***回想 森からの救出と、予感の夜***(2)
夕食そして入浴の後、いつも一緒にいる友達グループで最後の夜を過ごす。
木製の二段ベッドがずらっと並んだ室内はザワザワしていた。
消灯時間は九時だから、あと一時間くらいかな。
結局律は救護室で休むことになったって先生に言われた。
怪我は酷くないけど、微熱があるので念の為に、ってことらしい。
雨で冷えちゃってたし、…やっぱり僕のせいだなぁ…。
そして今更気が付いたんだけど、僕は律がいないと、こんな時に一緒に過ごす友達がいない。どこかのグループに入って当たり障りなく埋没するのも今日は…多分無理。
迷子になった三人のうちの一人、だから。
色々話しかけられるのが予想できて、その返事をする元気はなかった。
一人でベッドの上段に座ってぼーっとしていたけど、…もういいや、寝ちゃおう。
毛布をかぶり横になる。
みんなの話す声や笑い声が聞こえてくる。目を閉じる。
友達の気配が、ここは山の中じゃないってしっかり教えてくれる。
ここは安心できるところ。
でもなぁ…。
「律は…大丈夫かなぁ……」
小さな声で無意識に呟いてしまう。
熱が上がったら大変だろうなぁ…。
足のけがは大丈夫だって先生は言っていたけど…本当かな?
我慢してるんじゃないかな?
やがてみんなの声が聞こえなくなってきて、先生が消灯だぞ、って声をかけて部屋の電気を消した。
まだこそこそと話す声が聞こえたけど、やがてそれも完全に無くなった。
しんとした室内になると、僕は逆に目がさえてきてしまった。
何度か寝返りを打ったけど、眠気は全然やってこなかった。
すごく疲れているはずなのに頭の中が妙にすっきりしている。
「…しょうがない…」
僕はそっとベッドを抜け出して、部屋を出た。トイレに行こう。常夜灯が付いている廊下をひたひたと進む。
遠くの教室の方で先生たちがまだ起きているような気配がしていた。
お疲れ様です。
きっと今日の出来事の始末書?みたいなの書くんだろうなぁ…。
大人は大変だよね。
父さんもよく唸ってたな。偉くなると謝る仕事ばかりだって。
トイレから出て部屋に戻ろうとした時に、いきなりがっしりと腕が首に回された。
「―――!」
悲鳴が出そうになった口が、手でおおわれる。
「待て、声出すなよ凜。俺だ、俺、俺!」
耳元で颯太の声がした。腕の先には、本当に颯太がいた。
なんで?ここに?
「な、律の様子見にいこうぜ」
「………?」
小さな声で僕を誘う颯太。
薄暗い常夜灯の下で、颯太の目が妙にキラキラしてる。
何か思いついて速攻、行動している時の顔だ。
こういう時は、巻き込まれちゃ駄目だ。絶対後で怒られるから。
颯太と長く付き合っていると、いつもそうだった。
「あいつ、救護室から戻ってきてなかっただろ?様子を見に行こうと思うんだ。
なんたって、親友だしな」
「…颯太が一人で行けば?」
「おいおい、凜は律に『特別に名前で呼ばれてる友達』なんだから。
親友だろ?心配だろ?」
「…」
「大丈夫だって、こっそり見に行って、こっそり帰ってくるから。
様子だけ見たら安心だろ?」
言いながら、僕を抱えるようにして歩きだす颯太。
僕も結局大声で先生を呼ぶことはなく、颯太を振り払わないで、そのまま忍び足で救護室へ向かった。
救護室の扉は少し開いていて、中から保健室の先生の声が聞こえた。
とっさに颯太に抱えられて、廊下の角に隠れる。
「―熱は上がってきてないけど、無理しないでこのままここで休んでね。
むこうも消灯してるから、寂しくても我慢してよ」
「別に…寂しくはないです」
「ふふ、そうね。秋月君はしっかりしているからね。
でも、本当に大変な時はちゃんと教えてね。
これでも養護教員なんだから、ちょっとは頼りになるわよ」
「…覚えておきます。…おやすみなさい」
「はい、おやすみ。ゆっくり休んでね」
途切れ途切れに聞こえてきた先生と律の声。
先生が救護室から出ていった。少しだけ待って、戻ってくる様子がないのを確認してからそっと扉を開ける。
部屋の灯は常夜灯だけで、ベッドには律しかいなかった。
毛布をかぶって入り口には背中を向けている。
足音がしないようにゆっくりと静かにベッドまで近寄って、律が寝ているかどうかを確認しようとした時に、いきなり律が寝返りを打ってばっちり目が合ってしまった。
「うわっ! びっくりした!」「――!」
思わず声が出た颯太と、とっさに自分の口を押さえた僕に律は冷静だった。
「…もう消灯だったんじゃないのか?」
のっそりと起き上がった律がいつもの静かな声で話してきた。
「あ、あ…あの……」
「律が戻ってこないから、心配になって見に来た。
どうだ、親友が心配してきたんだ、嬉しいだろう?」
口ごもる僕とは反対に、颯太はニコニコしながら答えている。
でも、律はいつもの律で小さくため息をついた。
「凜を巻き込むなよ、佐々木」
「う…」
わざと名前で呼ばない律に颯太は言葉に詰まり口を尖らせる。
「よし、じゃあこのまま朝まで看病してやる」
どんな理論なんだ?
