*** 回想 森の中の三人、世界が少し揺れる(1)
*** 回想 森の中の三人、世界が少し揺れる
僕たちの学校だけじゃなく、市内の小学校の五年生は毎年春か秋に冒険学習っていう、二泊三日の宿泊行事がある。今年の僕たちの学校は、施設を借りる順番が秋になった。
全員参加でグループを組んで、自然の中で色々な学習内容があって、友情を深めたり、自然について興味を持つように―っていう意味らしい。僕たち小学生は、勉強しなくていいから大歓迎!なのが普通なんだけど…僕は困ってしまっていた。
運動会とか学習発表会は先生がそれなりに考えて班を組んでくれるけど、今年は…そうじゃなかった。
夏休みの直前に、五年生になったなら、少しは社会的な協調性も身に着けよう、と言い出した先生がランダムにくじ引きで班を決めた。
律と同じグループだった。
正直僕は運が悪いと思う。だって―。
「私たちは同じグループなので、良かった!安心だね」
クラスで一番声が大きな女子の井上さん。
「佐藤君のお父さんは自衛官だから、野外活動とか得意だよね?」
「そうそうキャンプの時とか、頼りになりそうなメンバーだよね」
井上さんといつも一緒の鈴木さん達。双子で、奇跡的に二人一緒のグループになった。
僕は父さんみたいなことは出来ないって言っても、聞いてくれない。
キャンプ中に作る昼ご飯のメニューは勝手に決めちゃうし(カレーなんて誰でも作れるっしょ、とか言ってた)、レクリエーションはハイキングじゃなくて軽登山がしたいとか言い出すし(みんな綺麗な紅葉が見たいって言うけど、校庭にだってモミジあるよ!)。
「「………」」
賑やかな女子たちとは反対に、男子はほぼ声を出していない。反論は許されてない。
僕と、律と、あともう一人いたんだけど。その子、タイミング悪く夏休み中に急に転校しちゃったんだ。結果、女子三人と男子二人…。
しかも、クラスでもにぎやかさで群を抜いてる三人娘と普段からあまりしゃべらない僕たち。絶対、女子の方が力関係は強いよね…。
女子の盛り上がりと暴走を注意しても無駄だと思ってるみたいで、律も何も言わない。
何より悔しかったのは、この中で一番チビなのが僕だった事だ。
そうして冒険学習当日になった。
学校から市のバスにクラスごとに乗り込んで、市営の冒険研修センターに向かう。
バスの席もグループごとになるので、僕と律は隣同士だった。後ろの席に女子三人がいてずっとおしゃべりをしてる。彼女たちを中心にバスの中は賑やかに盛り上がっていた。
僕と律以外は…だけど。
やっぱりこの賑やかさ、慣れないなぁ…。
到着した初日は、まずセンター入団式をしてそれから教室内で勉強をした。
近くの自然の様子や明日の登山やハイキングの注意点を教えてもらう。
ここでしっかり勉強しておかないと明日から大変だって思ってたから、真面目に先生の説明は聞いていた。律も同じ。
女子三人は…期待しない。ほかのグループの女子同士でこそこそしたおしゃべりが聞こえてくる。本当に大丈夫かなぁって、心配だった。
お昼には家から持って来たお弁当を食べてから、近くの公園でグループごとに植物や昆虫の様子を観察した。
そうして、いよいよ今日の最重要ミッション遂行になる。
敷地内のグラウンドでの炊事体験だ。
で、僕の心配は見事『大当たり』だった。
「誰でもできる」と言っていたカレーライスは、実はグループの中で誰も作ったことが無かった。僕は一応母さんに手順だけは教わってきたけど、実践らしいことは…ご飯をお鍋で炊くのだけ試してみた。ちょっと焦げたけど。
父さんに成功の秘訣を聞いたら『演習ではパック飯しか使ってない』と逃げられた。
僕もそれでいいと思うよ。失敗ないし。最初からその材料の申告をしておけばよかった。あ、じゃあカレーもレトルトで申告しておけばよかった…なんて、現実から逃げかけてた。
「まさか、本当に誰も作ったことがないとは…。確認不足だった」
呆然とする律に対して、女子は反省どころか逆に機嫌が悪くなった。
「秋月君、頭がいいんだからカレーくらい作れると思ったのに」
