**『長男と親友達の放課後』******回想 僕と颯太と律のはじまり
**『長男と親友達の放課後』**
「よっしゃぁああ! 体育館へ行くぞぉ!」
帰りのホームルームが終わった瞬間、颯太が雄たけびを上げる。席が後ろでよかった。あの大声はさすがに真後ろではうるさい。
今日はバスケ部に入った中村の案内で、ほかにも部活が決まってない何人かが颯太と一緒に体育館に向かうらしい。せっかくならバレーも見学してみろよ、とか卓球もいいぞ!、などほかの元気者達もつられて立ち上がる。
「凜、律。じゃ、俺行くな! ちょっとでも興味持ったら見学に来いよー」
まだ諦めてないんだ、あいつ。苦笑いで手を振り送り出す。
「まぁ、気が向いたらね」
多分、応援以外は行かない。あの元気パワーの近くにいるのは結構こちらの元気も必要なのだ。
颯太に気がありそうな女子数人も、あいつ等の様子をちらちら見ながら、見に行くか行かないかを相談してる。おお…これが青春ってやつかな?
「凜は、どうするんだ? どこかに見学に行くのか?」
しっかり下校の用意が出来ている律に言われて、僕はちょっと悩んだ。本心としては、いろいろなところを見てみたいような…気はする。でも、運動部はなぁ…。
ドッジボールをした時に、周りに埋没しすぎて誰も僕にボールをぶつけなかったんだ。最後の最後まで見えてないくらいの存在感の無さの自分にちょっとがっかりしたのを思い出す。
「別に運動部以外も見学は出来るはずだぞ?何か興味はないのか?」
「ううん…そういわれてもなぁ…。律は?」
「僕は科学部とか生物部かな。無理に入るつもりはなくて、雰囲気が良ければ在籍させてもらって興味のあることを勉強したいかな、とは思っている」
「そうかぁ、律らしいね」
「興味が持てそうなら、凜も見学してみるか?」
いかにも頭のよさそうなメンバーがそろってそうで、…話題について行けないような…気がする。理科系は、苦手意識があるしなぁ…。
「うーん…」
でも、律と一緒なのは安心できるか? 見るだけでも…いいかな? でもそこで、入部をしないって断るのは…出来ないかもしれない。上級生に、ノーと言う返事は難しそうな気がする。
相手が昔から知ってるような、例えば颯太とか、颯太のお兄さんたちなら、ちゃんと言える。うう…ん。
「凜。無理なくてもいいぞ」
ポン、と律が僕の頭を軽くたたく。
「断りにくいと思ってるんだろう?」
「―っ!」
なんでわかる?律、エスパー?
「もともと、凜は集団が苦手で、他人に慣れるのも結構時間が掛かるだろう?」
「……うん…確かにそうだけど…」
なぜ律にはそこまでわかるんだ?
「三年だ」
「え?」
「小学二年で僕がこっちに来て、凜とずっと同じクラスなのに『名前』を呼んでくれるようになったのは五年生の時だ」
「えっ! そ、そうだった?」
「しかも、二年生の時は顔も合わせてくれなかったし、僕を見たらすぐに逃げていってた」
―――うわぁ、恥ずかしい!覚えてるけど、覚えてない。いや、忘れようとしてた!
同時に、一気に当時のことを思い出してしまった。
あの日、―――僕と颯太と律の「はじまり」の記憶が、静かに、でも勢いよく蘇った。
****回想 僕と颯太と律のはじまり
「今日からみんなと一緒に二年一組の仲間になる、秋月律くんです。律君、自己紹介できますか?」
担任の大木先生に言われてうつむいていた顔を上げたのが、律だった。今とあまり変わらない表情の変わらない子。眼鏡はかけてないけど、前髪で顔の半分くらいが見えない、不思議な子に思えた。
「秋月律です。東京から来ました。今は祖父母の家にいます」
状況だけを話して頭を下げて、淡々とした話し方も今と変わらない。
「ハイ! 好きなものは何ですか?」
隣に座っていた颯太がいきなり手を挙げて質問をする。空気を読めないのは今も昔も一緒だ…。大木先生は慌てて、颯太に注意しようとしたけど、それより先に律が答える。
「特にないです」
「「「…」」」
クラス中がエッ、と首をかしげてからすぐにワーワーと騒ぎ出した。そうだよね、初めて聞いた自己紹介なのに、まさかの回答。
「じゃあ、嫌いなものは何ですか?」
めげない颯太がさらにきく。
「うるさいのは嫌いです。しつこくされるのも嫌いです」
今度は先生も本気で焦った。
「あ…秋月くん。そういうのは…」
「じゃあ、凜となら仲良くなれるな!」
颯太!なんてことを言うんだ!と、今なら突っ込むことが出来るけど。小学二年生の僕には到底無理な話だ。
「凜と言うのが誰かは解らないし、初対面ですぐに仲良くなるとは思えない」
ほんとに小学二年生なの?と言うくらい律は難しい事をすらすら喋る。同時に颯太も異次元で人の話を聞かなかった。