颯太の考えが分からない。意味不明だ。
「必要ないよ、熱はもう上がらないだろうし足も手当てがすんでる。
後は静かに寝て朝を待つだけだから、二人とも早く部屋に戻れよ」
「速攻で断るとは…! しかし、俺は諦めない。
朝まで律のそばにいる。親友だからな」
そういって隣のベッドの上にどっかりと座り込んでしまった。
僕はおろおろして、律と颯太を交互に見る。
もう、なんでこんなことになるんだ?
颯太はどうしてこんなに律にこだわるの?
「…佐々木、もしかして祖母に何か言われてるのか?」
ビクッと、颯太の背筋が伸びた。図星らしい。
「どういうこと?」
「僕と颯太の祖母たちは昔からの知り合いなんだ。
僕が一人でこっちに来ることになったのを心配して、同い年の友人になれないかと相談していたらしい」
そうか、律のおじいさんの病院って、昔からお世話になっている所だ。
颯太のおばあちゃん、すっごく面倒見のいい人だから、
きっととっても心配したんだろうなぁ。
「べ…つに、ばあちゃんに言われただけじゃねーし。俺はちゃんと…」
モゴモゴと説明しようとする颯太はいつもと違って、ちょっと元気がない。
律に信用してもらえないのが気まずいのだと思う。
そうして、律は――。
「もしかして、律は颯太がおばあちゃんに言われてるから『仕方なく気にかけてる』と、思ってる?」
僕の一言に、今度は律が息をのむ。
え、まさかの図星だった?
「…それが真相だろう?」
少し俯きながら律が僕の言葉を認めた。
ちょっと辛そうな顔に見えた。
すぐにわかった。律も、本当は……―――。
「真相なんて、決めるのは律じゃないよ。」
僕はそっと律の手を取って強く握った。
「颯太はずっと本気で律と友達になりたいって思ってるよ。
それが颯太の真相、だよ」
少し息を吸って、バクバクいう心臓の音を無視して、言葉をつづけた。
「だから……、ええと…、僕も……親友って、言ってもいい?」
少しの沈黙の後、律は小さな声で答えてくれた。
「それが、凜の真相なら…仕方ないな」
良かった!ここで拒否されたら立ち直れなかった。
でも、ホッとする僕とは対照的な颯太が、隣のベッドから恨めしそうな顔でこっちを見ている。縋るような目って言うのはこんな感じなのかも?仕方ない。
「あの、…颯太も、親友って…ことでいい?」
「…………うるさくしないなら」
律、それが一番難しいと思うよ。
でも、颯太はパーっと全開の笑顔になった。
「よし! 親友認定の記念だ! 今夜は一緒に寝ようぜ!」
「どうしてそんな話になるんだ?」
「先生に怒られるよ」
僕と律がそろって反対しても、颯太は全く動じない。
「せっかく三人そろってるんだ、親友同士なら一緒に寝ていろんな話で盛り上がるのが普通だろう?」
颯太が訳の分からないことを言い出した。どんな普通だよ。
「いや、律は調子が悪いから救護室にいるんだよ。
もう部屋に帰ろう。律がゆっくり休めないじゃないか」
「じゃ、うるさくしないから!」
いや、その声が大きいって…。
先生に聞こえちゃうよ。
「部屋に戻ろうってば、颯太。
なんでそんなに一緒に寝たがるんだよ」
颯太の手を取って立たせようとしたけど、力では全然かなわなくてそのまま抱き込まれてベッドの上に一緒に倒れこんだ。
「あー、俺も調子が悪いから―ここで休むーーー明日の朝、先生にもそう言うー」
「それは絶対に先生に怒られるじゃないか。
さっきだって、どこもケガしてないって答えてたんだから、嘘だってバレバレだよ。
そもそも調子が悪くなったならすぐに先生に報告しないと、ダメだろう」
「佐々木…、子供みたいなことを言うな」
「小学五年生だから子供だ」
律があきれた様子なのはいつものことだけど、今夜の颯太は本当に変だ。
意地でも動かないぞという決意が、半端ない。
何とか颯太の腕の中から抜け出そうとするけど、がっちり抱え込まれていて全然だめだった。
