12 死ね
「そのあだ名って有名になっちゃってるの?」
と、僕は幅桐に尋ねた。ここからは僕が質問をする番だ。
「別に広まっているわけじゃないわ。私がゆーちゃんからあなたの話を聞いてから、どんな奴なのかを聞きにいった相手がたまたま死神の力を身を持って体験していただけ。しかもあなたの話をするのが恐ろしいらしくて、いまいち死神の力というのがわからなかったし」
「ふーん、別に話すぐらいなら関係ないと思うんだけどね。で、詳しく知るために委員長に何回死んだかなんて聞いたんだね」
そのとおり、と幅桐は僕を睨みながら言う。
「『12回だ』ってあの人は答えた。……平気な感じで言うから聞き間違えたのかと思った。あの人もちょっと変だよ」
「いやいや、委員長は優しくて合理的すぎるだけさ。むしろ皆あんな感じだと期待していたんだけど。君たちにとって死はそれほど怖いものじゃないはずだろう? だというのに死の呪いには拒否反応を示すんだ。僕はがっかりしたよ」
「それほどにあなたが規格外なんでしょう。クラスメイトの8割を殺しておいてよく言うわ」
「殺したなんて人聞きが悪い」
ただ勝手に死んだなり、殺されたなりしただけだ。僕は本当に何もしていないんだ。ただ知り合ってしまっただけ、同じ教室に居ただけなんだ。
僕が産まれたとき代わりに母が死んだ。別に病弱だったわけじゃない。帝王切開で母体が死亡するケースはほとんどないがたまたまはずれくじを引いてしまったのだ。
物心がついたころ、保育園で初めての友達ができた。一週間後、その子は車にはねられて死んだ。
同じ組の子が園に来なくなった。親に虐待されて殺されていた。
近所のおばさんに毎朝挨拶をしていた。ある日、心不全で死んで挨拶はできなくなった。
小学生になって、初めての遠足に行った。帰りのバスが交通事故で横転した。2人死んだ。
初恋をした。その子はガンで死んだ。
僕は世界とはそういうものだと思っていた。
友達が川で溺れて死んだ。階段で足を滑らして死んだ。強盗に殺された。担任が過労死した。引っ越した。僕に一番に話しかけてくれた子は白血病で死んだ。父が再婚した。継母は3か月で自殺した。いっきに何人も死んだこともあったが、自分が死にそうになったことは無かった。
10歳ぐらいになるとさすがに自覚した。僕はいじめられた。そういえばその時も死神と呼ばれていた。死神はいなくなれと殴られた。殴った子は火事で死んだ。いじめは陰湿なものに変わった。主犯の子がクモ膜下出血で死んだ。いじめはなくなった。
父の叔父が同じような体質だと知った。その人はずっと家にひきこもっているらしい。僕はそのまま普通の人のように過ごした。どうせ僕に関わろうとする人はもういないのだから。
中学生になって岳ヶ島市のことを知った。理想郷だと思った。宗教的な問題は関係なかった。神様なんていたとしてもろくな奴じゃない。倫理的にうんぬんなんて何を言っているのかと思った。僕はひたすら勉強した。他にすることもなかった。
そして僕はここに来た。
僕は久しぶりに他人とコミュニケーションをとった。それだけで嬉しかった。さっそく委員長が死んだ。生き返ったのを見て僕は泣いて喜んだ。誰にでも受け入れられたわけではなかったけど、腫れ物に触るように人と接しなくてよくなった。蓮理に名探偵体質だとか、悲劇の主人公体質だとかちゃかされた。そのことに罪悪感を感じなかった。
今まで死んでいった人の分までしっかり生きていこうと思った。でも、生き返るのはフェアじゃない気がしたので生体情報の登録はしていない。
僕は普通に生きられたらそれでよかった。そして僕は普通に恋をした。
「死神だと自覚しているなら、それは殺しているのと一緒だ。私は許さない」
語気を強めて幅桐は言った。
