いものなのでわざわざ言うのも恥ずかしいのだけれど、僕は正直に答えた。

「だって君と河澄さんはどうみても友達だろう?」

「それは私とゆーちゃんが幼馴染で……」

「違う。それは昔の話だ。今も河澄さんと友達でいるのは君が殺人鬼だからだ」

 僕のような特殊な場合を除いて、河澄さんは殺人鬼以外には心を開けない。だからあの喫茶店は彼女のお気に入りなのだろう。

 幅桐はそれで納得したように頷いた。

「うん。あなたはゆーちゃんの友達なんだよね。でもさ、そこまでわかっているなら私の動機もわかっているんじゃないの?」

「他人の気持ちなんてわからないよ。ましてや殺人鬼の気持ちなんてね。……でも答え合わせをしようって思っていたのは認めるよ」

 そうだ。僕は目を逸らしているだけなんだ。本当はわかってる。

「じゃあ、本当の解決編を始めましょう。ねぇ死神君?」

 僕は死神と呼ばれていた。

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