「大丈夫だって。凜はおとなしくて目立たないけど、すっごく良い奴だから!」
何度も何度も言うな!って心の中で思ったけど、僕はその時クラスのみんなが見ているのに気が付いて真っ赤になり、何も言えず俯いた。
その日の放課後に、颯太が無理矢理僕を律の前に押し出して、
「こいつが凜だよ。な?おとなしいだろ?うるさくないし、すごく良い奴だから。よろしくな。俺この後、村田たちと野球に行くから、後は二人でいろいろ話してみろよ。じゃあな!」
って、勝手に紹介してさっさと出て行ってしまった。
当然、律の反応はなかった。一言だけ「よろしく」と言ったきりで僕も律も会話の無い気まずい空気のまま僕らはそれぞれ無言で下校した。
それ以来、僕は律の顔が見られなくなってしまった。わざわざ僕から近づくことはなかったし、律自身も僕に近づくことはなかった。
颯太が言う『おとなしくて目立たない、すごく良い奴』に期待されても、僕は何もできない。かえってガッカリされるだけだと思った。
自分で自分が好きじゃなくて、学校も行きたくなかった。颯太だけが毎朝僕を引っ張ってきてくれた。でもそれだけだった。気が向いたときに声をかけて来るけど。
どうせなら、あのまま何も言わないでいてくれたら良かったのに。なんであそこで僕の名前を出したんだよ。颯太なんか大嫌いだ。
でも、いないみたいにされるのは、もっといやだ。心も頭の中がぐちゃぐちゃだった。
律は初日から一人でいるのが普通だったけど、頭が凄く良いから時々宿題を忘れた颯太が話しかけて教えてもらってたりしていた。迷惑そうだな、ってみてたけど、それでもちゃんと相手してるから凄いなぁって思っていた。
僕は、何時もまっすぐ律に話しかけていける颯太や、迷惑なんだろうけどちゃんと応える律が凄いな…って見ていた。
見てるだけの僕は、逆にとても格好悪いなってずっと思っていた。だから律とどうやって付き合っていけば良いのか全然解らなくて、結局、…逃げたままだった。
まったく話をしないわけじゃなくて、何かのタイミングで律から話しかけられると
「うん」「ありがとう」―を数回。
顔を見れなくて、僕と律が話をしているのを周りから見られているみたいですごく落ち着かなくて、いつも逃げるように離れていた。
今なら、すごく自意識過剰だったなって思うけど。あの頃は本当に、毎日の学校が苦しかった。
このまま消えちゃいたいって思う時もあった。
学校の中が苦しくて、家に帰って母さんにぎゅうっと抱き着いて、でも泣けなくて、言葉が出なくて…。
僕、なんであんなに苦しかったのかなぁ……。
僕のいじいじとした感情は、クラス替えで颯太が隣の組になった後も続いた。
颯太のことをちょっと恨んでたけど、クラスが変わると朝迎えに来る回数も減って、本当に校門に入る直前までしか一緒にいることがなくなっていた。
新しいクラスで、新しくグループが出来てそっちの奴らと一緒にいることが多くなっていた。
当たり前のことだって今なら思えるけど、当時の僕は本当に颯太にとって『どうでもいい』ものになったようなすごく寂しい気持ちになっていた。
不思議なことに、律とはその後も同じクラスだった。三年生、四年生、五年生まで同じクラスだった。
二年生の時に一緒だった子は周りに誰もいなくなったので、少しだけ律を見ても逃げなくて済むようになっていた。それでもやっぱり、僕から話しかけることはなくて、あくまでも逃げ出さないだけだった。
律は成績が良くて真面目だから毎回クラス委員長を任された。
本人は嫌そうだったけど、クラス全員の賛成で決まってしまうから仕方ない、っていう感じで、熱心に仕事をするという感じじゃなかった。
颯太も、隣の隣クラスで委員長になったから学年の行事がある時はよく一緒にいることが増えたみたいだった。相変わらず颯太が話しかけて、律が返すだけなんだけど、僕はそんな二人を見かけると、なんとなくぐちゃぐちゃな気持ちが大きくなっていた。
周りにいる同じ学年のみんなは、クラスが違っても同じでも関係なく颯太や律に話しかけている。僕だけがそれが出来なくて、やっと同じクラスの子の会話に混じるのが(それでも聞き役が多いけど)精一杯だった。おとなしくて目立たない『僕』はますます目立たなくなっていった。当然だよね…。
そういえば、四年生の時だったなぁ。参観日に見に来てた母さんのことを最初から最後まで気づかれなくて、皆を驚かせたの。
「さすが、佐藤の母!息子以上に埋没してる!」ってからかわれたんだった。
逆に、五年生の時は父さんと一緒に来たから、逆に目立ちすぎてしまった。難しいなぁ。
そして、その五年生の時に、僕はやっと律と向き合う事が出来るようになったんだ。
僕たちの関係は、少しづつ形を変えながら―――あの森の中へ続いて行った。




