***回想 森からの救出と、予感の夜***(1)
***回想 森からの救出と、予感の夜***
どのくらい歌っていたのか、僕らは休みなく声を出して校歌を熱唱した。
颯太は、途中でオリジナルのリズムで歌い出して、歌詞は校歌だけどリズムは嵐とか、ポップス風になっていった。
歌っている意味を見失いそうになっていた。
それが何だかおかしくなって、笑いながらにぎやかに歌っているうちに、雨は完全に上がって西の空には夕焼けが見え始めた。
あとちょっとで日が暮れるなぁ―って、考えた時、ガサガサっと近くの茂みの方から音が近づいてきた。
一瞬、熊か?と身構えて両脇にいる律と颯太が僕をぎゅうっと抱きしめる。
「佐々木、秋月、佐藤、誰かいるか?」
藪の向こうから担任の先生が大声で僕らを呼んだ。
「「「先生!」」」
展望台の床下から顔を出した僕らを見て、先生がダッシュしてきた。
「無事かっ! 怪我はないか!」
腕を掴んで、三人を床下から引っ張り出してくれる。先生の後ろからもう一人先生が駆け寄ってきて、僕たちの様子を確認する。
見失う前に、最後尾を歩いてた先生だ。
「よかった、無事だな? 本当に、良かった!」
二人ともすごく一生懸命に僕たちを探してくれていたのが分かる。
汗だくで、ポンチョも髪も、ぐしゃぐしゃだった。
ちょっとだけ、涙も見えたような…。
うん、これは僕と一緒。雨ですね。
「すまない! 先生が離れたばかりに、お前達を見失ってしまった」
がっしりと僕と律を両手で抱えて、泣きながら謝ってくれる。
「違う…先生のせい…じゃなくて…、僕、下ばかり見てたから、変な道に入っちゃって…。ご…ごめんなさい、僕が悪いんです。ごめんなさい――――」
先生の涙に誘発されて、僕も涙が出てしまった。
先生にギュッと抱き着く。こんなの父さん以外、初めてだ。
「凜のせいじゃないです、僕が足を痛めてしまったから、凜に負担をかけてしまって。
それでみんなを見失ったんです。
悪いのは、班長なのにきちんと出来なかった僕です」
「僕だよー」「僕です」
「ああああああっ、お前達――――、友情が、熱すぎるぞ。
先生だ、先生が一番悪いんだ!すまない!お前たちは悪くないぞ!
責めるなら、先生をせめてくれー!」
「先生!」「佐藤、秋月っ!」
僕と律、先生はがっしりと抱き合って泣いてしまった。
多分、泣いたのは僕と先生だけだと、思うけど。
で、颯太はその横で先生に叱られていた。
「先頭の方にいたのに、お前はどうして勝手にいなくなった」
「え?だって振り返ったら二人がいないから、心配で戻ったんです」
「見えなくなったことを、何故すぐに報告しない」
「あ、それ、律にも叱られました。報連相、です!知ってます!」
「知ってたなら、勝手に動くな!
お前たちが一緒にいるかどうかわからなかったら、色々な人にお前のことも探してもらってるんだぞ!」
「えっ、それはヤバいかも!」
この時、僕たちを捜索してくれたのは地元の消防団の人たちや警察だったらしい。
捜索に参加した消防団の人たちは昔からこのあたりに住んでいる人たちで、同じように地元の消防団に入っている颯太のお父さんとも昔からの知り合いで――、後日、颯太の暴走はしっかりとお父さんに伝わったらしい。
知り合いからは、『友達思いのいい息子さんだ』と褒められたと言われたけど。
それとこれは違うと言う事でしっかり家族みんなからお説教されたって、あとで颯太が教えてくれた。さすがにしょんぼりしてた。
でも、反省は足りないよね。
西の空の夕焼けの先に、一番星が見えた。
小さな光だったけど、もう大丈夫だって言ってくれているみたいな気がした。
思えたんだけど…。
―ツギハニガサナイ―
かすかな風の中に聞こえたのは、とても怖い言葉だった。
完全に日が暮れてしまう直前に僕たちは冒険センターに戻った。
残っていた警察や消防団の人たちが「無事でよかった」と笑顔で迎えてくれる。
その中の一人、父さんのことを知っている元自衛官の消防団員さんが叫んだ。
「佐藤凜…君? あっ!『ヒグマ殺し』の息子かぁ!」
一瞬で現場がざわついてしまった。
父さんのあだ名が広がるのは、かなり恥ずかしかった。
しかも、
「ヒグマ殺し―!かっけー!!」
「人間がヒグマに勝てるのか?」
颯太と律にまで父さんのあだ名がばれてしまった。
ずっと内緒だったのに…。
二人には、あだ名のことは内緒にして欲しいってお願いした。
保健室の先生に体の様子を確認されて、僕と颯太は問題なしだった。
律は、やっぱり足を怪我していたみたいで念の為センターの救護室で処置をするために連れていかれた。
「律…大丈夫かなぁ…」
「大丈夫だって。
あいつもおばさんのお菓子食ってるから、強いよ」
「お菓子に、そこまで期待しないで。
ふつうのお菓子だよ、しかも今日初めてだし」
「いや、違う。おばさんのお菓子はすごいんだ。
一回でも効果がある!律は強い、大丈夫!