カレー作りは頭の良し悪し関係ないと思う。
「そうそう、佐藤君だってお父さん自衛官なのに、何も知らないの?」
「ガッカリー、期待外れだよねー」
父さんは演習中にカレーは作らないって言ってたと、心の中で反論する。
反論する気力はとうに無くなって、僕と律はまた深くため息をついた。
「とりあえず箱に書かれている作り方を実行すれば形にはなるだろう。凜は米を炊く用意をしてくれ。井上と、鈴木姉妹は材料を切ってくれ。僕は火の用意をする」
そういえば炊事場でかまどの火おこしをしないといけないんだ。
だけど言われた三人は顔を見合わせて、野菜はいいけど、お肉はさわりたくないと言い出した。
おいしいビーフカレーがいいって言ってたのに?牛コマじゃ面白くない、って言ってたのに?それなら、コマ肉で良かったじゃん。
しかも、今の一言で律の機嫌がぐんと悪くなってくる。
「……何なら、できるんですか?」
律の声は静かだったけど、空気が一瞬で張り詰めた。
さすがに怒っていると分かった井上が、小声で「サラダ」と答える。ほかの二人もコクコク頷く。
それ、僕も出来るよ。何なら、お手伝いでよく作るよ。
「………」
律が深呼吸してる。
初めて律が何を考えているのか分かった。怒ってる。物凄く。
三人に対して怒ってるけど、確認しなかった自分にも怒ってるんだ。
あれ、僕…律の事、一寸わかるようになってるかも……?
―――って思ったタイミングで救世主が現れた。
「おい!喜べ、俺が手伝いに来たぞ!」
何時も以上に明るく元気な颯太の声がした。
「え? 颯太、どうして?」
クラスが違うのに何で颯太が?とびっくりした。
女子三人も、パッと表情が明るくなった。そういえば、颯太って女子にも人気なんだった。
律の気配も落ち着いたように見えた。
なんか、凄いな…颯太の元気パワー。
「おとついの委員長会議で、律の班で男子一人転校でいなくなって大変なんだって言ってただろう?」
「…そうだった」
「しかも作るのがカレーだって言ってたから、律たちだけじゃ絶対に無理だなと思って手伝いに来た!」
「…佐々木の所は…確か…―」
「豚汁とおにぎり。自分たちだけでできるものが何かを相談したんだ。なので、俺がいなくてももう大丈夫そうだから、こっちに来た」
「ありがとー!佐々木君!」
「ホント、嬉しい!」
「どうなるかと思ったよぉー!」
女子三人が一気に盛り上がって喜んでる。あれ?怒らなくて―いいのかな?颯太が、このグループじゃカレーは作れないって言うのは…。
「確かに、このメンバーでは壊滅的だった」
ボソリと呟く律の嫌味にも、三人は気が付いていないみたい。
「作り方はお袋の手伝いをしたことがあるから何とかなる。さっさと作って、食べようぜ」
「「「たべよー!」」」
女子三人が盛り上がる。
「え? 颯太も食べるの? ここで?」
思わず声が出ちゃった。振り返った颯太が、にやりと笑う。
「当たり前だろ、手伝うんだから。あ、俺の分の白飯は大丈夫。自分の所から持ってくるから」
「もしかして……最初からカレー目当てか?」
呆れた声の律にも、颯太は楽しそうに笑った。
そこから先はあっという間だった。
颯太が女子三人に指示を出しつつ、率先して野菜も肉も切ってくれる。律はかまどの用意と管理、僕はそれを手伝いながらご飯を炊く。
サラダは、みんなでちぎって混ぜて作った。
手をちゃんと洗ってから触れ、ドレッシングを掛けすぎるなとか、律が颯太に注意するけど颯太は苦笑いしながら指示に従ってたし、グループの雰囲気は悪くなかった。
しかも、結局颯太のグループのメンバーもやってきて、豚汁とカレーとおにぎりにサラダっていう、なんともすごい夕ご飯をみんなで食べた。
カレーの匂いが夕方の風に混じって、ほっとした。
「凜の炊いたご飯の方が、俺たちの所よりうまかった。やっぱり親父さんから教わったのか?」
隣に座ってカレーを食べてる颯太が聞いてくる。
「父さん、演習の時はパックのご飯とレトルトのカレーだって言ってた。ご飯の炊き方は母さんから教わったんだ」
「へぇ? おばさん、鍋でご飯炊けるんだ! すごいな!
