10 ワトソン役なら適当言っても許されるし
警官は110番後10分もしないうちに到着し、僕は事情聴取を受けなければならなくて結局二度寝は断念された。こんなんじゃ全力逃走の疲れは取れやしないぜと言いたかったが、対応してくれた警官の方がよっぽど疲れがたまっている顔をしていたので自重した。
現場に来てくれた警官は2人で、若い方が事情聴取役で年季の入った方が現場検証役と役割分担をしているようだった。老警官はパシャパシャとルーチンワークのように黙々と現場の写真を撮っている。
「おーいボウズ、ガイシャの遺体はどこやったんだ?」
「だからテツさん、今回は未遂なんですって。さっきも言ったじゃないですか」
「ん? そうだっけ? はーん、しっかし珍しいこともあるもんだな。こりゃ大事件だ、ガッハッハ」
老警官が豪快に笑うのを見て若警官はため息を吐いた。殺人鬼が発生してから同じような不法侵入・殺人事件の後始末をしているだろうに、真面目にやっていては心労で倒れるんじゃないか。若警官がこれからも元気で働けることを心から願った。僕はそんな職には就きたくないので、がんばってください。
で、と若警官は聴取を再開する。
「えーと君がストーカーで犯人が空き部屋の熊を殺しに来たって?」
「いやいや、なんでそうなるんですか」
まあそれほど間違ってないのが困りものだ。僕はもう一度事件の概要を説明する。ただ、説明したところで殺人鬼がらみの事件で警察があてになるとは思えないが。
だから、殺人鬼への対処は自分でするしかあるまい。そのためには相手の情報を知ることが大切だ。
「それで犯人は窓から飛び降りたと思うんですけど、その後の犯人の行方はわかりそうですか?」
「いやーそれがさっぱり。痕跡をしっかり消していってる。これはそうとうのやり手だね」
殺りなれてるね、と若警官は言う。そんな奴を僕は相手にしていかなければならないのだ。
警官たちは他の寮生にも話を聴き、6時ぐらいで帰ってしまった。朝番の人が来るまでに調書をまとめたいとブツブツと話していた。
もうバッチリ目が覚めてしまったので、寝るのは諦めて朝ごはんを食べることにした。起きてから3時間も経過すれば、育ち盛りの僕にはかなりの空腹だ。なんだか、生きてるって感じがする。
今日は休日なので食堂はいつもより空いている。とはいっても僕の腹に比べればそれほどでもない。ぽつぽつと座っている中には蓮理もいた。モーニングコーヒーを飲んでいる彼に手招きされる。
僕は朝食をもらってから彼の前の席に座った。
「ご苦労さんやね、近衛クン。さっき小耳に挟んだんやけど、寮の警備が強化されるらしいで。これでしばらくは安全やね」
「そうなんだ……で、それを教えてくれるためだけにここで待ってたわけじゃないんだろう?」
蓮理はにやりと笑って答える。
「近衛クン、事件の調査するんやろ? 手伝おうかと思って」
「現実の事件は興味ないって言ってなかったっけ?」
「真面目に相手してられへん、て言うただけや。ワトソン役なら適当言っても許されるしやってみたかったんや。名探偵の才能溢れる近衛クンには相方が必要やろ?」
「……別に勝手にすればいいよ」
僕は納豆をかき混ぜながら言った。今はゆっくりご飯を食べたい。
朝食を片付けてから僕らは事件調査のようなものを始めた。とはいっても、犯人を特定できるなんて期待はしていないのだけれど。
とりあえず僕の本来の部屋に戻ってみることにした。僕はドアの隙間に挟んでおいたトランプを引き抜いた。折り目が付いていない。ドアノブも取り外されておらず、捻ってドアを開ける。
部屋の中はいつも通りに見える。僕はきちんと閉められているカーテンを開いて、窓から侵入した形跡が無いか確認する。
「どうやらこの部屋には入ってきてないみたいだね」
「ふーん、そんなら別に近衛クン狙いじゃなかったんとちゃう?」
「いやそんなことは無いと思う」
部屋のドアには名札が掛かっている。無差別殺人だとしても空き部屋を襲おうとするのはおかしい。
「おまえ、僕が部屋を移したことを誰かに話した?」
「誰にも言ってへんけど……二階の住人は気づいとったんやない。いろいろ運んだりしてたから」
順当に考えれば犯人は寮の二階の住人に絞られるような気がするが、なんだか納得いかない。何かを見落としているのだろうか。
次は襲われた空き部屋に行ってみることにした。
ドアの壊れた部分に板を打ちつけて、部屋を封鎖するのと同時に冷気が入ってこないようにしている。無理に入る必要もないだろう。