あ!だから、凜の父ちゃんはそれを毎回食べるから強いんだ!
なんたって、ヒグマーーー」
危うく父さんのあだ名を言いそうになった颯太の口を、僕は必死に抑え込んだ。
内緒にして欲しいって言ったのに!どうしてすぐに忘れちゃうんだよ。
「ほらほら、お前たちは早く着替えて来い。
顔と手も洗って、それから食堂で夕食だぞ」
さっき颯太をしっかり怒っていた先生に促されて、僕たちは宿泊棟へ戻った。
宿泊研修の最後の夜で、本当だったらわくわくした気持ちでみんな顔のはずだったけど、食堂内は今日あった出来事のせいでなんとなく落ち着かない雰囲気だった。
着替えてきた僕と颯太が中に入ると、みんなの視線が一気に集まる。
とっさに僕は颯太の後ろに隠れた。見られるの、嫌なんだよ、心臓がバクバクしてくる。
律と一緒に救護室に行けたら良かった…。
「佐々木君、佐藤君、大丈夫だった?」
「秋月君は?怪我したの?」
入口近くの席にいた子たちが一気に颯太に話しかけてくる。
僕は、空気になったつもりでそっと颯太から離れて、井上さん達のいる席に向かった。
よかった、三人とも顔色は悪くないし、今朝よりはずっと元気そうだ。
「…佐藤君、大丈夫だった?遭難してたんでしょう?」
鈴木さん(お姉さんか妹かわからない)が隣に座った僕にこっそりと声をかけてきた。
他の二人も心配そうに見てくる。
「遭難っていうか…迷子?僕が道を間違えて展望台のある方向に進んじゃって…」
「あ、それ。さっきお巡りさんが話してるのをきいたけど、
先にいた一般の登山者の人が間違って札を倒してしまったのを黙っていたんだって」
「そうそう、それでクマ目撃情報が配信されたり、雨が降ってきたりで慌てて。
そのことをセンターに連絡するのを忘れてましたって、申告があったらしいの」
「子供たちが行方不明だって言うのを聞いて、びっくりして、その時にもしかして標識のせいかも!って思ったらしいよ」
三人が見事な連携で迷子の原因を教えてくれた。
よかった、不注意だったんだ。
『悪意』があってあんなことをされたんだったらゾッとするけど。
間違いなら…うっかりなら…。――颯太と一緒だね。じゃあ、仕方ないか。
「あの…教えてくれてありがとう、後で律にも教えるよ。
あ、でももう先生に聞いているかもしれないか…」
僕は配膳されていたご飯を食べ始めながら三人にお礼を言う。
女子と話すのはやっぱり苦手なので、ちょっと声が震え気味で格好悪いな。
でも、こうして笑って話せる(笑顔には程遠い僕だけど)のは少しだけ嬉しい。
ちらっと見ると颯太の周りは相変わらず賑やかで、クラス関係なく人が集まってる。
先生に落ち着いてちゃんと座って食べろと叱られてるけど、さっきまでの緊張した空気感はすっかりなくなっていた。
よかった、忘れん坊だけどやっぱり颯太は凄いな。
颯太をぼんやりと見ていた僕に、井上さんがそっと声をかけてきた。
「あの…佐藤君、今朝は……、ありがとう」
「え?」
一瞬、何に対してのお礼かわからなくて首をかしげる。
「……あの、…マフィン、凄く美味しかったよ。
おなか痛かったけど、食べたらなんとなくお腹が暖かくなった感じで、
痛みがすごく楽になったの」
「そ、そう? あ、ええと…クチニアッテヨカッタデス」
母さんの返事を思い出してみた。片言になっちゃったけど。
面と向かって母さんのお菓子を褒められたのが初めてだから、びっくりしちゃった。
「それに、何も言えなかったのに色々察してくれて、佐藤君がすごく優しいってわかったよ。佐々木君の言った通りだった」
「え?」
そこで颯太の名前?
「佐々木君、昨日私たちと話しててもずっと、凜は優しい良い奴だから、よろしくって」
よろしくって、なんだ? ええ?
颯太、何を話してるんだよ!
「言ってた言ってた、律も良い奴だから、ぶっきらぼうだけど気を悪くするなよって」
「律と凜だから、リリーズでよろしくって言ってた」
思い出し笑いの鈴木姉妹の爆弾発言に息をのむ。
顔が真っ赤になったのが分かった。
「―――! リリーズ?なんだそれっ!」
離れたところにいる颯太をにらんだ。
その瞬間、聞こえてきた一言。
「―それで、凜の父さんはヒグマ殺し、って言われてて――」
「わーーーーーーー! 颯太、なんで話しちゃうんだよ! 内緒だって言っただろう!」
僕は人生で一番大きな声で叫んだ。
なんで大事な約束を忘れちゃうんだよ。
泣きたい…。
あとで同じ自衛官の子がこっそり教えてくれたんだけど、父さんのあだ名は子供たちの間でもひそかに知られていたらしい。
僕が気にしたら気の毒だから学校では話をするなよと、親に言われていたらしい。
みんな優しい…。ありがとう…。