「颯太ぁ…何か、隠してる?」
抱き込まれながら颯太の顔を見て、本当は何を考えているのかを探るように見る。
嘘のつけない颯太だから。じっと睨むとそわそわしてくる。
「…――…だったから…」
「え?」
「凜、さっき、律の事で泣いてただろ。一人ぼっちであの中にいるのが嫌だったろ?」
「え…えええええ? 僕…」
颯太のとんでもない告白に、意識が途切れそうになる。
「さっき部屋の中見たら、お前だけ誰とも話さない、目も合わせないで、さっさとベッドの中に入ってずっと動かなかったじゃないか。凜は―律しかあの中で話をする奴がいないだろう。
それで、寂しくて泣いて―」
「なっ…、そうだけど!確かに僕、友達少ないけど―。
別に、泣いてたわけじゃないし…話をする相手がいないわけじゃなくて」
ちょっと心が折れそうだったのはそうだけど、――ていうか、中を見てたならその時に声を掛けろよ! 僕一人で泣いてたと思われたの?
律がいなくて寂しがっていると思われてたの?幼稚園児じゃないから!
「ぷっ……くっ、ふふふふ」
隣のベッドにいた律が押し殺した声で笑い出した。
「「律?」」
今、笑う要因あった?
僕が『一人が寂しい子供』だって思われただけだよ?
律はベッドから降りて、僕の前に立って颯太の腕を剥がそうとしている僕の手を取った。
「いいよ、一緒に寝ようか、凜」
薄暗い常夜灯の中で、ちゃんと顔を見て笑う律。律が颯太の話を信じたの?
なんで信じちゃうの? 何が起こってるの?
そして、どうやったのかわからないけど、律はあっという間に僕の手を引いて颯太を引き剥がし、自分が寝ていたベッドの中に押し込んだ。
「あ、おい、律!」
慌てて自分もベッドの中に入ろうとしたけど、さすがに三人で一つのベッドは無理で颯太ははじき出された形になる。
「ずるいぞ、二人で」
「さっきまでは佐々木が凜を抱えてたじゃないか。
おあいこだよ。それに颯太と一緒じゃ凜が狭いだろ?
僕は颯太よりまだ小さいから、そんなに狭くないよ。
何より、凜が寂しくて泣いてたなら、僕と一緒の方が良いよね」
「うぐぐぐぐぅ…凜を取られた…しかも、まだ佐々木呼びだ…」
二人とも、僕を抱き枕と間違えてないか? 小さいからって…遊ぶなよ!
ムッとする僕を面白そうに眺めている律。
普段は無表情でいつも怒ってるのかな?って思っていた律の表情が、こんなに変わるんだってわかって不思議な気分だ。
こんな夜も―――少しくらいは、悪くないかも。
「僕、もう寝るね」
そう宣言して目を閉じる。
これ以上二人にかまってられないや。
そうして、いつもやっている様にこっそりと『おやすみなさい』のおまじないを呟く。
小さい時からの習慣だ。
怖い夢を見ないように、僕の夢が叶うように…。僕の意識はストンと眠りに落ちた。
『ki-áĝ-ĝu10-šè ma-mú duga3-gaキアング・グシェ・マム・ドゥガガ愛しい君に、優しい夢を
ba-ba-ĝu10-šè sa2-du11 egir-raババ・グシェ・サドゥ・エギラ可愛い君に明日の希望を
u4-da-gim za-e-da hé-en-ti-enウダギム・ザエダ・ヘエンティエン明日も君といられますように』
「…あ、今のは…」
律は腕の中の凜を覗き込む。
あっという間に眠っている顔は赤ん坊のようだった。
「凜の〈おまじない〉だな…」
颯太にも凜の呟きは聞こえていた。
「…なんだか不思議だね、凜は」
「最初に言っただろ? おもしろい奴だって」
まるで自分の事の様に自慢する颯太に、少し、もやっとする。
颯太と律の会話を、僕は聞くことが無かった。
静かな祈りの言葉が、三人の心をそっと包んでいた。
「あらー、あなたたち。ずいぶんと仲良しね」
翌朝、僕は保健室の先生の声で目を覚ました。
あのまましっかりと律の隣で寝ていた。
しかもしっかりと律に抱っこされたままだった!