空き部屋前は少し汚れている気がする。犯人は土足で入ってきたのだろう。まあそんなのは当然か。わざわざお行儀よくスリッパに履き替えるのを想像したらちょっと面白かった。
「足跡はわからへんなあ」
「まあどんな靴を履いているかわかったところで、役に立ちそうもないけどね」
せいぜい犯人のセンスを窺い知れるくらいである。だが、廊下の汚れ具合で犯人の侵入経路が予想できそうだ。
僕らはそれをたどってみる。蓮理がノリノリで床に這いつくばってくれた結果、裏口から寮の中に入ったことがわかった。裏口も空き部屋のドアと同様の状態になっていたので、先にこっちにくれば一目でわかっただろう。
僕らは外に出て、裏口から先の犯人の経路がわからないかと手がかりを探したが何も見つからなかった。すぐそこに行けば公道なので、個人の情報と言えるものがなかったのである。
外に出たついでに空き部屋の窓の下に行ってみる。落下地点となる場所は土の地面だが特に痕跡はない。窓の位置は下から見ても高く感じるが、火事場なら問題なく飛べそうではある。
これで手詰まりだろうか。寮の中に戻ろうとしたとき蓮理が声を上げた。
「あ! 正門もぶっ壊されとる!」
見ると鉄製の正門がひん曲げられて人が通れそうな隙間ができている。
「入ったときは裏からだからこれは逃げる時にやったんだろうね」
「でも変やない? こっちの勝手口から出ればいいやん」
連理の言うとおり正門の近くには勝手口があり、そちらは鍵などは付いていないので夜でも自由に通れる。
「夜だと暗くて気づきにくかったのかもな」
「どうやろ。ちょっと注意深ければ見つかるし、なんならこんな門よじ登ればええやん。むむ、これは重要なファクターやで。犯人は正門を壊したかったんや」
そうだろうか。ただ単に正門の破壊という選択肢が犯人にとって一番手っ取り早かっただけじゃないだろうか。
窓枠を外したのも一瞬のことだったし、ドアノブも正門も人のものではない力で壊したのだろう。つまり鬼の力、殺人鬼の殺り方あるいは贈り物を使ったのだ。
その時閃いたことがあった。
「ねえ蓮理。ちょっと向こうに自転車があるんだけど、白秋駅の近くに適当に置いてきてくれないか」
「えぇー。なんやその唐突な謎のお願い」
「頼むよ、ワトソン君。小林少年の方がいいか、それともアーチー?」
「ワイはヘイスティングズが好きなんや。わかったわかった行ってくるよ」
しぶしぶだが行ってくれた。もちろんこれは謎を解くための布石、ではなく蓮理をちょっと遠ざけたかっただけである。
僕は携帯で「喫茶店 PinoNero」と検索し、出てきた店の電話番号にかけた。
「はい。お電話ありがとうございます。純喫茶PinoNeroです」
電話の声はマスターこと黒松さんである。
「あ、すみません昨日そちらに行った近衛ですけど、ちょっと聞きたいことがあって」
「ああ、昨日の。なんでも聞いてください」
「鉄製の門を曲げることができるような能力を持った人って知ってます?」
殺人鬼が集まる喫茶店のマスターならそういう情報には詳しそうだと僕は考えたのだった。しかし黒松さんはうーん、と鈍い反応である。
「知らない……わけではないですけど。能力はいわば殺人鬼の切り札ですからね。僕の口から言うのはそれこそマナー違反なんですよ。それにそれくらいならできる人はたくさんいますから、誰か1人を特定するのは無理ですね」
あてが外れてしまった。黒松さんは電話口からでもわかるくらいの欠伸をする。そういえば深夜まで店は開いているんだっけ。
「すみません。まだ朝なのに電話しちゃって」
「いえいえ、昨日は暇でしたから疲れてないし大丈夫です。料理を作ったのは薪ちゃんの夕飯が最後で後はもうほとんど立ってるだけみたいな感じでした」
どうやら経営の方は大丈夫ではなさそうだ。僕はお礼を言って電話を切った。
寮の食堂に戻って一休みする。しばらくして蓮理が帰ってきた。
「ほいほい、言われた通りにしてきたで。ところでさっき考えたワイの推理聴かへん?」
「どうせ素っ頓狂なことを言いたいだけでしょ。時間の無駄だ」
「えー。凡人の推理をきっかけにして『そうか、そうだったのか……』ってなることもあるやん」
「いや、もう僕の行動の方針は決定した。これ以上探偵ごっこをする必要はない」
謎はすべて解けた、なんてとても言えないのだが。
そして二日後、月曜日。
僕は1人の殺人鬼と決着をつける。
殺し合う。