つまり、彼女の殺害動機はこうだ。
「僕が河澄さんのそばにいると彼女が死ぬ。だから殺す。……そういうことだね」
「そうよ。ゆーちゃんは死にたくないと思ってるの、あなたも知っているでしょう? 私はゆーちゃんを守ってあげたい。だから、あなたがどこかに行ってくれるなら殺したりはしないわ」
悪くない提案でしょう、と幅桐は言った。今まではそうやって人と関わらないように生きてきた。だが。
「断る」
僕はほとんど反射的にそう答えていた。
何が僕をそこまで動かすのか。それは愛だなんて言えるようなものじゃない。もっと自分勝手なものだ。たまらなく恋しいのだ。僕はこんな人間じゃなかったんだ。他人なんて取り換えが利くものだと思っていた。死んだ人間に謝りたい気持ちはあっても、悲しいとは思わなかった。だというのに、こんなにも離れたくないと思うなんて。
きっと初めて彼女を見たとき心のどこかで感じていた。僕と同じなんだと。世界が自分とひどく離れていて、不良品のジクソーパズルのように自分という一片があるべき場所に収まらない。そんな孤独を抱えていたんだ。だから、僕らは描かれた模様は違っていても繋がることができると思ったんだ。
きっとうまくいく。
だから、障害は取り除こう。
「これ以上の会話は必要ないよね。君を殺して終わりだ」
僕は右ポケットからバタフライナイフを取り出して、ナイフの切っ先を幅桐の方へ向けて相手に対して半身に構えた。相手との距離は4mほど。一呼吸で間合いを詰められそうだ。立ち位置を調整する。
クスッと幅桐が笑った。
「そんな武器で殺人鬼に勝てるとでも?」
「やってみないとわからないだろう?」
僕は幅桐を煽った。勝負は一瞬で決まる。冷静さを欠いた方が死ぬのだ。互いに相手の一挙一動を警戒している。
幅桐が先に一歩目を踏み出した。それでいい。僕は最初から動くつもりなどなかったのだから。
2歩、3歩と近づいてくる。だが、彼女が4歩目を踏むことはできなかった。
幅桐は地面の中に吸い込まれるように落下した。
落とし穴。それが僕の策だった。昨日まるまるを使って2mほど掘っておいた。単純にして古典的な罠だが、成功したなら拘束力に優れる。突然に足場が無くなり幅桐も混乱しているだろう。逃げ場のない彼女に凶器を、
「舐めるなあ!」
僕はとっさに後ろに下がった。
さっきまで立っていた地面が割れた。と思ったら直径2mほどの土の塊となって空に舞う。そして重力に従い地面に落ちてゴスッといった音を立てて割れた。
幅桐が割れた地面から悠々と地上に上ってきた。
「今のはなんなんだ……?」
「地面をちぎって投げたの。こんなにうまく力を使えたの初めてかもしれない。それだけ殺意が溜まっているのね」
マジかよ、と独りごちた。出力が半端じゃない。接近戦は危険だ。
僕は走って生垣に隠した武器を取りに行く。
競技用なぎなたの先端に包丁を取り付けたものだ。これで間合いを取りつつ戦うのが予備の策だ。
薙刀の経験があるわけではないが、どんな武器だって使ったことのない僕にとってはリーチの長さが心強い。
僕はじりじりと距離を詰める。幅桐の表情には少し余裕を感じられる。もちろん油断しているわけでは無いだろうが。
薙刀が届くぎりぎりの所で僕は上段に構える。対する幅桐は自然体だ。
僕は薙刀を思い切り振りおろす。しかし、それはフェイントでわざと空振りして下から喉元に向けて突きを放った。幅桐は十分に反応できていない。いける。命中したら即死だ。
だが、殺せなかった。
ふわっと体が浮きあがった。薙刀が僕を持ち上げていた。僕は手を放して、地面に落ちてごろごろと転がる。一瞬何が起こったのか理解できなかった。
幅桐は僕の一撃を薙刀の柄をつかんで止め、空に放ったのだ。どうして。奴の手はぎりぎりまで体の横にあったのに。明らかに人間技じゃない。