ショック!完全な抱き枕だ!
まずい!みんなが起きる前に部屋に戻ろうと思ってたけど、
思った以上に気持ちよく寝てしまっていたみたい。失敗した―。
「あ…おはよう…ございます」「おはようございます」
僕も律もあわてて起き上がった。
「――ぐぅ…」―颯太は、起きない…。
先生はニコニコしながら颯太のベッドに近づいて、ポンポンと肩をたたきながら声を掛ける。
「佐々木君、佐々木颯太君―。朝だよー、起きて―」
「うにゅ…かぁちゃん……? 朝…飯、なに?」
「「ぷっ」」
寝ぼけてる颯太が面白い。そうか、家ではあんな感じなんだ。
「ご飯とお味噌汁と、卵焼き。ほうれん草のおひたしもあるわよ、後は牛乳ね」
付き合いのいい保健の先生は献立の説明をする。
「それ知ってる、報・連・相…くぅ……、ん…?」
二度寝に入りそうになったけど、そこで颯太が違和感に気が付いたみたい。
ガバッと起き上がって、目の前にいる先生と目が合った。
そして、隣のベッドにいる僕らが先に起きている事にも、この時、気が付いた。
「えっ―――、わぁ…」
初めて颯太が真っ赤になって恥ずかしがっているのを見た。
どんな時でも、どんな失敗をしてもいつも豪快に笑っていた颯太なのに、普通だった。
「おはよう、佐々木君。完全に目が覚めたみたいね」
「………おはようございます…」
先生はニコニコ笑っている。なんだかすごく楽しそうだ。
颯太の面白い姿が見られたからかな?
僕もつい、口元が緩んじゃう。普通に恥ずかしがる颯太が…可愛い。
いつも僕のことをからかうけど、颯太も…失敗したら恥ずかしいんだ。安心した。
ちょっと恨めしそうにこっちを見るけど、知らないふりをする。
「さ、早く起きてね。そのうち、他の先生が探しに来るわよ」
先生はくすくす笑いながら、僕と颯太を部屋に戻るよう促した。
良かった、怒られないみたい。それにしてもすごく楽しそう。
颯太の寝ぼけたのが、そんなにおかしかった?
僕は急いでベッドから抜け出た。
少し寒いなって思ったのは、律と一緒に寝ていたからそのぬくもりが無くなったせいだと思う。
そうか…二人で寝ると暖かいんだ…。
もしかして、律は寒かったから僕と一緒に寝たかったのかな。
「秋月君は―うん、顔色もよくなってるし。もう大丈夫そうね。足は?まだ痛む?」
「大丈夫です、もうほとんど痛みはありません。僕もこのまま部屋に戻ります」
「そうね、その方が良いわね…―」
と、先生が話している所で、担任の先生がいきなり救護室にやってきた。
「お前たち、やっぱりここか! 勝手に部屋を抜け出すな! また迷子になるぞ!」
僕たちの姿を見て、昨日一緒に泣いた仲間なのに、先生に思いっきり怒られてしまった。
やっぱり颯太の言う事を聞くんじゃなかった。
いつもそう思ってるのに、どうしても巻き込まれちゃう。
次こそ!って、思ったけど、直ぐに諦めた。
きっとまた颯太に強く引っ張られたら、僕はそのまま勢いに負けちゃうんだろうな。
だけど…。
勝手な希望なんだけど、もしも、もしかして、できれば…。
律がいたらなんとなく最悪な状況にはならないような気がする。
一人じゃ無理だけど、律も一緒なら何とかなりそうな気がする。
それが今回の宿泊学習で学んだ一番の収穫だ。
僕たちの迷子事件はその後、登山に参加する生徒が携帯電話を持ち込んでも良い事になるきっかけになったらしい。
――あのときは大変だったけれど、今思えば、それも悪くなかったのかもしれない。