うちの母ちゃん、昔、炊飯器壊れたら炊けない!って発狂してた。俺が炊飯器でケーキ焼こうとして失敗して壊したんだよ」
大笑いしてる颯太。…どうやって失敗したの?きっと勢いだけでやってみたんだろうなぁ。
「ケーキかぁ、颯太って意外に甘いもの好きだよね」
「おう!特に、凜の母ちゃんの作るクッキーとか、カップに入ったケーキとかがスゲー好き。いいよなぁ、凜はいつももああいうの食べられるんだろう」
「いつもじゃないよ、父さんが演習に行くとかの時にいっぱい作るから、僕もちょっともらうくらいだよ?」
本当は、この宿泊研修の時にお友達と食べてねってクッキーとパウンドケーキを持たされたけど。なんだか母親の手作りが恥ずかしくて誰にも言えない。
でも、颯太が好きだって言ってくれるなら―後でちょっと渡すのも、いいかな?
それとも、みんなで食べた方が良いかな?
この雰囲気の時なら、言い出してもおかしくないかな?―何て言えば、いいかな
「佐々木君、甘いもの好きなの?私、お菓子は作れるよ!」
近くで僕らの話を聞いていた井上さんが話しかけてくる。
「え!私もお菓子、作れるよ」
「私も」「私も!」
颯太のグループの女子も、一気に颯太を囲んで盛り上がる。ドーナツ、クッキー、ケーキも作れるっていう子がいる。どれも大好きだーってテンションが上がる颯太に女子はにこにこで、今度作るから!食べてね!とまたまた盛り上がる。
「…野菜も切れないのに、卵が割れるのか?」
颯太とは反対の隣にいた律が、小さな声で呟いた。ほかの男子も静かに頷く。
聞いたら、おにぎりと豚汁も結局颯太が仕切っていて、女子の出番はなかったらしい。
そういえば、おにぎりの大きさも形も、まちまちだったね。
ご飯を炊き終わった僕や律も、ちょっと握らせてもらったけど。律の握ったおにぎりはきっちりとしていて、一番仕上がりがきれいだった。
「秋月のおにぎりは、きれいだよなあ」
「あ、俺もそう思う。何て言うか、性格が出てる」
別グループの男子が律を褒めるのがうれしくて、僕もつい話に加わった。
「塩加減も、とってもおいしいよね」
「―――っ、…そうか…」
一瞬、律の動きが止まって小さな声で返事をしてくれる。
あ、今日初めて律と話が出来た…様な気がする。すごく、嬉しい気持ちで胸の中が一杯になった。
星が見え始める少し前に、野外炊飯は終了。
みんなで片づけをしてから宿泊棟に入る。そっと振り返ると、賑やかさの余韻みたいな焚火の匂いがかすかにしていた。ワクワクした気分でつい小さく笑っちゃう。
明日の軽登山も、きっとみんなで笑えるような気がした。