それは当然だ相手は殺人の鬼なのだから。
「私の殺り方は掴み殺す。見えていれば銃弾だって握りつぶせる。あんなのじゃ私は殺せないよ。ちょっと甘く見すぎたんじゃない?」
僕は黙って立ち上がり次の策を考える。最初から簡単に勝てるとは思っていなかった。死神である以外には普通の高校生である僕が1人きりで殺人鬼を相手にするなんて無茶な話だ。
それでも僕は1人で戦わなくてはならない。なぜなら、これは僕のただのわがままで、客観的に見たら幅桐は友達を守る正義の味方で、僕は色ボケくそ野郎だ。味方なんて呼べそうにない。
僕はもう一度ナイフを取り出してさっきのように構える。それを見て幅桐は僕を嘲笑った。
「万策尽きたって感じかしら。だいぶ苦労させてもらったから、なぶり殺しにしてあげる。体のどこからちぎってあげようか。腕? 足? それとも指を一本ずつ――」
幅桐が話している途中で僕は駆け出した。これで決められなければ僕の負けだ。
僕はナイフを逆手に持ち、幅桐の右目を狙って飛びかかった。
パシッと、僕の右手首をつかまれた。幅桐はニヤッと笑う。僕も笑っているかのように歯を食いしばる。
「うおおおおおおおおおあああああああああああああああ!」
幅桐は僕の右腕をひじの辺りまで捻りちぎった。
と、同時に僕は左手に握ったデリンジャーの引き金を強く、強く引いた。
腹を至近距離で撃たれた幅桐はのけぞって後ろに倒れる。
見えるもの全てをつかむというなら、視線を誘導してやればいい。僕は空手の山突きのように両手を突き出していた。100回やったら99回負ける戦いだ。腕の一本ぐらいくれてやる。
「それでも肩まで持ってかれると思ってたんだけど、結構優しいんだね?」
僕は幅桐に話しかけた。立ち上がることはできないようだが、まだ意識はあるようだ。
「そんなわけないじゃない。何回もちぎって苦しませたかったの。まさか、負けるだなんて思わなかったから」
「ひどいなあ。別に殺しさえできれば君の目的は果たせたはずだろ?」
そうね、と言って幅桐は目を閉じた。そのまま意識を無くしたかと思ったが、またぽつりと話しだした。
「さっき言ってた動機さ……やっぱり嘘。本当は悔しかったの。私以外にゆーちゃんと仲良くしている人がいることが。ただの嫉妬だよ」
「そう。なら僕はやっぱり名探偵じゃなかったね」
「……おかしいかな。正義とか道徳とか関係なくて……思ったまま暴れただけだった」
「そんなものだよ。人間って」
それで良いんだと僕は信じたい。
遠くから人を呼ぶ声がする。銃声が学校に残っていた人に聞こえたのだろう。このままではぎりぎり幅桐の蘇生が間に合う(医療的な意味で)かもしれない。とどめを刺すため僕は拳銃を幅桐の胸に向けた。
「最後に言い残すことはあるかい?」
幅桐はシニカルに笑って言った。
「死ね」
「僕は、死なないよ」
左手の中指に力を込める。
銃声。そして、幅桐の胸に穴が開く。彼女は冷笑を浮かべたまま死んでいった。彼女の制服はすでに真赤に染まっている。可愛らしい小さな体が自然に放り出され、眠っているかのような体勢だが、この女の子が動き出すことは2度とないことは一目でわかる。さながら人形のよう。朱色の和服を身にまとった日本人形のようであった。
撃ち終えた拳銃は役目を終えたかのようにぱっと消えてしまった。鈴懸さんの能力で作ったそれはそんな特徴も持っていたのか。
僕は死体の横に倒れた。力が出ない。今さらだが右腕がめちゃくちゃ痛い。そのまま誰かが来るのを待つことにした。
死体にいつものお祈りはしなかった。自分の手で人を殺しておいてするものじゃない。もっとも、今は合掌しようにも合わせる手がないのだけれど。




